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スイチー村の工場を見るのじゃ! 3

「おお……これは……! なかなか清潔感のある建物ではないかね。屋根に取り付けられた、特大の花はなんだろう……」


「えへへ」


 キャビネットの疑問に、アリアが照れ笑いした。

 結局、アリアが考えた大きなお花は、屋根に描かれるだけではなく人間サイズの飾りまで作られ、堂々と屋根の中心からそびえ立っているのである。


 村人は自然と、この工場をお花の砂糖工場、略してお花工場と呼ぶようになっていた。

 現在、名誉工場長はアリアである。


「わらわの第一秘書肝いりの設計なのじゃ! これを一度見たら忘れないのじゃー!」


「た、確かに」


 オリガが、アリアにウィンクした。

 最初はお花はいらないと言っていたオリガだが、できたものはしょうがない。

 それにこれは、オリガの恩人であるアリアの希望である。それを最大限に活かした宣伝をするだけだ。


「外見はわかった。では中を見せてもらおう」


「うむ、入ってくるのじゃ!」


 オリガは一同を引き連れ、工場の中に。

 お花工場の正面入口は、観光客用だ。

 きれいに整えられ、すぐ横には見学順路の看板がある。


「見学コースと、体験コースか……。これは実際の作成風景を見学することに?」


「うむ! ただし予約か、集団で見る必要があるのじゃ! お砂糖工場は二交替制で、一日八時間しか動いていないからなのじゃー」


「なるほど、見学と工場の運営を両立させているというわけか……」


 キャビネットは唸る。

 無駄のないやり方だ。

 名産品である砂糖を作りながら、観光名所としても機能させる。


「では、この体験コースとは……」


「簡単にお砂糖を作ってみるコースなのじゃ!」


「砂糖を……作る……?」


 キャビネットは首を傾げた。


「どうしてそのような事をしなければならないのかね? 砂糖は店で買えばいいし、別に自らの手で作る必要などどこにもないのではないかね?」


 当たり前と言えば、当たり前の質問。

 キャビネットが抱いた疑問は、この体験コースを目にした時、観光客の誰もが抱く疑問であると考えられるのだ。

 だからこそ、オリガは得意げに笑みを浮かべる。


「そう。効率的に考えればそうなのじゃ! 素人が真似をして作るよりも、プロに任せてできたものを買ったほうがいいのじゃ!」


 語りながら、オリガは工場の奥まで歩いていく。

 そこは、ピカピカの作業台が用意された、体験コーナーだった。


「じゃが、人は効率だけで生きてはいないのじゃ。例えば野菜を育てるのは、農家の人だけなのじゃ? 違うのじゃ! 一般市民でも家庭菜園をやったりするのじゃ。貴族は何もかもよそから買ったものだけで賄っているのじゃ? 違うのじゃ! 趣味とは言え、狩りをして獲物を仕留めて剥製にしたりするのじゃ!」


「む、むう!」


 キャビネットは唸った。

 その後ろで、モタンギューが笑みを強くする。


「なるほど……! 体験を売る、ということですな。出来上がるものは、市場に並べられぬ二級品だとしても、そこには手ずから作ったという思い出が加わる……!」


 モタンギューの的確な援護射撃!

 オリガは大きく頷くと、声を張り上げた。


「そう! 出来上がるお砂糖は、世界にたった一つしか無い、その者が作ったオリジナルお砂糖になるのじゃ!!」


「な……なんと──!!」


 キャビネットを始め、視察団者たちは驚愕にうち震えた。

 物を作るだけではない。

 物プラス思い出!


 それは買い物しただけでは得られない。

 プライスレスである。


「ちなみに、工程を馬鹿正直にやると数日がかりなのじゃ。なので、村の観光を楽しんでもらいながらの宿泊コースか、短縮ならばこの後半体験コースで、糖液から昔ざとうか、お砂糖を選んで作るコースになるのじゃ」


「なるほど……。時間配分もあるというわけか」


「ということで。実際に体験をしてみるのじゃー!!」


 オリガの一声とともに、お砂糖作り体験コースが始まった。





 あちこちで、視察団が、砂糖大根を切ったり煮たり、抽出した糖液を分離器にかけてハンドルをぐるぐる回したりしている。

 最初は「どうして視察に来たのにこんなことを」と言う顔だった視察団も、段々作業にはまってきたようだ。

 夢中になって砂糖を作り始めている。


 自らの手で、何かができていくという実感は、日常で得ることが難しい。

 だが、一度取り掛かることができれば、そこにあるのは自分が何かを生み出しているという実感である。


 今、視察団の頑張りが実り、お砂糖が生まれようとしていた……!

 もちろん、一日でできるわけがないので、糖液はあらかじめ用意されていたものである。

 だが、大事なのは事実よりも彼らの認識、ドラマなのだ。


「では、分離機を開けるのじゃ!」


 分離器に手を掛けたオリガを、視察団がワクワクしながら見守る。

 彼女が蓋を開けると、そこからはなんとも堪らない、甘く香ばしい匂いが溢れ出してきた。

 その中には、褐色の蜜液と、分離機の周辺にくっついたキラキラと輝く結晶がある。


「この蜜液が昔ざとうになるのじゃ! 希望者は瓶に入れて持ち帰れるのじゃ! 少しずつ乾燥させて、自分の昔ざとうを作るのじゃー。結晶がお砂糖なのじゃ! これも瓶に入れて持ち帰れるのじゃー。使う時は削りながら使うのじゃ」


「おおー!」


 どよめきが上がる。

 そして、視察団は工場が用意した有料の瓶を使い、せっせと蜜液や結晶を詰め込み始めた。


「すごい……。みんなすっかり夢中だよー。オリガちゃんがいったとおりだー」


 エリスが目を丸くしている。


「そうだねえ。村にきたばっかりのときは、えらい貴族のひとっていうかんじだったのに。みんな目をきらきらさせて、こどもにもどったみたい」


「そういうものなのじゃ! これがお砂糖の魔力なのじゃー! あとは、何か物を作って完成させるというのは、みんなが経験できることでは無いのじゃ。この見学コースの一番の売りは、達成感というやつなのじゃー!」


「すごいなあ、オリガちゃん」


「でしょ。オリガちゃんはすごいんだよ」


 感心するエリスに、なぜかアリアは得意げである。


 こうしてスイチー村の工場視察は終了した。

 視察団の面々は、最後は大切そうに瓶に入った砂糖や蜜液を持ち帰ったという。

 誰もが童心に帰り、砂糖作りの話題で盛り上がっていたそうだ。

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