村の産業は何なのじゃ? 2
お砂糖工場の見学を終えた、村長オリガの一行。
昔の作りのお砂糖を食べつつ、お茶を飲むのである。
「このお砂糖そのものが売りに出せそうなのじゃ。わらわはもっと甘いのが好みなのじゃが、大人には売れそうなのじゃー」
「わたしもこれ、知らなかったなあ。甘すぎなくていいかもね」
「パッケージングさえ工夫すれば、他にない商品となるでしょうな」
グシオンが目を光らせる。
「よろしければ、私がこのお菓子……仮に、昔ざとうと名付けましょうか。こちらのプロデュースをしても?」
「ほう、お主、やる気なのじゃ! よし、任せるのじゃー!」
「グシオンさんがんばってー!」
「御意」
というわけで、早速一つのプロジェクトが動き始める。
昔ながらの精製が甘い砂糖そのものを、茶菓子として州都のお茶の間に届ける作戦である。
絵の得意な老人が、昔ざとうを使った商品イラストを書き、これにグシオンがキャッチコピーを付ける。
『どこかホッとする、昔ながらの味。あなたのお茶の間に、ホッとをお届け。スイチー村名産、昔ざとう』
「いかがでしょうかな」
グシオンがキャッチコピーを読み上げると、村人たちが沸いた。
「すごいだなー! それっぽい!」
「ただの昔の砂糖なのに、グシオンさんが付けた文句を読むと、そういうお高いお菓子みたいに思えてくるだ!」
「人間は情報を食べる生き物ですからな。キャッチコピーとパッケージングさえしっかりすれば、中身に関わらず売れるのです。無論、今回は商品そのものの品質もいいのですがね」
グシオンは得意げに笑う。
これを見て、アリアが目を輝かせた。
「すごいねーグシオンさん! なんかプロのそういう人みたい!」
「グシオンは知識の悪魔なのじゃ。どこか別の世界から、そういう知識を引き出してきて使っておるのじゃ! あと、こやつの本領はまた別のところにあるのじゃー。まあ、これはグシオンに任せておけば問題ないのじゃー」
「ほんりょう?」
「グシオンはまだ本気出してないってことなのじゃ」
「ほへー」
アリアがぽかんとした。
スイチー村の砂糖を仕入れに、商人がやって来る。
彼らは定期的に周辺の村を回り、そこの特産品を仕入れているのだ。
「はい? 今月は砂糖以外にも商品があるのかい?」
三十代くらいの無精髭の男である。
じろじろと値踏みするように、差し出されたものを見る。
ざるの上に乗せられた、褐色の結晶だ。
「ええ。スイチー村の新たな特産品となるであろうお菓子です」
爽やかに告げるグシオン。
彼を見て、商人は胡散臭そうな顔をした。
「……あんたみたいな人、いたっけ……? っていうか、いつも偉そうに出てくる村長は?」
「おや、村長に御用でしたか。村長! オリガ村長!」
グシオンの呼びかけに、商人は首をかしげる。
「オリガ……? あのじいさん、そんな名前だったっけ……? まるで女の名前……」
「呼んだのじゃ? わらわが来たのじゃ!」
突然その場に現れる幼女。
鴉の濡れ羽を思わせる、長い黒髪。そして頭の横から突き出した紫の巻き角。
そして田舎の村には似つかわしくない、黒い輝くドレスを身に纏っている。
彼女はトテトテと走ってくると、グシオンの前に割り込んできた。
「……お嬢ちゃんは?」
あっけに取られる商人。
「村長なのじゃ?」
首をかしげるオリガ。
「村長……? あの、お嬢ちゃんが村長なの?」
「そうなのじゃ!」
どーんと胸を張るオリガ。
商人は助けを求めて、周囲を見回した。
グシオンはドヤ顔でウンウンと頷き、村人たちはニコニコと微笑んでいる。
「へ……? 本当なの? このお嬢ちゃんが村長? マジで……?」
「マジなのじゃ。しかし、そうか、わらわのこの姿では誤解を招きやすいのじゃ。対策は立てておるのじゃが……」
「オリガちゃーん! できたよー!」
「あっ、もう一人子供が増えた!」
「第一秘書のアリアさんです」
グシオンの紹介に、商人は頭を抱えた。
「勘弁してくれ」
「オリガちゃん、お客さん? あ、これ、できたよ、村長ワッペン! わたしが文字をかいたの! つけてあげるね」
「うむうむ! これでわらわは、誰が見ても村長なのじゃー!」
ピンク色に塗られた手のひらサイズの板に、「そんちょう」と拙い文字で書かれている。
これが、オリガの胸元に燦然と輝いた。
「素晴らしい出来です、アリアさん」
「おー! アリアが書いた文字だか? 大したもんだべー」
「オリガ村長も立派だべ! 本当の村長みたいだー」
村人たちもやんや、やんやと盛り上がる。
「いやいやいや……。おかしいだろ、何かおかしいだろ」
商人は動揺が収まらない。
これは話にならぬと、オリガは判断する。
「グシオン」
「御意。商人殿、私の目を見て下さい」
「な、なんだ」
『何もおかしいことはありません。幼女が村長でも何もおかしくない』
グシオンが囁いた。
彼の目玉が、闇色の螺旋になる。
商人は、そこに飲み込まれていくような感覚をおぼえる。
「なにも……おかしく……ない……」
商人の目もグルグルになった。
パン、とグシオンが手を叩くと、商人は我に返る。
「あ、ああすまん。ぼんやりしてたようだ。で、新しい商品の話だったな。えっと、オリガ村長、この商品は?」
商人はすっかり、オリガに対する疑問を感じなくなっている。
「うむ、昔ざとうじゃ! これはグシオンが担当する商品ゆえ、第二秘書が同行して売り出すことになるのじゃ!」
「ほうほう、スイチー村、本気だねえ……。ここまでやる気になってるスイチー村は初めてだよ」
「ええ。我が村の未来と、何よりもオリガ様が安定してスイーツを口にできるかどうかが掛かっているのです。全力を尽くさせてもらいます」
「スイーツ……?」
昔ざとうが、商人とと共に州都へ運ばれていく。
その間、販売担当のグシオンともしばしの別れなのである。
「グシオンさんがいないあいだ、わたしががんばらなくちゃ!」
ふんす! と鼻息も荒く、アリアは気合を入れた。
「うむ、アリアには頑張ってもらわねばなのじゃー! 何しろ、これから忙しくなるのじゃ」
「いそがしく?」
「うむ。そろそろ、わらわの手紙に反応してみんな帰ってくるのじゃー! やることはこれから、山盛りじゃぞー! 頑張っていくのじゃー!」
「おー!」
「おおー!」
オリガの号令に合わせて、アリアと村人たちが空に拳を突き上げた。




