交付金と秋祭りなのじゃ! 2
村の広場に、台座が組み立てられていく。
引き出されてきたのは、長らく倉庫で埃を被っていた大太鼓だ。
「あれは何をしておるのじゃ?」
「あ、こりゃ村長でねえだか! お仕事ご苦労さんだべ。あれはな、祭りでみんなで、ライヤッチャ音頭を踊るだよ。そのための拍子を取る太鼓だべ」
「ほう、このお祭りは、ライヤッチャ教の祭りなのじゃ?」
「いんや。昔っからある祭りだども、その時は別の神様をお祀りしてたって聞いただなあ」
オリガはふんふん、と頷いた。
村の信仰にも、流行りというものがあるのである。
事情に詳しい村人と別れて、オリガは大太鼓のところまでやって来た。
「村長!」
「オリガ村長!」
美しい黒髪に紫の角、ふりふりドレス姿の彼女はたいへん目立つ。
誰もがすぐに気づいて、声を掛けてくる。
オリガは彼らに、鷹揚に手を振った。
「これが大太鼓なのじゃ? なるほど大きいのじゃ。まるでオーガのサイズに合わせたようなのじゃー」
「村長、叩いてみます?」
「うむ!」
太鼓を準備していた若者が、叩くためのバチを手渡してきた。
受け取ったオリガは、バチを珍しそうに眺める。
その後、何度か素振りをした。
「よし、行くのじゃ。加減はするが、後ろで太鼓を押さえておくのじゃ!」
オリガが宣言すると、集まっていた村人たちがドッと笑った。
どう見ても幼女のオリガが大太鼓を叩いても、そんな大変なことにはならないだろう。
普通に考えるとそうなのだが。
「では僭越ながら私が」
どこからかグシオンが現れ、白い手袋を嵌めた。
そして、腰を落としてどっしりと構え、大太鼓を後ろから固定する。
「あの、グシオンさん、何をしてるだか?」
「被害が出ぬよう、太鼓を押さえているのです」
村人の質問に、グシオンは爽やかに応じる。
「いやいや、そんな被害なんて…て 」
「よーし、行くのじゃー! グシオン、しっかり押さえているのじゃー!!」
オリガがバチを振りかぶる。
そして、飛び上がり、体重ごと振り下ろす。
バチが太鼓を打った。
そして村中に、腹の底を揺るがすような強烈な音が響き渡った。
村人たちは誰もがひっくり返り、目を回した。
少ししてから我に返ると、オリガは満足そうに笑いながら、バチをくるくる振り回している。
グシオンが押さえていた太鼓は、叩かれた衝撃で牛一頭分くらいの距離を後退していた。
「こんなものなのじゃ! くっはっはー! なかなか気持ちいいのじゃ! わらわも今度世界を侵略する時には、太鼓を鳴らしながらやるとするのじゃー! 村人よ、太鼓は良いものなのじゃー!」
ご機嫌な様子で、オリガが去っていく。
その姿を、村人たちはポカンとして見送ったのだった。
村長邸へ戻ってきたオリガ。
屋敷の外では、アリアとエリスと、タゴサックとコゴローが忙しそうに動き回っている。
村長邸はお祭りの本部になるため、その準備をしているのだ。
「ご苦労なのじゃ! どれくらい進んだのじゃ?」
「オリガちゃんおかえりなさーい! えっとね、テントを立ててテーブルを用意して……もうそんなにかからないとおもうよ? お父さんがすっごく力持ちなの」
「はっはっは、任せてくれ。酒の方は仲間に頼んでおいたから、祭り中はこっちをずっと手伝えるぞ。俺の力はちょっとしたもんだからな」
ハイ・レブナントとなったコゴローは、人間の限界を超えた力を出せるのである。
彼がうっすら黄色く光りながら力こぶを作ると、アリアがはしゃぎながらその腕にぶら下がった。
「……なあ、アリアの父ちゃん、黄色く光ってねえだか?」
「気のせいじゃない? ほら、お兄ちゃんもはたらく、はたらく!」
「分かってるよー」
かくして、着々と村祭りの準備は進んでいく。
その裏では、地方交付金をもらうための作業も進行しているのだ。
こちらはオリガの担当だ。
「よし、わらわたちも仕事の仕上げと行くのじゃ!」
「ええ。交付金がもらえるのは祭りの最中くらいでしょうな」
「お金は馬車で運んでくるのじゃ?」
「調べてみましょう」
グシオンが目を閉じる。
彼は、必要な知識を、アカシックレコードから引っ張ってくることができるのだ。
ただし、その範囲はあまり広くはない。
知識を司る悪魔、マルコシアスなどには及ばない。
その代わりに自由自在に、自分が接触できる範囲の知識を得ることができる。
「厳重な警備とともに運ばれてきますな。ですから大変時間がかかる」
「なんじゃ! ならばわらわが取りに行けば早いのじゃ!」
「州都まで魔法で飛びますか。魔法を使えることが知られるとまずいのでは?」
「別にそんなこともないのじゃ。じゃが、村に余計な負担をかけるかも知れないのじゃ。わらわの魔法目当てで人が集まっても、それは村の実力ではないのじゃー」
うーむ、とオリガは考えた。
「よし、グシオンに任せるのじゃ。一人で行って一人で持って帰ってくるのじゃ」
「御意」
悪魔グシオンは、知識と転向を権能とする悪魔である。
その能力は攻撃的ではないものの、名前を持つ悪魔として所有する、高い戦闘力がある。
彼に任せておけば、例え一国を敵に回したとしても、無事に地方交付金を持ち帰ってきてくれるだろう。
かくして、書類を手にグシオンが旅立った。
街道は整備され、州都ディエスまでの道のりは随分楽なものになっている。
人の速度で歩いたとしても、半日もあれば到着できるだろう。
「グシオンさん、お出かけしたの?」
「うむ。明日には帰ってくるのじゃ」
スイチー村、州都の往復が一泊二日でできる。
これは革命的なことだ。
この街道の利便性が知れ渡れば、そのうち、周辺の街道も同様に整備されていくことだろう。
「じゃあ、オリガちゃん手伝ってもらっていい? 村の人みんなのぶんのおはぎを作るの! 一日がかりであんこをたくさん炊かなくちゃいけないから、もうたいへん!」
「なんじゃと!? それは大仕事なのじゃ! なにげにわらわ、甘いものを作るのは初めてなのじゃ……!」
「あっ、そうだっけ! じゃあ、わたしが先輩だね! うふふ」
「よろしくお願いするのじゃ、アリア先輩……!!」
かくして、村祭りの日がやって来る。




