春が来て人が集まるのじゃ! 1
雪は消え、大地に小さな緑が芽吹き始める。
木々の枝に若葉が広がり、世界は一斉に色づいたように見えた。
春の訪れである。
「あったかくなったねえ」
アリアが村長邸の扉をあけると、春の風が吹き込んでくる。
すっかり、囲炉裏はいらなくなっていた。
寒くて目覚めることもない。
「春だねえ」
「うむ! これから本格的に忙しくなるのじゃー!」
「そうなの? 冬もけっこう忙しかった気がしたけど」
てきぱきと、朝食の準備を始めるアリア。
その後ろをついて回るオリガは、朝食の内容が気になるようだ。
「何を作るのじゃ?」
「今朝はね、新鮮な玉子と牛乳をもらったから、パンケーキ!」
「おおーっ!! パンケーキ嬉しいのじゃー!!」
オリガがバンザイをした。
外部からではあるが、良質な小麦粉も得られるようになった。
金銭的に豊かになったスイチー村は、劇的にその食糧事情を改善させていたのである。
村で育てた麦や野菜が実るまでは、もう少し掛かる。
それまでは、州都や近隣の村々から仕入れた食材を使用することになっていた。
主な用途は、観光客用の食事である。
このために、村と村を繋ぐための道路を新造する工事も始まっている。
資金はスイチー村からの持ち出しであるため、他の村がこれを利用する場合、しばらくは使用料を取る予定。
「お待たせしました!」
大きなお盆を持って、アリアがやって来た。
村長邸のテーブルが裏返した箱ではまずいだろうということで、この冬に新しいテーブルを作成している。
その上に、ホカホカと湯気を立てる、特大のパンケーキがあった。
付け合せはお漬物である。
「いただくのじゃー!!」
オリガがパンケーキを大きく切り分けて、自分の皿に乗せた。
砂糖をたっぷり使ったシロップを掛けて、バターを乗せる。
それをむしゃむしゃと食べるのだ。
「甘いのじゃー!!」
ニコニコしながらピカピカ光る幼女魔王。
大変満足したようだ。
あっという間にパンケーキを平らげ、お漬物をポリポリしている。
本来なら付け合せにならないはずだが、砂糖大根の漬物はほんのり甘く、そして程よい酸味で甘くなった口の中がリセットされるのだ。
これに、アリアが淹れてくれたお茶を飲む。もちろんお砂糖イン。
甘いもの尽くしで、常人であれば血糖値が爆上がりしそうである。
だが、そこは魔王オリガ。
そんなものは関係ないのだ。
「アリアのご飯で今朝も元気になったのじゃ!! では、わらわは仕事に行ってくるのじゃー!」
「いってらっしゃーい!」
アリアに見送られ、幼女村長本日の仕事開始なのである。
後には、様々な必要書類が詰まったカバンを持つ、第二秘書グシオンが続く。
宿はすっかり完成していた。
『旅館フィット屋』
大きな袖看板ができていて、そこには宿の名前が堂々と刻まれていた。
「うんうん、いいできなのじゃー」
宿の前でオリガが頷くと、どこからか彼女を発見したらしく、ものすごい勢いで駆け寄ってくる者たちがいる。
フィット屋スイチー村支店の支配人と従業員たちである。
「これはこれは、オリガ先生! 視察ですか。お疲れさまです」
支配人が頭を下げる。
「くっふっふー、気にしなくていいのじゃー。これから、フィット屋にはたっぷりと稼いでもらいたいのじゃ! 州都で名の知れたフィット屋の実力、期待しているのじゃー」
「そりゃあもう。最高のおもてなしでお客様を満足させてみせますよ」
支配人が揉み手をした。
「それで……開業したのはいいんですが、お客様は本当に来るので……?」
ちらりと、支配人は値踏みするような視線を向けた。
普段であれば、村を治めるような為政者に向けて、このような不躾な質問などしない程度には分別のある男である。
だが、目の前にいるのはどう見ても、角の生えた幼女であった。
僅かな油断のようなものが彼の中には生まれていたのかも知れない。
これに対して、全てを見透かしているかのようにオリガが笑う。
「冬が終わり、春が来たのじゃ。皆自分のことで手一杯なのじゃ。じゃが、浮かれた気分をどこかで発散しなければ気が済まないのじゃ。それはいつもならば花見やら、近場の酒場で騒ぐやらなのじゃが……今年の冬は、わらわの村は州都で広報活動をしておるのじゃ」
「な……なんと!!」
「娯楽が一気に少なくなる冬のことなのじゃ。与えられた情報は何度も反芻して、州都の者たちの中に刻み込まれているのじゃ! 身の回りのことが終わったら、いよいよ村の出番なのじゃー!! そろそろ来る頃合いなのじゃ……!!」
それは、まるでオリガの宣言を待っていたかのようだった。
村の入り口から、声が響く。
「ワッフィー車が幾つもくるぞ!」
「ありゃあ、貴族の車だべ!」
「団体用の乗り合い馬車もある!」
「そらそら、これから忙しくなるのじゃ!」
「は、はいっ!」
支配人は驚愕し、そして同時に目の前の幼女への見方を改めた。
この流れを読み、冬の内に仕込みを終えておいたというのか。
まるで予言者のよう……。いや、予言を成就させるために万策を尽くし、結果を出したのだ。
この幼女は、政治家だ。
しかも近年稀に見る、傑物。
「オリガ先生、今後ともよろしくお願い致しますよ」
「よっしゃよっしゃなのじゃ!」
オリガは胸を張って笑った。
秘書を連れ、幼女村長が去っていく。
支配人はいつまでも、その後ろ姿を見送った。
オリガが通過していく村の広場では、アトラクションの準備が始まっている。
冬の内に用意された畑は、春の訪れとともに整備され、いつでも砂糖大根の苗を植えられるようになっている。
ここで観光客は苗を買い、自分の砂糖大根として育てることができるのだ。
それを秋に収穫し、自らの手で砂糖にする。
一年を掛けたお砂糖作りのアトラクションである。
または、農耕用に使われていた動物たちとのレクリエーションの場もある。
レクリエーションしながら、馬や牛とともに畑を耕そうという試みなのだ。
工場に行けば、お砂糖づくりを体験できる。
売店には日持ちのするお菓子が並び、決まった時間までに予約をすれば、お土産でできたてのおはぎを買える。
観光地としてのスイチー村は、ついに本格始動を開始したのだった。




