仁義なき村長選挙なのじゃ! 4
老夫婦は、とぼとぼと集会からの帰り道を歩いていた。
村長が、近くの村民を集めて演説を行ったのだ。
それも、必ず自分に票を入れろ、そうでなければひどいぞ、という内容のもの。
老夫婦はぐったりと疲れていた。
「あんなに念押しされなくても、またあいつが村長じゃろうに」
「ほんにほんに」
畑仕事を中断させられての集会である。
あの村長にとって、畑の作物よりも、自分の当落の方が重要なのだ。
果たして、そんな男が村の音頭を取るということはどうなのか。
良いとはとても思えない。
だが、それを打開するための方法など、疲れ切った老夫婦には思い浮かばないのだった。
そろそろ日暮れという頃合い。
夕方のうちに、妻は炊事をやってしまう。
火が勿体ないから、夜になったらすぐに寝てしまうのだ。
夫も作業道具を抱えて戻ってきて、さあ、ささやかな夕餉だという頃合い。
二人が住むあばら家の扉がノックされた。
こんな時間に尋ねてくるとは、誰だろうか。
いぶかしく思いながら、戸を開ける夫。
村人は全員が顔見知りである。
用心する必要など無い。
すると、そこには見知った娘、アリア。あとはもう二つ、見知らぬ顔があった。
一人は、明らかに都会じみた知的な男。
そしてもう一人は……。
「あんれまあ」
夫に続いて顔を出した妻が、驚いて声を上げた。
「めんこい娘だこと!」
そこには、白いドレスを纏った黒髪の少女が立っていたのだ。
頭の両脇から、紫色のくるくる捻りのついた角が生えている。
黒い瞳は、夕暮れの光を受けてきらきら輝いている。
唇は桃色でふっくらと、優しい笑みを形作っていた。
「こんな遅くに失礼するのじゃ。わらわは、村長選挙に立候補したオリガ・トールなのじゃー!」
少女が可愛らしい声で告げると、老夫婦はびっくり仰天。
こんな、アリアよりも小さな女の子が村長候補!
だが、今日の集会での村長の姿を見て納得する。
いつもなら集会も開かれない。
村長選挙は、あの村長しか出てこないのだから、実質上の信任選挙だ。
毎回の投票率も50%を切る。
そんな村長が集会を開き、焦った様子で演説をする。
「おお、可愛らしい村長候補さんだなあ」
「ほんにほんに。ああ、そうだ、待っててけろ」
妻は奥に引っ込んだ。
ごそごそと何かを探って、そして両手に持ってくる。
「これ、食べれ。おらたちの茶請けに作っただども、年寄二人暮らしだからよ。余ってしまって」
それは、薄切りにした砂糖大根を干したものである。
甘いタクアンであり、村では一般的なお茶請けであった。
オリガと名乗った幼女は、これを受け取ると、
「いただくのじゃ!」
ぱくりと口に含んだ。
ぽりぽり、タクアンを齧った彼女の顔が、笑顔になる。
「あまーい! 奥さんが作ったタクアン、とっても美味しいのじゃ! ご主人が作った大根からできるからじゃの! スイチー村の食べ物は、なんでも美味しいのじゃ! スイチー村にはたくさんいいところがあるのじゃー!」
夫婦の顔にも、笑顔が浮かんだ。
可愛らしい少女が、自分たちの取った大根で作ったタクアンで喜んでくれる。
そして、褒めてくれる。
オリガは、優しい笑顔を浮かべたまま、手を差し出した。
「じゃから、わらわは、スイチー村はこれから復活していけると思うのじゃ! わらわが、お主らみんなと一緒に再生させるのじゃー!」
老夫婦は、この幼女の姿を眩しく感じた。
なんと曇りなき輝きだろう。
真っ直ぐに、真剣に、スイチー村の力を信じている。
そして、老夫婦の力を信じているのだ。
さらに、自分だけではない。この老夫婦にも、手を貸してほしいと。
村長に立候補した娘はそう告げているのだ。
「おお……! そうか、そうだべなあ……」
「お父さん、おらもそんな気がしてきただよ……」
老夫婦は涙ぐみながら、差し出されたオリガの手を握った。
その手は柔らかく、すべすべしていて温かい。
「お二人の手は、仕事をしている人の手なのじゃ! 畑と炊事と、とても大事で素晴らしい仕事をしている、かっこいい手なのじゃ! スイチー村の宝なのじゃー!!」
老夫婦の両目から、とめどなく涙が溢れ出した。
この幼女は、何もかも分かってくれる。
自分たちを認めてくれる……!
もし、彼女が村長であったのならば……!
「お二人とも、わらわとともに、村を立て直すのじゃ! わらわに、清き一票を!!」
「おお……! もちろんだべ!!」
「おらも、オリガちゃんに入れるだよ!」
かくして、オリガが去っていく後を、いつまでも見送り、手を振り続ける老夫婦。
オリガもまた、二人に手を振り続けるのだった。
「流石です、我が主よ」
「くっふっふー。なに、わらわも、このお砂糖を育てている人たちにはリスペクトがあるからのう! それが不当な扱いをうけておるのは許せんのじゃ! あと、タクアンと言ったか! 美味しかったのう!」
「うん! タクアンとっても美味しいんだよー。朝ごはんに、刻んでいれてあげるね!」
「うひょー! 楽しみなのじゃー!」




