冬がやって来るのじゃ! 1
大成功(?)のうちに終わった秋祭り。
来年はこれを商業化し、収益化を狙うオリガであったが、そこはアリアやコゴローに止められるのであった。
「村長、なんでもお金に変える話になったら、息苦しくてたまらねえよ」
「オリガちゃん、お祭りはこのままにしよ?」
「ふーむ、お主たちが言うならばそうするのじゃ! 確かに村人にも、自分たちだけのためのイベントが必要なのじゃ!」
ということで、秋祭りは商業化を免れたのだった。
秋が終われば、やがて冬がやって来る。
スイチー村にも、冷たい風が吹くようになって来た。
いつもなら憂鬱な季節。
だが、今年は違う。
「冬の備えはどうだべ」
「大丈夫だべ! 今年は地主の取り立てが無かっただからなー」
村人たちが笑顔で言葉を交わし合う。
村に直接雇用されることになり、畑の使用権を全面的に委任される彼らは、昨年までとは比べ物にならないほどの収穫を得ている。
当然、冬を過ごすために作る保存食も、たっぷりと原材料を用意できるわけだ。
「うちでは何を用意するのじゃ?」
オリガは興味津々。
コゴローとアリアがせっせと作っている様子を覗き込む。
「あのね、砂糖大根のお漬物! 今のうちに漬けておけば、春まで持つんだよ!」
「随分たくさん塩を使うのじゃ!」
「お塩がたっぷり使われてると、食べ物をくさらせるわるいものが寄ってこないんだって。お父さんに教わったの!」
「うちのアリアはかしこいでしょう」
すっかり親バカの顔になっているコゴロー。
こころなしか、発しているレブナントの光もふわふわと浮ついている。
ちなみに、レブナントも普通の人間と同じように食事はできる。
これを消化吸収して、魔力に還元するのだ。
ただし、オリガから直接魔力を送られるよりも随分効率が悪い。
レブナントが本来魔力を吸収する方法は、生き物を殺して直接その生命エネルギーを奪うことなのだ。
死んだ後のもので作られる食べ物では、充分な魔力を得られないというわけだ。
それを考えると、レブナントが食べられるもので一番魔力効率がいいのは、できたての刺し身ということになる。
「オリガ様、これは実験のために作ってみたものなのですが……新鮮なイノシシの刺し身です。レブナントにしか口にできないと思い、冷凍して奥にしまってありますが」
「でかしたのじゃ! これ、コゴロー! こっちに来るのじゃ!」
「なんですかね、村長」
呼ばれて奥にやってきたコゴローに、オリガは赤白まだらの切り身が乗った皿を差し出した。
「こりゃあ……生肉? 半分凍ってますね」
「食べてみるのじゃ。それで感想を聞かせよ」
「うへえ、生肉をですか? いや、今の俺は死んでゾンビになってるんだからいいのか」
「レブナントじゃ! ゾンビなどという下等な死体ゴーレムと一緒にするではないのじゃー」
「あ、こりゃあすみません。では失礼して……」
ぱくり、とイノシシの刺し身を食べるコゴロー。
「おっ!? なんですかね、これは。食べた瞬間から、体に元気がみなぎってくるっていうか。まあ俺は死んでるんですけど」
「やはりなのじゃ! 凍らせた獲物から取った肉ならば、生命エネルギーを保存できているのじゃ! グシオン、これはどれほどの魔力に換算できると思うのじゃ?」
「オリガ様から直接受け取るぶんの、半分ほどでしょうかね。レブナントの光がやや強まっています。消化吸収、魔力への変換にエネルギーを取られているのかと」
「なるほどなのじゃ! では、刺し身ジュースにするのが良いのじゃ……」
これには慌てて、コゴローが手を振った。
「いやいやいや! 勘弁して下さい! せめて人間らしく固形物で食べさせてくださいよ! 酒も楽しめない体になっちまったんですから! しかし、酒って、生きてた頃は無ければ何も始まらなかったのに、今じゃほんのちょっとの魔力にもならない水みたいなもんなんだよなあ」
「お主らが作っている酒で、発酵している最中のは魔力になるのじゃ。菌がついているからなのじゃ」
「あ、なるほど。じゃあ発酵した食べ物も……」
「いけるのじゃー!」
「そりゃありがたいです! 食ってて楽しいものが増える!」
彼らが盛り上がっていたので、気になったアリアもやって来た。
「なーに? オリガちゃんたちとお父さん、なにをお話してるの? わたしもまぜてー!」
「おっとっとっと」
「うむうむ」
慌てて口にチャックをする三人。
コゴローがレブナント化している話は、今は秘密なのだ。
アリアがもっと大人になってから教える予定。
その後、村長とアリア親子で仲良く漬物を作り、また醸造所に戻っていくコゴローなのだった。
お酒は一朝一夕でできるものではない。
ただいま絶賛苦戦中。
「秋になってから、温度調節が楽になったんですけどね。砂糖大根の酒なんか、考えて作ってた奴がいないので何もかも手探りで……」
苦労を口にするコゴローである。
「グシオン、お主も醸造所に行って、手伝ってくるのじゃ! どうせ冬が終わるまでは、本格的に動けないのじゃー」
「御意」
ということで、グシオンはコゴローとともに醸造所にやって来た。
掘っ建て小屋の周りには、甘い香りが漂っている。
砂糖大根から、発酵目的で絞り出した糖蜜の香りである。
「おや? 誰か覗いているようだが……」
「ありゃ。あいつは、あれだ。酒飲みのブンロックですね。地主時代も勝手に酒を密造して飲んでは、怒られていましたよ」
「ほう、酒を密造……。一人で、酒を?」
「ええ、どうやったかは分からないですが、自分で酒を……」
ハッとするグシオンとコゴロー。
「ブンロック!!」
「ヒャアーッ」
醸造所を覗いていた男は、驚いて飛び上がった。
背が低く、髭面でずんぐりとした、前髪の後退した男である。
大変酒臭い。
「ブンロック、ちょうどいい! おめえ、どうやって酒を密造していた!」
「ヒャアー、すまん! すまんです! おらあ、もう酒は密造してないだよ! ちょっとしか作ってないだよー!!」
「作ってるのか!!」
「ちょっとだけ!」
「そうか! 頼む、ブンロック!」
コゴローは、ブンロックの手を握った。
「おめえの酒密造の腕を、俺たちに貸してくれ!! おめえの力が必要なんだ!!」
「は?」
この日、スイチー村酒造りチームに強力な新メンバーが加入した。
寒風が吹く、秋の終わりの頃である。




