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春が来て人が集まるのじゃ! 3

 甘いお饅頭とお茶が出された。

 お饅頭は蒸したてで、今もほかほかと湯気を立てている。


 春とは言え、まだまだ寒さは残る。

 そんな時期に暖かなお饅頭とお茶は嬉しいものだ。


「うわーい! いただきますのじゃー!」


 オリガは歓声を上げて、お饅頭にかぶりついた。


「は!?」


 幼女魔王の変貌ぶりに、驚愕するクラフト。

 彼が知る魔王とはあまりにも違う。


 世界を滅ぼした魔王オリガ・トールとは、冷酷にして合理的。

 全世界の勢力が協力する前に、各個撃破で次々と国家を滅ぼしていった。

 さらに、各国には魔王の内通者がおり、政治はかき乱され良からぬ噂は流れ、内乱が頻発する有様だった。


 魔王オリガ・トールは、圧倒的な力と政治力、そして決して油断しない精神を持つ恐るべき敵だった。

 それが。

 今は、村の少女が作ったお饅頭をニコニコしながら食べている。

 何という毒気のない笑顔であろう。


「お前……なんだそれは。なんなんだその顔は」


「甘いのじゃ~」


 ニコニコするオリガ。

 クラフトの話など聞いてもいない。

 甘くて美味しいものを食べると金色に輝くのがオリガの常なので、彼女は今日もピカピカと光った。


「おおー! これが噂に聞く、光る幼女村長!」


「なんかご利益がありそうだな」


 観光客たちが、お饅頭を食べるオリガにお祈りを始める。

 慌てたのはクラフトだ。


「こら、待つのだお前たち! この者が何なのか知って拝んでいるのか!? この女は……」


「ふう、美味しかったのじゃ。のう勇者よ。そう目くじらを立てなくても良いのじゃ?」


「むっ……」


 我に返る大統領。

 そう。彼は今は勇者ではなく、大統領クラフト・ザワー。

 そして目の前にいる幼女は、魔王ではなくスイチー村の長オリガ。


 二人は不倶戴天の敵ではなく、この場ではあくまで、二人の政治家なのだった。


「オリガちゃんと仲いいんですか?」


 そこへ、アリアが尋ねる。

 大統領と言われても、まだピンとこない彼女。

 ただ、オリガと親しげに放しているように見えるクラフトへ、興味を抱いたのである。


「君は……」


 クラフトから見ると、アリアは初等学校を卒業したくらいの子供にしか見えない。

 州都では、この年齢くらいから平民は職能学校に行き、貴族や金持ちの子供は高級学校へ行く。

 どうしてそんな、就学年齢の子供がいるのだろうか。


「わたしは、秘書なんです。オリガちゃんの一番の秘書! ええとですね、オリガちゃんが洞窟で寝てたのを起こしたのがわたしで、そうしたらオリガちゃんが村長になってくれて、村は元気になったんです!」


「君が……この魔王を蘇らせたのか! よくぞその場で食われなかったものだ」


「食べる? あー、オリガちゃんそう言えばお腹すいてたもんねえ。わたし、お弁当代わりのケーキ持って行っててよかったよー」


「うむうむ。あれは本当に衝撃だったのじゃ! 世の中にこんな甘いものがあったとはびっくりなのじゃー!」


「まさか、甘いもので心変わりしたとでも言うのか!? だが、かつての世界にも甘いものは……」


 クラフトは周囲を見回して気づく。

 彼が守ろうとした世界、もう滅ぼされてしまった世界は、魔法文明が発達した今よりずっと豊かな世界だった。

 そこに、今オリガが食べていたような素朴なお饅頭など残っていただろうか?


 砂糖は肥満や成人病のもとであるとして排斥され、魔法的に作られた体に吸収されない甘味料が使われていた。

 味よりも色合いや形が好まれ、奇抜な菓子が生まれていた。

 それらを、魔王も見ていたはずだ。そして興味を示さなかった。


「いや、だが……。オリガ・トール。お前は星々を渡り、それを食い尽くしては新たに羽化して飛び立つ邪悪な魔王種のはず。なのに、お菓子ごときで存在意義を翻すなど」


「翻してはおらぬのじゃ。じゃが、わらわはこの甘いものがとても気に入ったのじゃ。甘い、そして食べると胸のあたりが暖かくなる。エーテルに満ちた宇宙では、このようなものに出会うことなどできないのじゃ」


 渋いお茶をずずっと飲み、ほうっと息を吐くオリガ。


「甘いものがある限りは、わらわはこの村を守ってやるのじゃ。五千年経って、随分原始的になったと思っておったのじゃが、なかなかどうして。わらわは今の世界の方が好きなのじゃー」


 クラフトは魔王の独白を聞くと、立ち上がった。

 目の前にいる幼女魔王は、絶対に嘘をつかない。

 その必要が無いからだ。

 だから、彼女の言葉は必ず本心である。


「この場は預けよう。お前が、私の知る魔王とは異なった存在となりつつあることは分かった」


「わらわは何も変わっておらんのじゃ?」


「少なくとも。そこにいるお嬢さんがいる限り、お前は人に仇成す魔王には戻らないだろう。もし、戻るときがあれば……私がこの手で再びお前を討つ」


「くっふっふ、小僧も五千年経って大口を叩くようになったのじゃ! いつでも来るのじゃー」


 魔王と勇者の間に、ばちばちと火花が散りそうなほど、強烈な視線がぶつかり合う。


「ところで! スイチー村の観光はなかなかのものと自負しておるのじゃ! 大統領、わらわが案内するのじゃ! 楽しんで行くのじゃー」


「うむ。私がここに来たもう一つの目的はそれだ。ニテンド共和国の状況も停滞が見えるのでね。今もっとも勢いのあるスイチー村に、状況打開のヒントが無いかと思ってやって来たのだよ。ああ、私が自ら来たのは息抜きという意味もあってだね」


 急にお仕事モードへとスイッチを切り替えた二人なのである。

 そして、並んで耕作の体験場へと向かっていく。


 彼らを見送りながら、アリアは首を傾げた。


「急に仲良しになっちゃった?」


 さっきまであんなに難しいお話をして睨み合ってたのに、と不思議に思うアリア。

 これについて、グシオンが解説してくれた。


「それはですね、アリアさん。お二人とも、お互いの因縁と仕事上の利益を分けて考えられる、大人なんですよ。お蔭でまた世界は救われましたね」


「ほえー。大人ってむずかしいねえ」


 感心するアリアなのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] どんな因縁と愛憎があっても、弁えた大人で傑物な二人なら建設的な未来へすすめるのだなぁ
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