冬も計画をすすめるのじゃ! 1
冬到来。
スイチー村は一面の銀世界になる。
去年までは、出歩く者もほとんどいなかった。
静かな、ただひたすらに静かな冬であった。
だが今年は……。
「雪合戦する人!」
「はーい!」
「はいはいはい!」
「おれもおれも!」
「わたしもわたしもわたしも!」
州都から戻ってきた子供たちが、雪に覆われた田畑の上を駆け回る。
危ないところだけ、ここを踏んだらダメだという印がついているので、そこに気をつけるだけ。
村は広大な運動場のようになっていた。
子供たちによる、賑やかな雪合戦が始まる。
わあわあと歓声が、きゃーきゃーと叫び声が響き、雪玉が飛び交う。
雪玉に石を混ぜるのは禁止。
あくまで、自分の力で固めた雪の硬さが勝負の鍵だ。
力で勝る、もうすぐ成人の男子たちに対抗すべく、女子チームは一丸となって挑む。
「みんな、作戦はしゅうちゅうこうげきで行くよ!」
チームリーダーの村長秘書アリア。
彼女の言葉に、少女たちは真剣な顔で頷く。
転がした雪玉で陣地を固め、そこから男子たちを狙い撃ちするのだ。
「女子をやっつけろー!!」
「攻めろ攻めろー!」
男子チームの一つが襲ってくる。
だが、すでに、雪だるまを利用した陣地は完成していた。
男子たちの雪玉は、堂々たる雪のお団子が食い止める。
その脇から、女子が一斉に玉を投げるのだ。
「投げ方はこう! こうやると遠くまで行くから!」
遠投の指示は村の広報官エリスから。
かくして、チームとなった女子たちによる集中攻撃。
「うわー! な、なんだあのコンビネーションは!」
「ヤバい、向こうにはアリアがいるぞ!」
「あいつ、俺がここから出てった時にはただの泣き虫だったのに……!」
「村長から雪合戦のたたかいかたをしこまれてるんだ! つよいぞ!!」
激しい雪玉攻撃に、躊躇する男子たち。
その中で一人、無謀に突っ込む少年がいた。
名をシンサークと言う。
「なにがコンビネーションだ! 男の方が体もおおきいし、つよいんだよー! うおおおー! 俺がけちらしてやるぜー!」
雪玉を抱えながら、女子の陣地目掛けてダッシュするシンサーク。
「アリアちゃん! シンサークが来た!」
「しゅうちゅうこうげーき!!」
アリアの指示が響き渡った。
雪だるまの影から、女子たちが飛び出してくる。
シンサークはぎょっとした。
全ての雪玉が自分を向いている。
そして投擲。
あまりに多い雪玉は、回避するという考えすら起こさせない。
「うぐわー!」
シンサークはぼこぼこと雪玉を当てられて立ち止まった。
「ま、負けねえ! 俺も……!」
雪玉を投げ返す。
だが、一個投げている間に十発返ってきた。
「うぐわー!!」
シンサークは雪まみれになって倒れた。
シンサーク敗れたり。
「シンサークがやられた!!」
「てったい、てったいー!!」
男子たちが引き上げていく。
雪玉も尽き、新たな雪を補充に行くのであろう。
だが、これを見逃すアリアではなかった。
「雪玉をころがしながら、ついげーき! 追いかけてやっつけよう!」
おおーっ、と女子たちから歓声が上がった。
腕力の差を、知略と戦術でひっくり返す。
この雪合戦は後に、スイチー村の乱・雪合戦バージョンとして語られることになる。
……というような光景を、お年寄りの皆さんはニコニコしながら眺めていた。
みんな、お茶やお菓子を持参して、談笑しながら雪合戦見物をする。
目の前に広がる賑やかな光景は、村の未来そのものなのだ。
見よ、子供たちの明るい表情を。
彼らがいてくれれば、村がなくなってしまうようなことも無い。
「何もかも、村長のお蔭だべ」
「いやあ、村でまさか、またあんな賑やかな声を聞けるとは思ってなかっただよ」
「思い出すだなあ。おらたちも子供の頃は、ああして遊んだだなあ」
そうこうしていると、村長邸の方から噂の人物がやって来た。
大きな荷物を抱えて、雪の中をのしのしとあるく幼女。
スイチー村再建の立役者、オリガである。
くるくるの巻いた角に陽の光を反射させ、長く伸ばした髪は、お団子にまとめている。
「皆の衆! 揃っているのじゃー!」
「オリガ村長ー!」
「こっちさ来るだよー!」
「お菓子作ったから一緒に食うだよ!」
お年寄りたちが歓声を上げた。
お菓子と聞いたオリガもニコニコ顔になる。
「食べるのじゃー!」
まるで、おじいちゃんおばあちゃんたちと、孫のような風景である。
だが、オリガはただお菓子を食べ、渋いお茶を飲みに来ただけではない。
仕事の話をしに来たのである。
お菓子をもぐもぐし、お茶を飲み、アリアが指揮する女子部隊の動きについて解説した後、オリガは本題に入った。
「冬は暇なのじゃ。去年までは内職で、各々の家計を助けるようなむしろとか、木製の道具とかを作っていたと聞いたのじゃ」
「んだんだ。だども、今は村長さんからお給金をもらってるだからな。困ることはねえだ」
村人たちは頷いた。
皆、オリガには感謝している。
お蔭で、今年の冬はあくせくと内職に励まずに済みそうだからだ。
「うむ! 生活はわらわが保証するのじゃ! そこでじゃ。一つ頼み事をしてもいいのじゃ?」
「村長が言うならば何でもやるだよー!」
「ただ、雪合戦だけは勘弁だべ。寒いと腰が……あたたたた」
一人が冗談めかして言うと、その場がドッと沸いた。
オリガもニコニコする。
そして真顔になった。
「冬は確かに、あまり動けないのじゃ。じゃが、春が来たら村おこしはまた始まるのじゃ! 今のうちからできる準備があるのじゃ。それがこれなのじゃ!」
オリガが持ってきた荷物を紐解く。
それは……。
「こ、これは、傘だべ!!」
「それに手ぬぐい!? 模様がついてるだよ!」
「うむ。全て、お砂糖工場の絵を刺繍してあるのじゃ。手ぬぐいは他に、屋根についた花模様を再現してもあるのじゃー」
「村長、こいつはもしかして……」
「うむ。販売用のグッズを作るのじゃ!! 傘は日よけにもなるし、雨よけにもなるのじゃ! 材料は竹とむしろで行けるのじゃ!!」
「なるほどなるほど……」
お年寄りたちは、オリガが作った試作品を代わる代わる眺める。
これはどうやら、自分たちがやっていた内職に近い技術を使い、作ったもののようだ。
特別な材料も技法も使われていない。
「村長、本当にこれだけでいいだか? 何か特別なものを作らなくても……」
「日常的に使うものだからいいのじゃ! それに、これはスイチー村が作り、そこで買えるということに意味があるのじゃ。物ではなくて体験や情報を売るのじゃ! そして、これらを州都に帰ってから日常的に使ってもらう。すると人目につくのじゃ。わらわたちが宣伝しなくても、これら、スイチー村グッズを使っている人たちが勝手に宣伝をしてくれるのじゃー!」
「おおー!!」
「す、すごい発想だべ!」
村人たちがどよめく。
なんという悪魔的発想であろうか。
グッズが広まるほど、スイチー村の懐はうるおい、しかも宣伝もされてしまうとは。
一挙両得、一石二鳥、濡れ手で粟である。
「皆さん、こちらにはその材料を用意してあります。あらかじめ買っておきました」
グシオンが現れ、各戸へとグッズの材料が手渡される。
「皆の衆! 冬もまた戦いなのじゃ! しっかりと準備し、これを春に爆発させるのじゃー!!」
うおーっ!!
村人たちは盛り上がった。
かくして、スイチー村の熱い冬が始まる。




