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仁義なき村長選挙なのじゃ! 3

秘技、ドブ板選挙……!!

 農夫ヨサークはため息をついた。

 今さっき、現村長とその取り巻きがやって来て、選挙の協力を言いつけてきたところである。


 ヨサークは小作農だった。

 自分の土地を持てない農民は、地主から土地を借り、そこで特産品の砂糖大根を育てるしかない。

 だが、せっかく育てた砂糖大根も、大半は地主のものになりヨサークに残されるのは僅かばかりの金だった。


「はぁ……。働けど働けど、暮らしは楽にならねえだ。おらはじっと手を見るだよ」


 そろそろ初老に差し掛かったヨサークは、もうけっして若くはない。

 だが、これから先、小作農という立場から抜け出せるとはとても思えなかった。

 少なくとも、あの地主が村長である間、スイチー村は何も変わらないだろう。


 村長は村がどれだけ貧しく、過疎化していっていても、最後までそこから絞れるだけの甘い汁を吸い尽くすことだけしか考えていない。

 彼の先代も、先々代もそうだったのだ。

 今更、村の存続が危なくなったところで、それをどうにかする方法を考えるなどという頭はない。


「おらの代で、この畑も終わりだべなあ……。こうしてても仕方ねえ。働くだかな」


 ヨサークは気を取り直す。

 目の前には畑が広がっているのだ。

 疲れた体に鞭を打ち、耕していかねばならない。

 それが彼の仕事なのだから。


「オリガちゃん、本当にお洋服のまま行くの!? 汚れちゃうよう!」


「そうじゃ! そこが狙いなのじゃ、見ておるのじゃアリア!」


 ふと、横合いから珍しい、女の子たちが会話する声が聞こえた。

 年若い娘など、ほとんどいない村である。

 まだ成人していない子供は、確かアリア一人だけだったはずだが……。


 声のする方向を見て、ヨサークはギョッとした。

 そこには、ひと目で分かるほど、豪勢な真っ白いドレスに身を包んだ、黒髪の愛らしい少女がいたからだ。

 彼女はじっとヨサークを見て、


「このたび、村長選挙に立候補したオリガなのじゃ! よろしくなのじゃー!」


 鈴の転がるような、耳に心地いい声が聞こえてくる。

 ヨサークはつい微笑んだ。

 そして、ふと我に返る。

 今、あの娘は何と言った?


「アリアよりもちっちゃい娘が、村長選挙……? ははは、冗談だべ」


「冗談ではないのじゃ! ちゃんと現村長も認めたのじゃ。だから、あやつは選挙活動に来ておるのじゃ! じゃが、なんなのじゃあれは。上から申し付けるだけのあれが選挙かや。人間も五千年間で退化したのじゃー!」


 黒髪の娘が鼻で笑う。

 そして彼女は、そのまま無造作に、畑へと降りてきた。


「お、おい娘っこ!?」


「オリガちゃん、ドレスが汚れちゃう!!」


「いいのじゃ!!」


 オリガと言うその少女は、真っ白なドレスが泥で汚れていくのも構わず、畑の中をまっすぐ、ヨサークに向かって歩いてくる。

 その眼差しは、ヨサークを見下してなどいない。

 ただただ、ありのままのヨサークを見ていた。


「お主は、大切な有権者の一人じゃ。こうして、お主がお砂糖の元を作っているから、甘いケーキもお団子もできあがるのじゃなあ」


 オリガは、天使のように愛らしい微笑みを浮かべた。

 小さく、柔らかな指先がヨサークの手に重ねられる。


「お、おめ……。ドレス……」


「お主はいつも泥だらけになって、お砂糖を育てておるのじゃ。わらわのドレスくらいなんじゃ。お主のこの、大きくて硬い手が、こんなに広い畑を生み出すのじゃな。感謝しておるぞ」


「おお……おおおお……!!」


 ヨサークの瞳から、大量の涙が溢れ出した。

 この言葉だ。

 この言葉が、おらは欲しかったんだ……!

 その思いで、胸がいっぱいになる。

 彼は膝を突き、おいおいと泣き出した。


「お主、名は何というのじゃ」


「お、おら、は、ヨサークだべ」


「ヨサーク。この村はまだ変われる。生まれ変われるのじゃ。じゃから、わらわは村長に立候補した。わらわに、清き一票をお願いするのじゃ……!!」


「うん……うん……!」


 ヨサークは涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら頷いた。

 言われずとも、彼の中にはそれしか選択肢は無くなっている。

 幼いオリガという少女が、自分の働きを知っていてくれた。認めてくれた。

 これ以上の喜びがあるだろうか。

 ならば、自分が返せる恩は唯一つだ。


「おら、おめえを村長にしようって、村のみんなさ伝えてくるだよ!」


「ありがとうなのじゃ、ヨサーク」


 オリガが投げかけた最高の笑顔で、ヨサークの胸はキュンとした。

 必ずや、あの邪智暴虐な村長を引きずり下ろし、この愛らしい幼女を村長にせねばならぬと誓ったのだ。






 何か叫びながら走り去っていくヨサークを見て、アリアは呆然とした。


「す、すごい! ヨサークさんがあんなに元気なとこ、はじめて見た!」


「人は誰かに認められると、それだけで元気になるものなのじゃ。それも、あぜ道の上から見下ろして言うのではだめなのじゃ。自ら土の上に降りて、同じ目線で話す言葉が胸に響くのじゃよ……! これが選挙の鉄則……!! これが魔王流の選挙なのじゃ!!」


「流石です我が主よ」


 グシオンが高らかに拍手した。


「確かにすごいけど……でも、ドレスが……」


「うむ。泥で汚れたのが分かりやすいよう、白いドレスを身に着けたまで。演出効果はばっちりじゃったのじゃ! ほれ、周りの村人たちもみておったぞ!」


 オリガの言葉に、アリアはきょろきょろとあたりを見回す。

 すると、今のオリガとヨサークのやりとりを見ていたらしい人々が、涙ぐんでいたり、盛り上がっていたり。

 その多くがこちらに駆け寄ってくる。


「あんた、村長選挙に立候補したのか!」


「へえ、こんな小さな娘がねえ」


「だけど、今まで村長は一度でも畑に降りてきたことがあったか? それだけでこの子はあいつとは違うだよ!」


 盛り上がってきた。

 彼らに向けて、オリガは最高の営業スマイルを浮かべる。


「皆のことも、わらわは教えて欲しいのじゃ! わらわは皆が頑張っていることを知りたいのじゃー! そして、わらわに清き一票を入れてほしいのじゃー!」


 魔王による村長選挙は、始まったばかりである。

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