聖域なき村改革なのじゃ! 3
村人たちは、小作農から一転、村が所有する畑を耕す役割を負うことになった。
この時、彼らの立場は、村によって一括雇用される形態に変わっている。
言わば、公務員である。
少しずつ、スイチー村にも活気が宿るようになってきた。
稼げば稼ぐだけ村の実入りが増え、自分たちの手元にも作物やお金が残るようになる。
一定量のノルマはあるものの、作物の納入料がそれを超えた場合、超えた分に応じたインセンティブが発生するのである。
「これは凄いことになってるだな! 上手いこと働いて、収穫を増やせれば稼げるだぞ!」
「おらたちだけじゃ手が足りねえ! 都会に行った息子たちを呼び戻すだ!」
「だども、どうやって呼び戻せば……」
「確か、司祭様が文字を教えてくれてるはずだべ!!」
今現在、村はこういう流れになっていた。
出稼ぎに行った家族たちを呼び戻し、スイチー村でみんなで稼ごう。
そのためには、家族を呼び戻す手紙が必要だ。家族も読み書きはできないから、届ける者が家族の前で読み上げてくれればいい。
だが、そもそも読み上げてもらうための手紙を書かねばならない。
「今日の寺子屋は大盛況ですね」
司祭は嬉しそうに、会場を見回した。
寺子屋は、村人の協力で建てられたライヤッチャ教の寺院を使っている。
寺院を学び舎とし、子供たちに学習させるのだから寺子屋なのだ。
ちなみに、この村に残った子供はアリア一人だけである。
つまり、毎日アリアが一人だけ、勉強にやって来ていた。
それが今日はどうだろう。
多くの村人たちが詰めかけている。
「うわーっ、おじいちゃんたち、おばあちゃんたちがいっぱい来てる!」
「文字を習う大事さを実感したのでしょうね。アリア、今日は文字の基礎から勉強し直しましょう。お手伝いお願いできますか?」
「はーい! わたしの方が、おじいちゃん、おばあちゃんよりも先輩だもんね!」
ということで、読み書きの基礎を、お年寄りたちが少女に習うという光景が出現するわけである。
「流石は我が主。こうなることを見越しておられたというわけですか。直接雇用となり、インセンティブを得られるようになった村人は労働力を求め、家族を呼び戻す。そのために、彼らは学習して知的レベルを上げる。呼び戻された家族により、村の人口が増え、年齢層も平均化されていくと……」
「くっふっふ。何もかも、ドミノみたいなものなのじゃ。最初から、仕込みは皆の中にされておるのじゃ。魔力なぞ一切使う必要もないのじゃ。人心を把握して、自ら動くように仕向けてやれば、問題は解決していくものなのじゃ!」
自慢気に告げた後、村長オリガはお皿に乗せられた黒いお菓子を匙で掬った。
商人から買い取った、高価な寒天を用い、甘いアンコを固めた羊羹というものである。
前村長が隠し持っていた書類の中に、数々の甘味のレシピがあった。
その一つを、アリアが再現したというわけだ。
「おかげで、わらわの取り分である報酬がかなり消えてしまったのじゃ! じゃが……新しいスイーツのためならば……!!」
ぱくりと羊羹を食べるオリガ。
彼女の目がキラキラ輝く。
「んまーい! のじゃー!!」
オリガから黄金の輝きが放たれ、それは村長宅から溢れて村中を照らす。
「ですが、オリガ様。寒天一つでこれだけの金を使うようになってしまっては、おいそれと羊羹を食べるわけにはいきませんね」
「うむ。わらわの元々の目的は、この世界にあふれる甘いものを食べることじゃ。アリアはスイーツを作る天才ゆえ、彼女をスイーツ調理人として育て上げ、存分に材料とレシピを授け、そしてわらわのためにほっぺたが落ちるようなあまーいスイーツをいっぱい作ってもらう……!! そのためには、寒天如き、簡単に入手できねばならぬのじゃ」
羊羹のひとすくいを目の前にして、オリガが難しい顔をする。
「この一切れを食べたら、残りは取っておくのじゃ。大切に食べるのじゃー」
「オリガ様、渋いお茶でございます」
「くっふっふ、気が利くのじゃー」
お茶をふうふう冷ましながら、ちびちびと飲むオリガ。
彼女の脳内で、今後の計画が組み立てられていく。
「とりあえず、地主からは村の資産をみな取り戻したのじゃ。あやつは村の外に逃げて行ったが、そのうち復讐でも企むじゃろう。備えも必要なのじゃ。それから、商人。寒天だけでなく、色々、なんでも仕入れられるよう、スイチー村を定期的に巡回するルートを作らねばならぬのじゃ。そのためには、ここは砂糖という原料を生産するだけの村ではいかんのじゃー」
「確かにその通りです。原材料は、原材料なりの値段でしかはけません。オリガ様は、これを加工品として都市に向けて売りさばこうと?」
「そうなのじゃ! スイチー村のもう一つの名物は小豆なのじゃ! 自分たち用で作っている小豆がかなりたくさんあるので、おかげでアンコのお菓子がたくさんあるのじゃ! これは強みなのじゃ! 村人が気付いておらぬ強みをさらに発見し、わらわは村をもっと豊かにするつもりなのじゃ!」
高らかに宣言したあと、オリガはちょっと冷めたお茶をごくごく飲み干した。
胸元にお茶がこぼれそうになったので、これをグシオンが手ぬぐいで拭く。
「ご苦労なのじゃ。よーし、行くのじゃグシオン! 村の中を歩き回って、何か強みになりそうなのを探すのじゃー! あ、あと冬が近づいているのじゃ。この辺の季節でどういう仕事をしてるかも調べないとなのじゃ!」
「お供いたします。オリガ様がいる限り、村の未来は安泰ですな」
「くっふっふ、当然なのじゃ!!」
かくして、幼女村長は村へと繰り出すのである。




