目覚めたら五千年後なのじゃ! 1
五千年の静寂に包まれた封印の洞窟。
ここに、五千年ぶりに足を踏み入れた者がいる。
「えっと……言い伝えのおばあちゃんの話だとここなんだけど」
茶色の髪に褐色の瞳をした、十代になったばかりくらいの女の子だ。
純朴そうな顔が、今は不安そうな表情を浮かべている。
「暗いなあ。怖いなあ。だけど、ここでがんばらなくちゃ、村があぶないもんね。おねがい。神様がいてください」
ぶつぶつ言いながら奥へ進んだ。
洞窟は一本道で、とても古い。
なのに、コウモリ一匹いない。
「静かー。……あ、あった!」
少女の目が輝く。
先にあったのは、実にそれっぽいもの……洞窟の真ん中に置かれた棺だ。
棺の上には、ちょっと重そうな勇者の彫像が乗せられていた。
「重しかな? えっと、この重しをどければ……うわ、重い! 大丈夫かな? うんっ、しょっ! うん、しょ!」
少女は棺の上に上がると、重しに体重を掛けて傾けた。
すると、重しはぐらぐらと揺れ、最後にはあっさりと棺の横に転がり落ちた。
こてん、と音がする。
「やったあ!」
達成感にガッツポーズする少女。
そんな彼女の足元が、ガタガタと揺れだした。
「きゃあー、動いたー! 神様が復活するの?」
慌てて棺から降りる少女。
目の前で、棺はゆっくりと開いていった。
「ふふふふふ。ははははは、くはーはっはっはっはっは!」
漏れ出す、意味深な霧やモヤ。
そして響き渡る哄笑。
今、五千年の封印を越えて、それは蘇ったのだ。
「ついに、ついに復活したのじゃ! わらわを封印したにっくき勇者め! もう寿命で死んどるじゃろ! わらわの腹時計によると、ちょうど五千年経っておる!!」
モヤを切り裂き、彼女は棺から降り立った。
紫色の翼が勢いよく広がり、モヤを切り裂く。
「……神様? ……あれ、女の子……?」
少女は目を丸くした。
棺から現れたのは、自分よりも年下くらいの、小柄な女の子だったからだ。
まだ幼女と言っていい。
黒くてツヤツヤのストレートヘア。
気の強そうな目つきに、闇よりも深い黒い瞳。
唇はふっくらしててピンク色。
背丈にぴったりの、子ども用の黒いドレスを着ている。
特徴的なのは、頭の両脇から伸びる、くるくる巻いた二本の紫の角と、背中から伸びた紫色の翼。
「くっふっふ、娘、わらわを復活させたのはお主か? 褒めてつかわすのじゃ。わらわの名は、オリガ・トール! かつて人類を滅亡させかけた大魔王じゃ! こうして復活したからには、再び世界を恐怖のどん底に突き落としてやるのじゃー!! ふわーっはっはっはっはっは!」
魔王オリガは、腰に手を当てて哄笑した。
ちょっとのけぞり気味だ。
すると、彼女のお腹が突如、ぐーっと鳴った。
「い、いかん」
オリガがお腹を押さえて困った顔をする。
「腹時計を働かせすぎたのじゃ。お腹が減ってしまったのじゃ……。おお、ちょうどいい。娘よ、名はなんと申す? その名を唱えながら、まずは手始めにお主を喰ろうて……」
ぎらりと、オリガの目が輝いた。
少女はそれを見て、首をかしげる。
「お腹すいたの? あ、わたしはアリア。あのね、ちょうどここに、お弁当用の堅焼きケーキ持ってきてるから」
アリアはごそごそと、肩がけのカバンを探った。
出てきたのは、堅く焼かれたビスケット状のもの。
「……なんじゃ、これ」
「お弁当の堅焼きケーキ。あげる!」
「……こんなもんを食ってものう。わらわはお主を喰らおうかと……どれ」
とりあえずとてもお腹が減っていたので、オリガはケーキを受け取った。
白くて細い指先でそれをつまみ、しげしげ眺める。
匂いをかいでみる。
「毒ではなさそうじゃな。ふーむ」
大きく口を開けた。
犬歯が二本、鋭く尖っている。
そして、バリッとかじって、もぐもぐもぐ。
「んっ……? んんんんっ? んむむむむむむむ~っ!?」
オリガの目が見開かれた。
もりもり、ばりばり。
あっという間にケーキがなくなってしまう。
全部食べ終わって、オリガは指についたケーキの粉をペロリと舐めた。
そして一息、すうっと吸い込んで。
「な、なんじゃこれ────!? あまああああああいっ!」
オリガの魔力が金色に輝いて洞窟中を照らし、周囲はゴゴゴゴゴ、と鳴動した。
「甘いでしょ。お砂糖たっくさん使ったもん。うちの村ね、お砂糖が名産なの」
アリアはニコニコ微笑んだ。
そしてすぐに、その顔が泣きそうになる。
「だけどね、うちの村、なくなっちゃいそうなの」
「なん……じゃと……」
オリガは衝撃を受ける。
生まれてはじめて食べる、こんな甘いものを作る村が、無くなる……!?
「かそっていうので、人がいなくなっちゃって……。もう村はおしまいだって」
「……アリアよ」
「なあに、オリガちゃん」
オリガが、棺から現れた神秘的な存在であることを、すでにすっかり忘れているアリアだった。
「お主の村を救えば、またこの甘いものは食べられるのじゃな?」
「うん! わたし、お料理とくいだから! そしたらいっぱい作ってあげるね!」
「ほほう! では交渉成立じゃ!! わらわがお主の村を、かそとか言うのから救ってやろう!! そしてお主はわらわに、あまーいケーキを焼くが良い! これでお互い、ウィン・ウィンじゃな!!」
「うぃんうぃん?」
「魔界用語じゃ。では行くとしようぞ、アリア! 魔王復活、最初の仕事は……」
オリガが小さな両手をぱちんと打ち合わせる。
すると、二人を包む風景が一瞬で切り替わった。
そこはもう、封印の洞窟の外。
村が見下ろせる、小高い丘の上だ。
「最初の仕事は、村おこしじゃ!!」
五千年の昔、世界を滅亡の危機に陥れ、勇者の生命を以て封印された最強の大魔王オリガ・トール。
今は村の少女に餌付けされた、この伝説の魔族が、再び歴史の表舞台に躍り出る。