スイチー村の工場を見るのじゃ! 1
そこは、州都の奥にある施設である。
重い病状の人間を隔離するためだけにあるのだが、そんなことはアリアには分からない。
オリガは当たり前のような顔をして、施設の入り口をくぐった。
大変、施設の中の空気は重い。
これから死ぬ人間ばかりいるのだから、重くて当たり前なのだ。
一つの部屋の前で、オリガは立ち止まった。
「アリア、ちょっと待っておるのじゃ! ちょっとお主の父親のお色直しをするのじゃ!」
「お色直し……? いつものお酒臭いのを抜くのかな?」
アリアが首を傾げる。
ちなみに、エリスはこの施設が何なのか知っているので、青ざめていたりするのだ。
部屋の中に入ったオリガは、いくつかあるベッドから一つを選んで歩み寄った。
「お主がアリアの父親なのじゃ? なるほど面影があるのじゃー」
「あ……あんたは……?」
そこにいたのは、アルコールで内蔵をやられて、やせ細った男だった。
意識も朦朧としているようで、顔色も悪い。
もう長くはあるまい。
「わらわがスイチー村の村長なのじゃ。村は生まれ変わったのじゃー!」
「そ、そうなのか……?」
男は信じられない話を聞いて、目を見開いた。
だが、体をベッドから起こすことはできないでいる。
「お主の娘、アリアはわらわの秘書になったのじゃ。お茶汲み、お菓子作り、わらわらのサポートと、よく働いてくれるのじゃ! 毎日楽しそうなのじゃー!」
「おお……アリアが……。そいつは良かった……」
男の目が細められる。
ほうほう、とオリガは頷いた。
「お主はあと数日で死ぬのじゃ。分かっておるのじゃ?」
「ああ……。アリアには、父親らしいことを何もしてやれなくてな……。あいつが死んでから……俺一人では……」
「それはどうでもいいのじゃ。お主がいればアリアのモチベーションが高まるのじゃ。どうなのじゃ? わらわと契約すれば、お主をあと十年は存在させてやるのじゃ。人間ではなくなるが、まだアリアとともにいたいのじゃ?」
「ほ、本当か!?」
「わらわはかつて星を滅ぼした魔王。小さな嘘はつかぬのじゃ」
オリガが笑った。
愛らしいのに、凄みのある笑みだった。
「十年……。それだけあれば、アリアが嫁に行くのを見届けられるな……。それに、孫を抱けるかも知れない」
「決意するのじゃ。人として死ぬのじゃ? 魔王の眷属となって生きるのじゃ?」
「た……頼む」
震える手が、幼女へと差し出された。
「よかろう! 契約成立なのじゃ! お主はこれより、人を捨ててアンデッドとなるのじゃ! だが、肉体の力に耐えきれず、魂は十年で消滅するのじゃ。それでもその間は存在していられることを、わらわが約束するのじゃ。さあ、一度死して蘇るのじゃ、ハイ・レブナント!」
「おお……おおおおお!」
男は震えた。
全身が魔力に覆われ、人ではない何かに変わっていく。
肌の色艶は白くなり、病的なほど。
だが、やせ細っていた体が健康的な筋肉を纏い、眼光も強くなる。
「体が……体が軽い!」
男は起き上がっていた。
その全身から、うっすらと黄色い光が漏れている。
「レブナントは、本来なら人から生命力を吸って存在するアンデッドなのじゃ! じゃが、今回はわらわが溢れんばかりの魔力を供給しているゆえ、その心配はないのじゃ! さあ、感動の再会なのじゃー! アリア、アリアー!」
「もういいの、オリガちゃん?」
部屋の入口が開き、アリアが顔を出した。
彼女の顔は、驚きと、そして喜びに変わる。
「お父さん!!」
「アリア!」
駆け寄り、抱き合う親子。
感動の光景である。
エリスはこれを見て、首を傾げた。
「なんで元気なんだろう……」
「そこがオリガ様の凄いところなのですよ」
自慢気にグシオンが答えた。
ちなみに、この部屋で寝込んでいたあと三人の男たちも、記念でオリガがアンデッド化して、あと十年ほど生きられることになった。
「うおー! 体が軽いぜー!!」
「ありがとう、ありがとうお嬢ちゃん!!」
「へえ、この体をもらうかわりに、村で働け? お安いご用だぜ!!」
かくして、幼女村長は四体のハイ・レブナントを仲間に加え、村に凱旋するのである。
「なるほど、村の雰囲気がぜんぜん違うぜ」
アリアの父……コゴローは呆然として、村を見回していた。
過疎化し、寂れ、誰もが未来を諦めているようなかつてのスイチー村はそこにはない。
みんな生き生きと目を輝かせ、それぞれの仕事に誇りを持ち、村おこしに邁進する村人たち。
スイチー村は蘇った……否、新生していたのである。
「こりゃあ確かに、猫の手も借りたいよなあ。アル中で死にぞこないの俺が呼ばれるはずだぜ」
「うむ。ハイ・レブナントは力持ちで、人間よりも身体能力も優れておるのじゃ。色々期待しておるのじゃー」
「おうよ、任せてくれ! それでよ、俺たち四人は全員アル中で飲み仲間だったんだが、こうなる前は酒には少々うるさくてな」
「ほうほう」
「砂糖大根を使って、酒が造れるって知ってたか、村長」
「なんじゃと!!」
「昔のレシピを知ってるじいさまやばあさまがいるから、ちょっとそいつを調べて、俺ら四人で新しい名物を作るってのはどうだ」
コゴローの言葉に、アリアはにっこり微笑んだ。
「いいのじゃ! 楽しみにしているのじゃ!」
「よーし、任された! おい、お前ら、酒造りだ!」
おーっ、とレブナントたちが応じた。
レブナントは、もう食事も睡眠も必要がない。
毒が効かない代わりに、アルコールも全く通じない。
酒を楽しめなくなった彼らだが、酒の楽しさは覚えているのだ。
十年間というタイムリミットで、彼らは何かを残そうと考えていた。
「お父さん、すっごくたのしそう! よかったー!」
アリアはニコニコ笑って、オリガに抱きつく。
「ありがとう、オリガちゃん! お父さんにしごとをくれて!」
「くっふっふー。アリアには世話になっているのじゃ! これはアリアへの給料の先払いなのじゃ!」
「な、なんだかわかんないけど、オリガ村長がすごいってことは分かったよ!」
エリスは、今目の前で何かとんでもないことが起こっていると感じながらも、親友のアリアが喜ぶさまが嬉しかった。
例え、目の前で盛り上がる男たち四人が、うっすら黄色い光を放っていることに気付いても、悪いことにはならないだろうなという予感がある。
「さあ皆の者! じきに工場を見に、州都の役人もやって来るのじゃ! 酒造りもいいが、役人に見せる工場見学コースの整備もしっかり仕上げぬとならぬのじゃー! これから忙しいのじゃー!!」
「おーっ!」
村長オリガの言葉に、アリアやコゴローたちだけでなく、近くにいた村人たちも揃って声を上げたのだった。




