役人との交渉なのじゃ! 3
「どうして私が、こんな田舎で手玉にとられることに……」
釈然としない物を感じながら、モタンギューはひとまず、お茶を飲むことにした。
「熱っ! そして渋っ!」
とても熱くて渋い。
なんだこれは……!
州都では、発酵させた茶葉による、赤いお茶が流行っていた。
こちらは砂糖やミルクを入れて飲むのだが、ここで出された緑のお茶には、入れるようなものは見当たらない。
モタンギューは困った顔をして、周囲を見回した。
すると、彼の部下たちはおはぎやケーキを、実に美味そうに食べているではないか。
「甘い!」
「すげえ、こんなに甘いなんて」
「州都のケーキはもっと、バターとか卵の味が強くて、甘いのは二の次だったもんな」
「おはぎすげえ。甘さの塊だ」
大の男たちが、きゃっきゃとはしゃぎながらお茶請けの菓子を食べている。
モタンギューはため息をついた。
こんな田舎の菓子に、そこまで喜ぶとは何事か。
そして、自らも菓子を手にとって見る。
ケーキは堅焼きで、素朴な見た目。
一応は卵が使われているようだが、州都で出てくる、ふわふわのスポンジケーキには及ぶべくもあるまい。
あまり期待せず、堅焼きケーキを齧った。
すると……。
強烈な甘さが、舌先から脳髄までを一直線に貫いてくる。
「あ、甘っ!?」
未体験の甘さだった。
これは、砂糖の甘さであろう。
だが、これほどたくさんの砂糖を贅沢に使った菓子を、モタンギューは知らない。
砂糖とは高価なものである。
スイチー村から州都に送られる時も、地主とモタンギューがたっぷりマージンを抜くので、高価にならざるを得ない。
だから、州都のお菓子はハチミツや、卵や牛乳を入れて甘みを増すのである。
それに比べて、この堅焼きケーキの甘さはなんだ。
砂糖本来の甘さが充分に詰まっている。
歯が溶けそうな程の甘さだ。
「ばかな! ばかな!」
呟きながら、夢中でケーキを食べた。
口中が甘くなってしまう。
ここでモタンギューは、思わず渋いお茶を手に取り、一口含んだ。
「~~~~~~!!」
その瞬間、口の中を満たす強烈な甘さが、しぶーいお茶と化学反応を起こす。
猛烈な甘さが中和され、また甘いものが食べられるよう、口の中がリセットされたのだ。
「な、なんだこれはー!!」
驚愕しながら、モタンギューはおはぎに手を伸ばす。
麦の粉で作られた餅に、あんこを纏わせたものである。
粒大きめの粉も混じっているので、あちこちで食感が違う。
このあんこがまた、甘かった。
ケーキが、脳髄を直撃する直接的甘さだとすると、こちらはあんこと絡み合った、深みのある甘さだ。
もちもちとした歯ごたえもいい。
ケーキと凄いコントラストだ。
「むはー、と、止まらん!」
あっという間に、おはぎを食べ尽くした。
そして、お茶をぐいぐいと流し込む。
すると口の中がさっぱりして、また幾らでも甘いものがいけそうに思えてくるのだ。
「お、お、お替りはあるのですか?」
モタンギューの言葉に、部下たちも頷いた。
みんな、皿もお茶も空っぽである。
村長オリガは、にやりと笑った。
「おはぎもケーキも、一人二個まではいいのじゃ! それ以上は食べすぎなのじゃー。どれ、客人が村の名産品を気に入ったようなのじゃ! わらわも配膳を手伝うのじゃー」
「えー、オリガちゃんは村長さんでしょ。座ってていいよー」
「手伝うったら手伝うのじゃ! 村長手ずから淹れたお茶とか、価値がありそうなのじゃ!」
「そうかなあ」
奥に引っ込み、賑やかな会話をするオリガとアリア。
モタンギューはゴザの上で、呆然としていた。
未だに、強烈な甘味の衝撃が抜けない。
甘さは暴力だ。
一度知ってしまうと、忘れられなくなる。
モタンギューは、自分がもう元には戻れないことを感じていた。
あの甘味抜きでは生きていけない……!
あれが、あの甘さが、この村の名産品だと……?
馬鹿な、あの地主め、聞いていないぞ。
「私が中抜きして、値段を釣り上げて市場に流していた砂糖が、あんなに甘いお菓子に化けるのか……! なんてことだ……」
「モタンギュー様、めちゃくちゃ甘かったですよ……」
いい年をした部下たちが、うっとりとした声で呟く。
モタンギューも同意見だ。
モタンギューは、呑んべえである。
お酒が好きで、塩辛いおつまみを好む。
なので、州都でもお菓子の類はあまり食べないのだ。
思えば、前村長である地主も酒飲みで、甘いものは嫌いな男だった。
だからこそ、モタンギューも地主も、砂糖が持っている力というものを侮っていたのかも知れない。
猛烈な甘味には、極上の酒に似た魅力がある。
それをモタンギューは知ったのだ。
ここで彼の脳は回転を始める。
この砂糖を市場に流すとして、どれだけの量を流せばいいか。
大量に砂糖を流せば、州都のお菓子も甘くなるだろう。
だが、それは良心的な価格に過ぎず、自分の懐も、この村の懐もそう潤うまい。
あるていど供給を絞りつつ……今回のお茶請け菓子のように、加工品として州都に流して特別感を煽るのがいいのではないか……?
そして、市場においてスイチー村の名産品は、このモタンギューが流通の責任を持つ。
そうすれば、自分にとっても旨味があるはずだ。
モタンギューは腐敗した役人ではあるが、無能ではない。
おばかな前村長と付き合って、ちょっとおばかになりかけていたが、甘いお菓子と渋いお茶が、彼の頭をガツンと醒ましてくれた。
「お待たせなのじゃー」
大きなお盆を持って、オリガ村長がトコトコとやってくる。
小さな体に大きなお盆、その上に山盛りのお菓子。
実に危なっかしいので、モタンギューの部下たちは思わず駆け寄る。
「手伝いますよ村長」
「うわあすげえ量のおはぎだ」
「くっふっふ、良い心がけなのじゃ! これは近場のお年寄りが差し入れしてくれたおはぎなのじゃー! わらわも一緒に食べるから、いっぱい持ってきたのじゃー!」
おはぎの量に、歓声を上げるモタンギューの部下たち。
すっかり、甘味に心を鷲掴みにされてしまった。
「して、モタンギュー殿。わが村の名産品、いかがだったのじゃ?」
ゴザに座ったオリガが、問う。
モタンギューは苦笑した。
「私の負けです。参りました。正直、あなたを舐めていましたが、政治でもこれからのビジョンでも、ぐうの音も出ないほどやり込められましたよ。新村長、確かにその名にふさわしい人物です」
モタンギューの言葉には、敬意が滲んでいる。
彼の、長年勤めてきた役人の勘が、目の前の幼女は村長として本物だと告げている。
利権にありつきたかったら、彼女をもり立てて、こちらも積極的に手を貸すべきだ。
「察したのじゃ? そう、わらわとスイチー村で、このお菓子を名産品として売り出すつもりなのじゃ! そして村に遊びに来れば、ちょっと安くお菓子が食べられて、お砂糖工場も見学できる……!」
「村に、お菓子目当ての観光を……!? な、なんて発想だ」
モタンギューは瞠目した。
そもそも、観光とは、景勝地や信仰的な拠点となる場所へするものである。
それが、食べ物目当ての観光とは。
いや、だが、この甘いお菓子ならいける。
人々が未経験の甘さ。
この、人生観すら変えるであろう豊かな甘味ならば、州都からスイチー村までの旅路をやってくることも、そう遠くないと言える。
「そこでじゃ、モタンギュー殿」
「なんでしょう」
「道を整備したいのじゃ。スイチー村と州都を繋ぐ道は、まだまだ整備が甘い。これをちゃんと均せば、もっと頻繁に、村と州都を行き来できるのじゃ」
「確かに……! 急務ですな。おい」
部下に命じて、記録を取らせる。
「それから、スイチー村には先立つものがないのじゃ。観光地としては、少々牧歌的なのじゃ。なので……確か、ニテンド共和国には面白い制度があるとグシオンから聞いたのじゃが」
「はい、確か、地方交付金とか」
第二秘書グシオンが告げた。
「地方交付金……!! それを受け取れる村として整備するおつもりか!」
驚愕するモタンギュー。
なるほど、最初から、村長オリガの狙いはそこだったのだ。
モタンギューを懐柔しながら、道の整備の条件を飲ませ、そして本丸である地方交付金への足がかりを作る……!!
「なんと恐ろしい方だ。あなたほどの人が、どうしてこのような村で埋もれているのか……。州都で立候補すれば、あっという間に州議会議員になってしまうでしょう。あるいは、共和国の下院議員だってなれる力をお持ちのはず……」
「くっふっふ、なに、この村には、あまーいお菓子があったのじゃ! わらわの目的は、甘いお菓子をずーっと食べられること。それに比べれば、一国の議員の地位など取るに足らぬのじゃ!」
なんとスケールの大きい幼女であろうか。
モタンギューは、すっかりオリガに心服してしまったのだった。
「オリガ村長……いや、オリガ先生! 全て、このモタンギューにお任せ下さい! 必ずや、ご期待に応えて見せましょう!」
「うむ! 期待しているのじゃー!」
かくして、スイチー村はまた、村おこしのための大いなる一歩を刻んだのである。
今回で毎日更新は終わりです。
次回から隔日更新です。
明日から追放賢者ジーンの、知識チート開拓記が再開し、明後日がのじゃロリ魔王、村長になる、の更新日となります。




