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聖域なき村改革なのじゃ! 4

 老夫婦が今日の農作業を終えると、ちょうどお日様は一番高いところに来た頃合いだった。


「秋が近いだなあ」


「冬の備えをせねばだなあ」


 二人でそんな話をしつつ、あぜ道に用意してある、お茶のところへ向かった。

 すると、そこに先客がいるではないか。

 漆黒の髪と瞳、紫のぐるぐる巻の角、黒くて立派なドレスを纏った、老夫婦の孫ほどの年齢の童女。


「あれま、村長さん!」


「村長、今日はお散歩だべか」


 老夫婦は思わず笑顔になった。

 一見して、幼女にしか見えないこの娘が、何代にも渡って村を我が者とした地主を選挙で打ち破った村長なのだ。

 今、彼女は過疎化しているスイチー村を復興すべく、様々な策を打ち出しているという。


「村長さんのところでみんな雇ってもらえるようになってから、やる気が出て、出て」


「くっふっふ、やる気が出るのは良いことなのじゃー!」


 村長オリガが、ぷにぷにのほっぺを震わせて笑う。


「それで今日はどうしただか? あ、村長さん、おらたちの漬物食べていぐか?」


「ほれ、こさ(ここへ)座ってけれ」


 老夫婦の間に収まって、畦に腰掛けるオリガ。

 完全に、祖父母と孫である。

 オリガは、よく漬かった漬物をぽりぽり食べつつ、本題に入った。


「お主らに問うが、砂糖大根の他に作っているものと言えばなんなのじゃ?」


「大根の他に?」


 今、漬物として齧っているのが砂糖大根である。

 この他に作っているものと言うと……。

 老夫婦は、畑の向こうにある小さな囲いを指差した。


「おらたちは、あそこで小豆を育ててるだな。まあ、粒も揃ってねえだし、売り物にはなんねえけどよ」


「んだなー。あとは、野菜を作ってるだ。おらたち夫婦が食べていくくらいの量だなあ」


「ふむふむ。お主ら、野菜などを多くつくる気はあるのじゃ? 例えば、わらわが野菜を流通に乗せる手段を持っているとする。すると、お主らの実入りも増えるのじゃ」


「ああ、それはありがたいだども……」


「人手が足んねえだなあ。畑も広げねばなんねえし、それには山を開かねば」


「人手か。ならば、すぐに解決するのじゃ。畑を見ていってもいいのじゃ?」


「構わねえだよ! 肥溜めとかあるから、気をつけてなー」


 老夫婦に見送られ、奥の畑へ向かっていくオリガ。

 その背中を見送り、老夫婦はほうっとため息をついた。


「あんなに小さいのに、立派なもんだべ。前の村長は、見に来ても偉そうなことを言うばかりだっただなあ」


「んだんだ。なのに、オリガ村長はちゃーんとおらたちのことを見ててくれるだ。器の大きい娘っ子だべ」


「孫の嫁に欲しいだな……」


「あやー、うちの孫にはもったいなさすぎるべ……」





「これが畑なのじゃ!」


「それなりに整理されていますね。このまま規模を拡大すれば、充分に使えそうです。一見して、ここは葉野菜が多いようですが」


「多く作ったほうが都合が良いことがあるのじゃ。他の家と、野菜の種類を融通しあっておるのじゃ! あと、どこにでも小豆と麦はあるのじゃー」


「おはぎの中身も、麦を使った餅でしたからね」


 都会ではパンと呼ばれるものを、もう少ししっとりした状態でアンコに包んで食用にしたものが、この村で言うおはぎだ。

 ライヤッチャ教が伝える、祖先の霊を慰める時期が萩の月と言い、この季節にお供えとして作って、あるいは主食となり、おやつとなり、古いものはよく煮て食べる。

 故におはぎと言うのだ。


「おはぎは都会でも通用しそうですね。あれだけの砂糖を使った甘味は少なそうです」


「うむ、そうなのじゃ! 堅焼きケーキは美味しいが、もう少し甘みは少なかったのじゃ!」


 畑を歩きながら、オリガとグシオンは今後の計画を練っていく。

 ここの視察を終え、あぜ道へと戻ってきた二人。

 ちょうど、寺子屋を終えたアリアがやって来るところだった。


「あ! オリガちゃん! グシオンさーん!」


「おー! アリア、終わったのじゃー?」


「お帰りなさい、アリアさん。ちょうどいいところに」


「うむ。わらわたちにはアリアの力が必要なのじゃ!」


「はーい!」


 ということで、村の事情をよく知るアリアを加え、視察は続くのだ。


「えっとね、小豆はどこでも作ってるの。栄養もたくさんあるし、アンコにできるし。あとはお野菜は、お芋を作ってる家と葉っぱものを作ってるところとあって……」


 オリガの見立てどおり、野菜や穀物の生産は、家ごとに分担して行っているらしい。

 地主はこれらの野菜には興味が無かった。

 村人が食べられる程度の量しか作られておらず、色も形も不揃いだったからだ。


「不揃いなのは、育て方が我流のせいなのじゃ? 栄養が足りないのじゃ?」


「肥料の多くは砂糖大根に使われているためでしょう。肥料の増産が必要と思われます」


「ということは、やはり人の数が必要なのじゃ!」


「あ! だからみんなお手紙書くぞって文字を習いに来てるんだね!」


 アリアが手のひらを、ポンと叩く。

 最近ではすっかり、おじいちゃんおばあちゃんへ、基本的な手習いを指導する立場にあるアリアである。

 合間を縫って、司祭からは難しい文章の綴りと算術を習っている。


「あのねー、村ではずーっと子供あつかいだったわたしが、みんなの先生になってるってふしぎなきぶん!」


「くっふっふ、物事とはそういうものなのじゃ! 一つのことに長じていようと、別のことについては赤子同然なのじゃ! それを認めて年下の娘に師事できる村の老人たちは大したものなのじゃー!」


「この時代の人間たちは、個人主義的な考えは弱くなっているのかも知れませんね。彼らは村全体の繁栄のために動いているのだと考えられます」


「前時代がこの村の者たちのように、下らぬプライドを捨てて勝ちに邁進できていたならば、わらわの帝国もどうなっていたか怪しいのう。個人主義であれば、そのようなものは各個撃破するだけで済むのじゃ。強大と嘯く魔道士どもを、次々にすり潰していくのは実に簡単であったのじゃー」


 オリガとグシオンの話は難しくて、アリアにはよく分からなかった。

 彼女の感覚としては、帝国などというものは知らないし、みんな村を守るために一丸になるのが当たり前であったし、オリガが使う魔法というものは、おとぎ話の中の世界にしか存在しないものだった。

 アリアが生きるこの時代に、魔法や悪魔、ましてや魔王は本来存在しないものなのである。

 遠い昔に、大きな戦があり、魔法を使えるものはみんな死んでしまったと言われているから。


「んー」


「おっと、アリアには難しい話であったのじゃ! して、寺子屋の者たちの様子はどうなのじゃ? 文字は書けそうなのじゃ?」


「えっとね、まだまだ難しいみたい。じぶんのなまえも書けないんじゃないかなあ」


「むむ、今しばらくかかるか……。グシオン、ここは、一旦わらわが介入することにするぞ」


「は。村長自らですな」


「うむ! 手紙を代筆してやるのじゃ! そして、街に出稼ぎに出ている者たちに届けるのじゃ!!」

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