村の産業は何なのじゃ? 1
州都に向けて手紙を出したはいいが、戻ってくるまでには時間がかかる。
大地を駆ける鳥ワッフィーは速い。
だが、それでもスイチー村からディエスまでは、片道で半日はかかろう。
さらに、そこから手紙を伝え聞いた人々が戻ってくるとなると、ワッフィー車を使ったとしても一日。
向こうで準備する期間を考えると……。
「一週間くらいかかると思うのじゃ」
「そんなに!」
アリアがびっくりした。
そして、すぐに思い直した。
「ううん、今まで、なんにも変わらなかったのが、オリガちゃんのがんばりでどんどん変わってくんだもんね。ここでいそいだってダメだよね」
「そう言うことじゃ! ということで、その間はわらわたちも別の仕事をするのじゃ!」
「はーい!」
「御意。ところでオリガ様。ここはなんなのですかな?」
「グシオン、お主が手続きしたのだから詳しいことを知っているだろうに、アリアのために分かりやすい質問をありがとう」
村長オリガと二人の秘書は、今、村の中では比較的大きめな建物の前に来ていた。
入り口が大きく開け放たれ、その脇には飴色の何かが山になって積まれている。
建物からは、甘い香りが漂ってきていた。
「ここは……お砂糖工場!」
「正解なのじゃアリアー!」
「やったー!」
ということで、本日の村長一行の仕事は、スイチー村の基幹産業、砂糖大根を精製する工場の見学なのだった。
村であれだけたくさんの砂糖が使われているのだから、村内で精製できて当たり前である。
第一、大根だけでは日持ちがしない。
取れた大根の多くは、ここで砂糖に変わるのだ。
絞りかすは飴色の何かになり、これをよく乾燥させてから家畜の飼料としている。
「こんにちはーなのじゃー!」
「こんにちはー!」
「お邪魔します」
三名が工場の入口をくぐると、製糖を担当する村人たちが暖かく出迎えてくれた。
「ようこそ、可愛い村長さんとアリアちゃんと秘書さん!」
製糖工場の支配人は、訛っていない。
これは、彼が地主一族が州都から連れてきた人間だからである。
支配人の一族は製糖の技術を持ち、砂糖大根から作る砂糖の品質を高めることができた。
故に、彼は広義では地主の一族ということになる。
だが、村にとって重要な製糖を担当すること、そして自らの意思で村長オリガを選出したことで、地主の仲間であるという扱いは受けなかったのだ。
「……というわけで、今の村のお砂糖は、昔よりもずっと甘くなっているんです。はい、これが昔のお砂糖」
支配人のおじさんがくれたのは、褐色の濁った結晶である。
それをすぐさま口に放り込むオリガ。
「ん! あまいのじゃ! だけど、ガツンと来る甘さではないのじゃー。別の味がするのじゃ」
「ほんとだー」
オリガの感想に、アリアも頷く。
「これはこれで、単体で茶請けの菓子になりそうですね」
「そうなんですよ、秘書さん。昔ながらの砂糖の作り方も、私は記録してありましてね。いつか使えるんじゃないかと思ってはいるんですが、砂糖大根の風味がついた結晶は、売り物になりますかね」
「売り込むのが我々の仕事です。この記録は頂戴しても?」
「あ、はい。後で写しを作ってお届けします」
グシオンと支配人の大人のやり取りを、アリアが目をきらきらさせて見つめている。
「すごーい」
「うむ。グシオンはこういうとこにとても強いのじゃ! おかげでわらわは、美味しい物を食べることに集中できるのじゃー!」
「オリガちゃん、あんまりいっぱい食べると歯がいたくなっちゃうよ!」
「わらわは魔王だから平気なのじゃ!」
二人のやり取りを見て、支配人が微笑んだ。
「そうですねえ。お砂糖は甘くて美味しいですが、歯が痛くなります。なので、こちらでは村で愛用されている歯磨きも作っています。それがこちらで……」
「はーい、オリガちゃん、歯磨きしようね!」
「い、いやじゃー!! わらわは歯磨きなどしなくていいのじゃー!」
「だめだよ! 歯磨きしようねー!」
「いやじゃー! やめるのじゃー!!」
歯ブラシを手にしたアリアから、オリガが血相を変えて逃げ回る。
「村長は歯磨きがお嫌いなのですか?」
「オリガ様は、砂糖の味が消えてしまうので、すぐの歯磨きは邪道だと仰っていまして」
「なるほど」
結局アリアに捕まり、歯を磨かれるオリガなのだった。
魔力を使わない駆けっこでは、肉体相応の足の速さなのである。
一行は工場の奥へと向かう。
そこでは、村のお年寄りが砂糖大根を丁寧に刻んでいた。
あらかた刻み終わったら、これを水に浸して煮る。
これに石灰などを使って不純物を取り除いた後、濾過してから更に煮詰め、結晶化してお砂糖にするのだ。
「手間暇が掛かっておるのじゃのう」
「ええ、そうなんです。そして、スイチー村では一つ一つの手順を疎かにしません。だからこそ、品質の良い砂糖が州都に届けられるというわけです」
「お砂糖はできたてがやっぱり美味しいのじゃ?」
「結晶化してしまえばそうでもありませんね。ただ、昔ながらの砂糖なら、できたてが美味しいかもしれません」
「ふーむ」
オリガは真剣な眼差しで、砂糖が作られている工程を見つめている。
「支配人よ。この工場、人が集まったらもっと大きくして、見学できるようにするのはどうなのじゃ?」
「はあ、見学、ですか」
「うむ。砂糖を口にする者も、それがどうやってできるかは知らないのじゃ。砂糖ができる過程を見せれば、普段見慣れた砂糖も特別になるのじゃ! そして、出口で砂糖を売るのじゃ!」
「な、なんと……!!」
支配人が目を見開いた。
まさに、その発想は無かったのだ。
砂糖工場の観光地化である。
さきほどの、砂糖や歯磨きをめぐる光景を見て、村長もまだまだ子供だと思っていた支配人。
だが、彼がオリガに対する認識が、一瞬で塗り替わった。
やはりこの幼女、只者ではない。
「ですが、わざわざ砂糖工場を見に、遠路はるばるやって来ますかね。州都からここまでは一日かかりますよ」
「そう、それじゃ。道を整備せねばならぬのじゃ。そのためには、多くのワッフィー車がスイチー村を訪れる理由を作らねばならぬのじゃ! 必要ができれば、道路は整備されるのじゃー!」
「なるほど……。して、その理由とは……?」
「スイチー村でなければ作れぬお菓子なのじゃ!」
妙に自信満々に、オリガは宣言するのだった。




