雪解けが始まるのじゃ! 2
わいわいと賑やかに、村の入り口で除雪が行われている。
溶け始めた雪は大した量ではなく、村の若い衆総出でスコップを振るえば、あっという間に黒い地面が見えてくる。
「皆さん、足元に気をつけるのです。しっかり掘り返し、土台を作りますぞ!」
グシオンが音頭を取ると、それに合わせて若い衆が、わあわあと叫びながら今度は地面に向けてスコップを振るう。
ぬかるんだ土は柔らかく、簡単に掘り返せる。
これを、硬いところまで掘り進めて……。
「今です、門をこちらに!」
わあーっと歓声が上がる。
冬の間に作られていた、スイチー村の門が運ばれてきたのだ。
それは加工されたとても太い木材で、あちこちに組み合わせるためのほぞ穴がついている。
州都から呼んだ職人にやってもらったものだ。
「立てますよー!」
おおーっと若い衆が叫ぶと、門についたロープを引っ張り始めた。
門を形作る柱が、起き上がり始める。
その下端は杭のようになっていて、それを取り巻くように石の土台が設置されていた。
ついに立ち上がった門柱は、掘られた穴にしっかりと杭の部分を打ち込み、びくともしない。
これを二本立てて、さらに組み合わせる木材を運び込み、ロープで引き上げて組み合わせる。
何本もの長い梯子が柱に掛けられて、若い衆が木材をハンマーで叩いた。
「はい、よーし!」
こうして着々と、村の門ができあがっていくのだ。
「オリガちゃん、どうして門を作ってるの?」
門の必要性があまりわからないアリア。
この門のデザイナーにして責任者である、オリガ村長に聞いてみた。
「それはなのじゃ。村に遊びに来て、普通の村だったらがっかりなのじゃー」
「ふむふむ」
「せっかく遊びに来るところなら、州都の普通や、他の村の普通とは全然違ったほうが楽しめるのじゃ。人間は先入観で動くものなのじゃ。まずは入り口で非日常感を出してあれば、掴みはオーケーなのじゃー! ちなみにこれの手入れも、専業で雇ってやらせるのじゃ。また仕事が生まれるのじゃー」
「なるほどー。そっか、遊びに来て、いきなり凄い門があったらびっくりするもんね。ここはなんか、違うぞーって思っちゃう」
ふんふん、と頷くアリア。
彼女がこうして質問をし、オリガが答える形式で、後ろにいる村人たちにこの門の必要性を伝えるわけである。
ちなみにこの門だけだと、特に実用性はない。
門扉はついてないし、道幅はちょっと狭くなるし、門の周りは影ができるし。
「立派な門だべなあ」
「スイチー村じゃないみたいだべ!」
「凄い速さでできていくだなあ!」
お年寄りたちが、お茶など飲みながら門の工事を眺めている。
あらかじめ加工してあるから、あとは現場で組み立てるだけなのだ。
そのために、工事が早い早い。
ほんの一時間と少しで、立派な門ができあがってしまった。
完成したところで、大きな樽が荷馬車で運ばれてくる。
スイチー村醸造所がついに完成させた、地酒第一号である。
「酒だぞー!」
酒造職人代表のコゴローが宣言すると、若い衆もお年寄りも、うわーっと盛り上がった。
樽は門の前に設置され、それを取り巻く人々が見守る。
タゴサックが、小さな階段のような台を運んできた。
それを樽の横に設置する。
「わらわの出番なのじゃー」
オリガが、衆目の前に出てきた。
そしてどこに待機していたものか、役人のモタンギューと、よく村に出入りしている商人が姿を現す。
彼らの手に握られているのは、小さな木槌である。
これは鏡抜きと呼ばれ、めでたい席で行われる風習なのである。
オリガは、トコトコと台を登り、樽の前に立った。
「聞くのじゃ皆の衆! 春も近づくこの季節に、いよいよスイチー村は新たな一歩を踏み出すのじゃ!」
一同の視線がオリガに集まる。
彼女の両脇に、モタンギューと商人が立っている。
ちなみにこの商人、スイチー村との取引で莫大な利益を上げ、今では州都商工会でも上位の権勢を誇るようになっている。
彼が大商人と呼ばれるようになるのも、時間の問題であろう。
「昔ざとうは売れに売れたのじゃ! じゃが、同じ商品に頼っていてはいけないのじゃ! スイチー村はもっと先に進むのじゃ! もっと大きくなり、人が増えるのじゃ! そしてみんなで幸せになるのじゃー!」
おおおーっとどよめき、そして歓声が上がる。
オリガはこれを、ニコニコしながら聞いていた。
「今日はスイチー村の門ができあがった日なのじゃ! 記念すべき、新たな第一歩を踏み出す日を、皆で祝うのじゃー!」
ここで、グシオンが合図を送る。
「では皆様、一斉に樽を叩いてください」
「よしよし。この村の地酒、どれほどの出来栄えか楽しみですなあ」
「新しい商品になるかもな。俺も楽しみだ」
モタンギューと商人がハンマーを振り上げる。
「せーのっ!」
グシオンの掛け声とともに、木槌は樽に振り下ろされた。
小気味いい音とともに、樽の上面が砕けて。
中から芳しい地酒の香りが広がっていく。
村人たちには升酒が振る舞われ、お酒が飲めない子供には酒饅頭が用意されている。
砂糖大根に使った酵母で膨らませた生地に、砂糖大根から作った砂糖たっぷりのあんこを詰めたお菓子であり、スイチー村の新たな戦力に数えられる商品である。
「どーれ」
オリガは酒饅頭をぱくりと一口。
このお菓子、アイディアから製造まで、第一秘書アリアが受け持っている。
父の作ったお酒で、娘がお菓子を作る。
親子の共同作業である。
「んおー! あーまーいーのーじゃー!!」
口の中に広がる豊かな甘味に、オリガは文字通り振るえた。
全身から金色の輝きを放ち、叫びは村の隅々に響き渡る。
「村長の甘いが出ただよ!」
「今日も光ってるだなあー」
「ありがたやありがたや。村は安泰だべ」
オリガを拝む者まで出てくる。
ここで、控えていたライヤッチャ教の司祭が声を上げる。
「それでは皆さん、お酒とお菓子でいい気分になったところで、お手とお声を拝借!」
村人たちが一斉に立ち上がる。
「ライヤッチャライヤッチャ!」
ヨイヨイヨイヨイ、の祈りの声は、いつまでも響き渡るのだった。




