聖域なき村改革なのじゃ! 5
州都ディエスは、ニテンド共和国ディエス州で最大の都市である。
地方からは多くの人々がやって来て、ディエスにて職を求める。
スイチー村からやって来た人々もまた、例外ではない。
ただ、地方から来た者たちは識字率が低い。
そのため、就ける仕事にも制限がある。
例えば……。
「ふう、こんなとこだべか。おうい、休憩にすんべ!」
スイチー村から上京してきた若者、タゴサックは、つるはしを振るう手を止めた。
周りに声を掛け、わいわいと昼休憩に集まってくる。
そこには、真っ白な握り飯と漬物、そしてヤカンに入ったお茶が用意されていた。
「飯だ飯だ! いやあ、仕事はきついけんど、白い飯を食えるのだけは最高だべ」
タゴサックは適当な瓦礫に腰掛け、握り飯にかぶりついた。
中には、果実を塩漬けにしたものが刻まれて入っている。
噛むたびに唾液が湧き出してきて、疲れた体に酸味が染み込んでくる。
「だども……。日銭は稼げても、先が見えねえだなあ。先のことを考えるなんて、贅沢なんだべか」
ここは、大規模な解体現場である。
古い街の一角を取り壊し、新しい建築様式での商店街へと生まれ変わらせようという計画があるのだ。
ディエスでは、あちこちでこのような解体が行われている。
多くの人々が地方から流れ込んでくることで、州都の経済が活性化しているのだ。
今まであった商業施設だけでは、人々の経済活動を支えきれない。
そのため、こうして新たな商店街を作る。
盛んなスクラップ&ビルドは、地方からやって来る人々に絶えず仕事をもたらす効果もあった。
ただしそれは、現場を渡り歩き、一つの現場が終われば次に行くの繰り返しだ。
タゴサックはふと、我に返って未来のことを考えてしまったのだった。
日々の仕事で忙しく、文字を勉強する余裕はない。
上京してきて早々、父は現場で事故に遭って死に、母はいつも他の販売店で働いている。
せめて妹は学校とやらに行かせてやりたいが、入学には目玉が飛び出るような金がかかる。
「都会さ出てきたども、ままならねえだなあ……。田舎のじいちゃん、ばあちゃんは元気にしてるだかなあ。あと、アリアは一人だけ残った子供だべ。寂しくないだかなあ」
これからの生活のこと。祖父母のこと。それから、田舎に残してきた幼馴染のこと。握り飯を食べ終わり、空を見上げた。
どんよりとした曇り空である。
まるでタゴサックの心の中のようであった。
「さて、また仕事さ戻るべ」
タゴサックは立ち上がる。
すると、現場の入り口がざわついていることに気付いた。
「何だべ?」
変化のない日々を過ごすタゴサック。
日常への刺激は些細なものでも気にかかる。
興味を惹かれて近づいていくと……。
「えー、スイチー村からの手紙です。読み上げます」
そこにいたのは、伝令士である。
街から街へと、地を走る巨鳥ワッフィーにまたがって駆け回り、人々の手紙を運ぶ役割の者だ。
彼らは、ニテンド共和国で使われる全ての言葉を自在に操り、ワッフィーを繰る腕前は騎士以上。
有事には、戦場すら駆け巡る。
そんな、子供たちも憧れるような職業だった。
伝令士がなぜここに?
タゴサックのその疑問は、すぐに氷解した。
伝令が読み上げた手紙の内容はこのようなものである。
『スイチー村にて、新村長オリガが就任したのじゃ!
今、村は大改革を始めておるのじゃ!
都会に出た者たちよ、村へ戻ってくるのじゃー!
人手が足りぬ! あと若者も足りぬ!
新しい産業を作るのじゃ! 施設も作るし、森を開いて山も崩すし、大変なのじゃー!
お主らの力が必要なのじゃ!
村の新しい未来を切り開くために、戻ってくるのじゃー!!』
「のじゃ?」
タゴサックは首を傾げた。
だが、手紙が言わんとすることはよく分かった。
どうやらスイチー村で、とんでもない事が起こったらしい。
永年村長を務めていて、あの息苦しいスイチー村を作っていた地主の一族が、選挙で破れたらしい。
その後に、オリガなる謎の人物が村長に就任したと。
そして、村は今、変革の時を迎えているらしい。
「なんだそれ。聞いてないぞ。村が面白いことになってるじゃないか!」
こうしてはいられない。
「あの、すまねえけど監督!」
現場の責任者に、すぐさま声を掛けるタゴサック。
「おら、急いで村に戻らなきゃ!」
「なんだと? 勝手な奴だな。これだから田舎者は」
監督がぶつぶつ言う。
だが、現場は入るも抜けるも自由。
途中で抜けたら、その日の賃金が払われないだけだ。
タゴサックにとって、午前中の仕事の分は少しもったいなかった。
だが、それでも一秒でも速く、このことを家族に伝えたくなったのだ。
「村がなんか、変わろうとしてるんだべ? なら、戻って確かめてみねばな!」
このようなことが、州都ディエスのあちこちで行われた。
村長オリガが代筆をしてから、僅か三日後のことである。
オリガは前村長から巻き上げた財産の多くを伝令に使い、州都中に、出稼ぎに出た村人たちへの手紙をばらまいたのだ。
多くの村人たちがこの知らせを聞いた。
あるいは、人づてに知った。
誰もが、理想とは違う州都の暮らしに鬱々としていた中、この知らせは天啓であった。
村人たちは荷物をまとめる。
かつて捨てた村へと、帰るために。
「おや? アリア、それは何なのじゃ」
「これ? これね、タゴサックくんにもらった首飾りなの。ちょっとヘンテコな形だけどかわいいでしょ」
「ほうほう、気持ちが籠もっておる作りなのじゃ! それで、そのタゴサックとやらは何者なのじゃ?」
「ともだちのお兄ちゃんなの! なんかね、きゅうに夢にタゴサックくんが出てきて、この首飾りをつけたくなっちゃった。もどってくるのかな? まさかね」
「くっふっふ、そのまさかがあるかも知れんのじゃー」




