プロローグ
5つの大国が並び立つ中で、最大の国と言われるカイウス帝国では
満を持してある儀式が執り行われていた。
宮廷魔導師長を筆頭に選りすぐりの面々が丸い陣を囲んでおり、
どの者も緊張で顔は強張り、ピリッとした空気が張りつめている。
「では、王太子殿下、お願いいたします」
魔導師長に促された王太子は無表情のまま、
陣の真ん中まで進み出て、懐から出した小さいナイフで己の指先を切った。
ポタリ、と血の雫が滴り落ち、
陣を等間隔に囲んでいる魔導師たちはその様子を固唾を飲んで見守っている。
「…十分です。お下がりください」
「分かった」
10滴ほど血が落ちた後、魔導師長の合図で王太子は再び陣の外へ出る。
「始めます。全員、詠唱開始!」
魔導師たちが詠唱を始めると、陣の模様が細部まで白い光でくっきりと浮かび上がってきた。
カイウス王国の王太子であるガイアスは周囲に悟られぬよう、ひそかに歯噛みする。
こんな眉唾の儀式を、まさか自分の生きている時代に行うことになろうとは。
千年も前の伝承を鵜呑みにして世界を救うなどという大役と重責を
他の世界の人間に押し付けるなど、俄かには信じられなかった。
だが、実際に瘴気は少しずつ現れ始め、
まだほんの僅かではあるが異変の予兆は各地に出始めつつある。
神頼みにも似た手段だが、王命とあらば断る権利など自分にはない。
儀式は儀式で進めるとして、一方で自分にできることをこなしていかなくてはならない。
夢物語にも似たこの伝承に頼るだけでなく、他に打てる対策を探し、推進していくこと。
既にいくつか動き出してはいるが、王太子として、国の未来を担う者として
不確実な方法にすがるだけではなく、打てる手を打っておくのは当然だ。
一方で、この儀式が成功した場合、己の世界を全て奪われて
突然大任を押し付けられる女性に、せめてもの償いとして衣食住や生活環境など
用意できる全てを整えておくつもりだ。
それでも、本当に埋めたいものを埋められるわけはないのだが。
今は、できることをひとつずつ積み重ねていくしかない。
そう小さく独りごちた直後、一際眩しい光が広がった。
目がくらみそうになるほどの強い光だが、不思議とあたたかい。
「成功か!?」
「これは………」
歓喜にわく魔導師たちの中で、魔導師長だけが眉を顰めている。
強い光が部屋一面を包み込んだ後、光が収束して消えたかと思い
その場の全員が目を開けると、
そこにはただ陣があるだけで、人の影も形も何も無かったのだった。
「…失敗か?」
ガイアスが魔導師長に視線をやると、魔導師長は無言で小さく首を振る。
「儀式自体は成功しました。…ですが……」
その後に続く言葉に、ポーカーフェイスで知られるガイアスですら
血相を変えることになるのだった。