冬も計画をすすめるのじゃ! 3
今年の冬は、いつもと様子が違う。
というのも、スイチー村と州都ディエスを繋ぐ街道が整備され、昨年よりもずっと行き来がしやすくなっているからだ。
除雪用の道具をつけた馬が、のしのしと街道を歩いていく。
隣を歩く男たちが、馬によって掻き分けられた雪を街道脇へとどんどんシャベルで放り投げる。
こうして朝に作られた道を、馬車やワッフィー車が行き交うのだ。
「案外、交易ができるものなのじゃー」
積み上げられた昔ざとうの袋をチェックしながら、オリガは口を開く。
「雪が降ると人間はダメだと思っていたのじゃ。だけど案外根性があるのじゃー」
これに応じるのは工場長。
「そりゃあそうです。今や、スイチー村とディエスの街を繋ぐ街道は、お砂糖街道と呼ばれていてですね。ニテンド共和国で最も新しく、最新の技術で作られた道なんですよ。水はけもよくて、雪だってああやって簡単に除けられる。本当に便利になったもんです」
「うむー。予想以上の便利さだったのじゃ!」
検品を終えると、オリガは全ての袋にサインをして回った。
スイチー村村長が、全ての品質に責任を持つという証である。
「お疲れさまです、村長。これからまだお仕事で?」
「そうなのじゃ! 布類と建材が届く予定なのじゃー! 春には観光地としても整備して行きたいのじゃ! だからこっちのチェックも大事なのじゃー!」
「そりゃあお疲れさまです。あ、これ、うちの職人たちが作った粒ざとうの付いたクッキーなんですが」
「いただくのじゃ!! んむ! 甘いのじゃー!」
一口でヒョイパクっと食べて、オリガは満面の笑みになった。
甘いものがある限り、彼女は人間の味方なのだ。
「チェックに来たのじゃ」
「これはこれは村長!」
業者たちが集まってくる。
見た目が幼女な村長だろうと、もう彼らは気にしない。
大口の注文をどんどんしてくれる、上得意客なのだ。
「ご注文いただいた品をこちらに用意しまして」
「こちらはオマケの品で、うちの商会の新製品でして」
「うちも負けてはいませんよ。物ではなくサービスで……」
大の大人が、幼女村長に必死に売り込みをかけている。
この光景を見ながら、オリガは何かを考えていた。
「安さやサービスを争わせるのは、その時だけしか付き合いがないならばいいのじゃ。だが、後々まで付き合いが続いて、こちらもお主たちも儲けようと思うと、過剰なサービスは害になるのじゃ!」
オリガの宣言に、業者たちはおおーっとどよめいた。
「ではどうされるんですか、村長」
「スイチー村では、競争入札制度を導入するのじゃ! 細かいことはグシオンに任せるのじゃー」
業者たちは再びどよめいた。
州都ディエスでは、すでに入札制度は一般的になっている。
表向きは、最も有利な条件を示すものと契約を締結するシステムなのだが、州都ではすでに談合が行われ、入札は形骸化している。
これが問題だとされる向きもあり、近く、州都での競争入札には国の手が入る予定であった。
「オリガ村長のことだから、さぞやクリーンな入札に違いない」
「それはちょっと、旨味がなくなるなあ」
業者たちが少し困った顔になる。
仕事を取るために、発注側に有利な条件を提示するあまり、仕事をするほど赤字になってしまう業者もいることがあるのだ。
それを防ぐために談合があると言える。
実際、共和国の介入が近い州都ではそのようになってきており、外部から来た破格の価格を提示する業者に仕事をさらわれることも多くなってきていた。
「そこについては私が説明しましょう」
「あっ、あなたはーっ」
現れた男の声に、業者たちは一斉に振り返った。
幼女村長オリガの懐刀、第二秘書グシオンである。
「村長の口からは、クリーンなことしか申し上げられない。これは公の発言ですから仕方ないこととご理解いただきたい」
グシオンはそう告げると、笑みを浮かべた。
「我がスイチー村では、我々だけが得をし、肥え太るつもりはありません。我々と取引をした者全てに富が行き渡り、Win-Winとなる関係こそが理想的だと……そう村長はお考えです」
おおお、と業者たちは小さくどよめいた。
この話題、表向きではない本音の話らしいことに気付いたからだ。
「存分に談合されてよろしい。仕事を回しあってください。ただし、小規模業者にも彼らなりの強みがあります。我々はそんな小さな業者ともやり取りをして利益を得たい。言っていることがお分かりですかな?」
「小規模業者を排除するなと、そういう仰せで……」
「物分りがよい業者は、我がスイチー村と良い付き合いを築けることでしょう」
グシオンがにっこりと笑った。
業者たちもにっこりと笑う。
こうして、幸せな談合関係が誕生した。
談合とは、入札においてあらかじめ、村と業者とが話し合って価格を決めることを言う。
健全な入札にはなりえないが、その代わり、オリガの理念に基づいたこれならば価格破壊が起こり得ない。
「我がスイチー村は、スイチー町へと規模を拡大する予定です。仕事は幾らでもあるし、これからどんどん増える。互いに良い仕事をし、幸せになりましょう」
グシオンがそう締めた辺りで、業者たちの心は一つになった。
スイチー村についていこう。
そうなった。
そして、その機会を見計らっていたかのようにオリガが現れる。
「話はついたようなのじゃ! では、お主ら。こちらに、村からの心ばかりの宴を用意してあるのじゃ」
「宴ですと!」
「うむ。実は村の新商品である、砂糖大根のお酒が完成したのじゃ……! それの試飲と商品価値の見定めをお主らに頼みたいのじゃ!」
オリガの言葉に、業者たちがどよめいた。
「なんと!! スイチー村は酒の販売に手を出すと……!?」
「商品のクオリティによるが、州都の酒販業界が黙っていないのでは……」
「そこは、ほれ。これから長い付き合いになる、わらわたちとお主らの仲なのじゃ。信じておるのじゃ!」
オリガがにっこりと、天使の微笑みを浮かべた。
その実、魔王の微笑みである。
言葉の裏に、根回しは頼むぞと含みが持たされている。これに気づかぬ業者たちではない。
「なるほどなるほど。オリガ村長もやり手でいらっしゃる」
「末恐ろしい……。だがそれが頼もしくもありますなあ」
オリガと業者たちは、くっふっふ、ぐふふふふ、と笑い合うのであった。
光あるところに闇あり。
村長たるもの、表だけでなく仕事の裏の方もちゃんとやらねばならないのだ。




