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役人との交渉なのじゃ! 1

「やあやあ、久しいですな、スイチー村!」


 村の入り口から、仰々しい一団がやってくる。

 ニテンド共和国の旗と、ディエス州の州旗を掲げた兵士を引き連れ、大きな馬車が到着したのだ。

 その中から降り立つのは、シルクハットに燕尾服の男。

 髪の毛はもじゃもじゃで、にたにた笑いを浮かべている。


「うん? ディエス州の地方担当官であるこのモタンギューが来たというのに、村長は出迎えもなしかね!」


 モタンギューと名乗った男はステッキを振り回しながら、村中に響くような声を上げた。


「もうおるのじゃ!」


「ん?」


 モタンギューは、腰のあたりから幼女の声がした事に気付いた。

 見下ろすと、黒髪に真っ白な肌、紫の角が生えた幼女が立っている。


「なんだ、お前は」


「くっふっふ、やはり見た目では分からぬか。人間の世界の役人などその程度よな」


「にゃ、にゃにぃ!」


 いきなり笑われて、すぐむきになるモタンギューである。

 それに対し、幼女……魔王オリガは鼻息を勢いよく吹き出しながら胸を張った。


「わらわが村長なのじゃー!! 村長オリガなのじゃー!」


「な、なにぃーっ!!」


 にわかには信じられぬ話である。 

 だが、モタンギューも腐敗役人とは言え、長年地方担当官としてそれなりに働いてきた男である。

 人を見る目だけはある。


 彼は、村長を名乗ったオリガという幼女に、並ならぬカリスマを感じたのだった。

 それに、彼女を見る村人たちの視線には、信頼が溢れている。

 とても信じられないが、十中八九、いや十割がたこの幼女が村長で間違いなかろう。


 モタンギューの感情は否定しようとするが、理性が肯定する。

 モタンギューは理性を重んじるタイプだった。


「は、はじめまして、オリガ村長。村長交代の知らせが届きましたが、村長からの連絡がございませんでね。私が出張ることになったのですよ」


「ほう、そうかそうか! 足労をかけたのじゃ! 大義なのじゃー」


「う、上から!」


 腰ほどの背丈しかない幼女なのに、遥かな高みから見下されているような気持ちをモタンギューは味わった。

 しかも、何と言うかそれを納得させてしまう雰囲気を、オリガは纏っている。

 モタンギューは、自分の人物選定眼と、これまで培ってきた社会常識の板挟みになり、頭がおかしくなりそうだった。


 村に来たばかりでこれである。

 スイチー村を訪れた役人は、まずは軽いジャブどころか、いきなり重いストレートを喰らわされたようなものであった。


「よし、では話をするのじゃ! 村長の家に来るのじゃー!」


「話が早い! そう願いたいところですな」





 モタンギューは、言わば悪徳役人である。

 一昔前ならば、この地方を管理する代官と呼ばれていた役職だ。

 選挙によって選ばれるわけではなく、金とコネと家柄で就職する、この国の役人。

 彼らは腐敗し放題だった。


 共和制となったニテンド共和国も、まだまだ役人のあり方にはメスを入れられていないのだ。


 モタンギューは、遥か東の名家の血を継いでいる……という設定の家系図を作らせた祖父が起こした、新興の貴族だった。

 本当はモンタギューらしいのだが、家系図を作る時に職人が書き損じて、モタンギューになった。

 これに気付いたのは、家を興して国に届け出を出した後だったので、仕方なくモタンギュー家はモタンギューでやっていくことになったのである。


 それはそうと、彼は、ぷりぷりと歩いて先行するオリガを値踏みしていた。

 一見して可愛らしい幼女だが、果たしてどれほどの人物なのか。


 代々スイチー村を収めていた、地主の一族は実に御しやすかった。

 頭がよろしくないのと、目先の損得計算しかできないので、ちょっと利権を目の前にちらつかせてやると、すぐさま食いついてきたものだ。

 これで、モタンギューはかなりの額の賄賂を地主一族から受け取っていた。

 実に、彼の年収の数倍という額である。


 それだけのお金を出せば、自然と村の運営も苦しくなる。

 モタンギューは、スイチー村に寄生する寄生虫のような男でもあるのだった。


「さあ、お入り下さい」


 いつの間にか、オリガの横には長身で美形のスーツ姿の男がいる。

 彼は村長邸の扉を開け、モタンギューを出迎えた。


「う、うむ!」


 美形の男の視線は鋭く、まるで内心を見透かされているようだ。

 実際、この男は知識を司る悪魔グシオンであり、モタンギューの内心など手にとるように分かったりするのだが、そんな事はこの役人には伺い知れぬことである。


 通された屋内で、モタンギューは再び唖然とすることになる。


「な、何もなーい!!」


 そこは、よく見知った村長宅のはずだった。

 豪華な家具の数々が飾られ、ソファに腰掛けて、州都から仕入れたお茶と菓子を食べ、お土産の菓子折りの底に山吹色のお菓子が詰まっているのが常であった。

 だが、今扉をくぐったここは、知っているはずなのに見知らぬ村長宅なのだ。


 まず、家具が何もない。

 いや、新しく、煮炊き用のかまどが設置されている。

 その他は、あちこちにゴザや裏返された箱が設置され、書類は箱の上に積み上がっている。

 まさか、この箱が執務机なのだろうか……?


「そ、そんな馬鹿な……!」


「さあ役人よ。ここに座るのじゃ! それとも、スイチー村担当の役人、モタンギュー殿と呼んだ方が良いのじゃ? くっふっふ、安心するのじゃ。このゴザは村で最高級のゴザなのじゃー!」


 違う、力を入れるべきところはそこじゃない……!!

 モタンギューは内心で、必死にツッコミを入れるのだった。


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