仁義なき村長選挙なのじゃ! 5
順調に選挙活動を続ける中、村長候補オリガはその人気を高めていく。
「オリガちゃん、これお食べ」
「今日もあちこちの家を回るのかい? 小さいのに偉いねえ」
おじいちゃんやおばあちゃんたちから、たくさんの差し入れをもらい、食糧事情もかなり良い。
問題は、通りかかる人々は皆、オリガと握手した後、頭を撫でたがることであろう。
「グシオン、なぜに村の者たちはわらわの頭を撫でたがるのじゃ?」
「我が主の背丈が撫でやすいくらいだからではないでしょうか」
「そっか、オリガちゃん、小さいもんねえ」
「わらわも本気を出せば、もっとナイスバディなお姉さんになることができるのじゃぞ?」
どぶ板選挙の途中、差し入れられたお饅頭をもりもり食べるオリガなのだった。
甘いアンコがたっぷり入っており、美味しい。
「甘いのじゃー! 至福なのじゃー!」
甘いものを食べたオリガは、纏う魔力を金色に輝かせる。
たいへん目立つので、村人はすっかり、甘味を食べてぴかぴか光る幼女のことを覚えてしまった。
そんなわけで、選挙戦も後半。
現職村長は前にもまして演説のための集会を開くのだが、明らかに集まりが悪くなってきていた。
「なんだ、何が起きているというのだ!!」
「村長、あの小娘が家を一軒ずつ回って握手してます!」
「わはは、そんなまだるっこしいことをして何になるというのだ。馬鹿な農民どもは、上から言い聞かせてやればそれだけでいいというのにな!」
村長はまだ、楽観的な様子である。
「しかし人が集まらないのはおかしいな。そうか、あの小娘が妨害をしてるんだな! おい!」
「はい、調べておきました。あいつらの家は、アリアが住んでいる小屋ですね」
「父親が出稼ぎに出ている家か。おのれ、村にたった一人の子供だと思って甘く見ていれば……!」
めらめらと、筋違いな怒りの炎を燃やす村長。
「お前ら、アリアの家を壊してしまえ! 牛を突っ込ませろ!」
「わかりましたぜ!」
「ガキ相手にも容赦がねえ……。恐ろしい人だぜ」
ということで、村長からの妨害工作が始まるのである。
「牛だー! 牛が暴走したぞー!!」
選挙活動の途中、村人の叫びでオリガは事態に気付いた。
「牛とな。確か、牛は畑を耕したり、森を拓く時に使うと聞いておったが……そう言えば村の中に牛がおらんかったのじゃ」
「牛さんはね、村長さんの家にまとめて飼われてるの。この村は何でも全部、村長さんが持ってるから」
「独占状態にあるということなのじゃ! それは不健全なのじゃー」
オリガが難しい顔をする。
アリアは、どうしてこの幼女が怒っているのか、よく分からなかった。
何しろ、彼女が生まれた時からこうなのだ。
牛も馬も農具も、地主である村長から借りなければ、村人は何もできない。
そんな、村長の家で飼われている牛が暴走したということ。
それは普通の出来事ではない。
「何か意図を感じるのじゃ! グシオン!」
「はっ! 牛が走っていく方向は……我らの選挙事務所があります」
「なんじゃと!」
「ええー!!」
秘書グシオンの分析に、オリガとアリアが驚愕する。
「大変だよ! 私のおうち、古くなってきてるから、牛さんがぶつかったら壊れちゃうかも! どうしよう、どうしよう……! い、急いで行かなくちゃ!」
アリアが走り出した。
「これは間違いなく、現村長からの嫌がらせじゃな……! あやつめ、手段は選ばぬというわけか! 仁義というものがないのう」
オリガもアリアに続く。
アリアよりも小さな幼女の見た目だが、その足はとても速い。
あっという間にアリアに追いつくと、彼女の腰を抱え上げた。
「きゃっ!? オリガちゃん!?」
「わらわに任せるのじゃ! 何せ、わらわは牛よりも速いのじゃー!」
少女を抱えた幼女魔王が、猛スピードで村を駆け抜けて行く。
途中で、爆走している牛たちと並走した。
「ふむ、ここで転がしてしまえば簡単じゃが、牛は村の財産でもあるのじゃ! ここは穏便に行くのじゃ!」
牛たちの様子はおかしい。
目が血走り、泡を吹いている。
何か、興奮する薬草でも食べさせられたのかも知れない。
「解毒の魔法じゃ! そおれ!」
オリガは走りながら、空に向かって何かを振り撒く動作をした。
その動きに合わせて、辺りに輝く粉のようなものが出現する。
それは牛に触れると、体に溶け込んでいった。
効果は劇的。
牛たちの興奮が収まっていく。
目の色は元に戻り、彼らが正気になったことが分かる。
だが、牛は急には止まれない。
「だめー! ま、間に合わないよう!」
アリアが悲鳴を上げた。
「黙っておれ。舌をかむのじゃ! では仕方ないのじゃ。牛たちよ、しばらく空に浮かんでおれ! 浮遊の呪文!!」
オリガは手のひらを上に向けると、何かを持ち上げるような仕草をした。
それと同時に、全ての牛がふわりと浮かんだ。
「ほれ、もっと上じゃ! もっと! もっと上じゃ!」
牛がふわり、ふわりと浮かび上がっていく。
牛たちはパニックになり、足でばたばたを空を掻く。
「そして鎮静の呪文じゃ! ねむれー」
今度は、何かを掛けるような仕草をするオリガ。
すると、牛たちの目はとろんとして、あっという間に眠ってしまった。
場所はもう、アリアの家の目と鼻の先。
家の空に、たくさんの牛が眠りながら浮かぶという不思議な光景が生まれた。
「オリガちゃん、すごい……! なにをしたの?」
「魔法なのじゃ! わらわ、こう見えても偉大なる魔王なのじゃー!」
家の前で立ち止まったオリガが、くっはっはー、と笑う。
「すごいすごい! おうちもぶじだよ! あと、あの、オリガちゃん」
「なんじゃ、アリア」
「下ろして~!」
オリガに担がれたアリアが、足をばたばたとさせるのだった。