冬も計画をすすめるのじゃ! 2
あまり知られていないことだが、村長オリガは村の防衛も一手に引き受けている。
畑を荒らす害獣に、野盗の類。
それに、最近景気が良い村を狙う、詐欺師やマフィアのたぐいだ。
これらをどうにかしていなければ、スイチー村のこの躍進は無かった。
というわけで。
「くそっ、冬場なら行けると思ったのに! なんで村の周りに見張りがいやがるんだ!」
野盗が地団駄を踏む。
彼から見えるスイチー村は、今まさに吹雪の中。
だと言うのに、村を囲むように無数の見張りの姿が見える。
吹雪の中に立っているなど自殺行為だというのに。
だからこそ、この機会に村に入り込み、狼藉の限りを尽くせるだろうと思ったのに。
「兄貴、帰りましょうよー。俺たちも凍え死んでしまいますぜえ」
「ええい、ちくしょう! 夏も秋も冬も、朝も昼も夜も、ずーっと見張りが立ってやがる! そんなに警備に金を使ってるのか!?」
野盗たちには見えなかったが、これはオリガが魔法によって用意した幻である。
幻とは言えども、害獣の類くらいは駆除できる。
致命的な一撃を相手に浴びせ、幻は消滅するのだ。
そして、オリガが朝に、また補充する。
これが村長オリガの日課だった。
やがて、村と外との境界には、手作り感いっぱいの柵ではなく頑丈な石の塀が築かれ始めている。
野盗たちに残り時間は少ない。
「畜生! くぐりぬけるぞ! お前らついてこい!」
「こうなったらやけくそだあ」
「村の奴らの家を乗っ取ってあったまりましょうぜ!」
うわーっと吹雪の中を駆け出す野盗たち。
すると、これに気付いた幻が集まってくる。
野盗たちvs幻の群れ。
吹雪の原野はちょっとだけ騒がしくなって、すぐに静かになった。
村は今日も平和である。
「あれ? なんだか人の声がしたような?」
アリアが首を傾げた。
「気のせいなのじゃ。脅威と呼べるような脅威はやってこないのじゃー」
オリガは村おこしのためのワッペンなどを手作りしつつ、合間にぱちんと指を鳴らした。
これで、村境には幻の軍勢がフル補充される。
村の守りは万全だ。
ちなみに、幻は後ろから見ると向こうの風景を透かして見せるので、村人たちはこれの存在に気付いていないのだった。
「ねえねえ、グシオンさんってかっこよくない?」
アリアがエリスから相談を受けたのは、昨夜の吹雪が嘘のように晴れ渡った日のこと。
「グシオンさん? うん、かっこいい感じの人だよねえ」
少し戸惑いながら、アリアが答える。
彼女は、友人のエリスが、グシオンと出会ったときから彼のことが気に入っていると知っていた。
「ねえねえ、グシオンさんって心に決めた人がいるのかな」
「いないと思うよ? ずーっとオリガちゃんのお手伝いしてるもん。すっごく働く人なんだよー」
「仕事のできる男の人、すてき!」
エリスが目をキラキラさせた。
この娘はたぶん、グシオンがどういう人だってすてきって言うだろうなあ、と思うアリアなのだった。
エリスにとってのチャンスはすぐにやって来た。
しばらくは晴れ間が続くということで、雪上ワッフィー車が村に交易のためにやって来たのだ。
ワッフィーとは、陸上を走る巨大な鳥。
気まぐれで陽気で、単純作業には向かないが、ひたすら走っていれば幸せという性格をしているために、伝令や短距離を移動する交易などに使われている。
あとは、馬と違って鈍感なので、ストレスに大変強い。
「ワッフィー!」
雪の中でも元気なワッフィーが、村に到着するなり鳴いた。
車輪にスキーを設置した、雪上ワッフィー車を引いている。
「では、今回は私がこちらの荷物を担当するということで。冬の販売業務に行ってまいります」
「行ってらっしゃいなのじゃー」
吹雪が止んでいる内に、村の在庫を使って商売に出かけるグシオンなのだ。
その実、冬の州都では何が流行り、どういう生活が行われているかを調査する目的もある。
お金稼ぎと調査の、一挙両得を狙った仕事なのだ。
これに、エリスが立候補した。
「はい! 広報官の私がサポートしにいきます!!」
「エリス!? 冬だよ、あぶないよー!」
「だいじょうぶ! 雪なんか愛の炎で溶かすから!」
「何言ってるかわかんないよー」
アリアは、恋がゆえに前方不注意となった友人に掛ける言葉が見つからない。
助けを求めるようにオリガを見ると、幼女村長は満足そうに頷いた。
「よーし、行ってくるのじゃー! グシオンなら一人くらい増えても平気なのじゃー!」
「お任せください、オリガ様」
グシオンがうやうやしく礼をした。
そして、オリガ村長直々の許しをもらったエリスも、ニコニコしながら旅立っていく。
「大丈夫かなあ、エリス……」
心配そうに見送るアリアなのだった。
数日後。
グシオンとエリスが戻ってきた。
雪上車を引っ張るワッフィーは今日も元気である。
「ワッフィー!」
特徴的な鳴き声を聞いて、村人たちが集まってきた。
その中には、オリガとアリアもいる。
「どうだったのじゃー!」
「はい。州都の資料ももらって、こちらに調査結果がありますよ。これを使って計画を建てるといいでしょう」
すぐさま、オリガと仕事の話に入るグシオン。
その後ろ、でエリスがしょんぼりしていた。
「エリス、どうしたの? だいじょうぶ? おなかこわした?」
「おなかこわしてないよ! そうじゃなくて、グシオンさん、昼も夜もなくずーっと仕事してるし、一人でなんでもできちゃうんだもん……!! 強すぎる……! お手伝いできるところなかったよ!? 何もアピールできなーい!」
うわあああーっと頭を抱えて雪上を転げ回るエリス。
「グシオンさん、お仕事できるからねえ。仕方ないよー」
「ううっ、アリアの優しい言葉がありがたいよう」
そんな二人のやり取りに、グシオンが気付いた。
「なんと、広報官の仕事をしに行ったのではなく、私の手伝いをしたかったのですかな? ならば心配は御無用。このグシオン、あの程度の事務作業ならば一人でこなせますから。ああ、ただオリガ様といると、私には一つだけこなせぬ仕事がありまして」
「グシオンさんにはできない仕事!? それって!?」
エリスが目をキラキラさせた。
すると、グシオンは敬意に満ちた目を……アリアに向けた。
「お菓子作りです……! アリアさんのお菓子は、オリガ様の心を射止めた真実のお菓子。これがあったがために、世界は破滅をまぬがれました。アリアさんこそ、私が尊敬する仕事の先輩と言えるでしょう」
とんでもない褒め言葉が飛んできて、アリアは目を丸くした。
そしてすぐに赤くなる。
「い、いやあ、あんまりほめられると照れちゃうよう」
エリスが目を輝かせた。
「お菓子……!! お菓子を作ればいいんだね!? よおーし、やるぞーっ!」
明後日の方向に、情熱を燃やし始めるエリス。
この話を聞いていた村人は、グシオンがアリアに気を使っているのだと理解した。
有能なる秘書であるグシオンが、名ばかり秘書のように見える少女、アリアを尊敬するなどありえないからだ。
だが、グシオンは一言も嘘や誇張など口にしていない。
世界を一度滅ぼした恐るべき魔王、オリガ・トール。
復活した彼女を懐柔し、村おこしまでやる気にさせたのは、他ならぬアリアという少女一人の力なのだ。
救世主は褒められて照れながら、オリガにせがまれて今日もお菓子を焼くのである。




