聖域なき村改革なのじゃ! 2
村長宅を作業場とし、寝室はアリアの住んでいた小屋を使うことになった。
オリガは、村人の協力を得て仕事に必要な家具を作成する。
まず、村長としての執務用の机。
これは床にゴザを敷き、高さのある箱を裏返して使う。
あくまで間に合わせだが、ちゃんとしたものはそのうち用意すればいい。
次に、村長として着任したことを示す書をしたため、額縁に飾る必要がある。
額縁は木工が得意な村人に任せ、オリガはさらさらと、達筆の書をしたためた。
「オリガちゃんじょうずー!」
「くっふっふー、そうであろうそうであろう。古代魔法語なのじゃ。これを指でなぞると、わらわの邸宅を守る守護の魔法が発動するから気をつけるのじゃー」
「はーい!」
言われたことがよく分かっていないアリアが、いいお返事をした。
さて、今できる準備はこんなところだ。
あとは、アリアの家で使っていたテーブルを持ち込んで食卓とするくらい。
「オリガちゃん、お仕事のつくえ、箱じゃなくてテーブルを使ったほうがいいんじゃないかな」
「食卓と執務机が一緒ではメリハリがつかぬのじゃ! わらわはこの箱で良い!」
オリガ、何やら美学がある模様。
そんなこんなで、オリガの村長ぐらしが始まった。
その二日目である。
「た、大変だべ、大変だべオリガ村長ー!!」
血相を変えて、農夫のヨサークが駆け込んできた。
「きゃっ」
「騒がしいのじゃ。どうしたのじゃヨサーク」
驚くアリアと、動じないオリガ。
グシオンは、肩で息をするヨサークにそっと茶を差し出した。
ほどよく冷まされた茶を、ぐっと飲み干して人心地がつくヨサーク。
「ありがてえ……! 落ち着いただよ。村長、大変だべ……! ついに地主の奴、やりやがっただよ!!」
「やりやがったとな? 何のことなのじゃ?」
「あいつ、おらたちから土地と、農具と、牛馬を取り上げただよ!! 新しい小作人は街から雇うから、おらたちは用無しだと言って……!」
「ええーっ!」
驚いたのはアリアである。
前村長である地主は、確かに選挙前にそう言うことを口走った。
だが、投票者への脅迫になるこの言葉は選挙法違反だと言われ、撤回したはずだった。
「話がちがうよ! みんなこまっちゃう……!」
「うむ、そうじゃのう。じゃが、わらわは遅かれ早かれこうなると予測していたのじゃ!」
オリガは少しも慌てていない。
箱を裏返しにした執務机の前で、不敵に笑った。
ちなみにゴザの上には、専用の子ども用座布団を敷いている。
「グシオン、伝えておった書類は、この屋敷から見つかったのじゃ?」
「はい。床に不自然な箇所がありまして、そこにチェストボックスが埋めてありました。収められていた書類によると、地主は何代にも渡って、村の公費を私的に使っていたようですね」
グシオンが、何もないところから紙の束を取り出す。
そこに書かれていたのは、金銭の用途である。
およそ、百年以上に渡って遡ることができる。
「ほうほう、あきれたものなのじゃ! それにしても、書類を処分しないで埋めていてくれて助かったのじゃ。おかげで保存状態もいいのじゃー! 恐らく、この書類でおどせる相手もいるのじゃ! それはそれで後々利用するのじゃ!」
オリガは満足げにうなずく。
ヨサークは理解できずに、首を傾げた。
「はあ。オリガ村長、何を言ってるのか、おらにはさっぱり……」
「お主らの土地や農具、そして牛馬。取り返してやろうと言っておるのじゃ」
「へえ!? そ、そんなことが!? だどもあれは、元々地主の持ち物で……」
「不当に使った金で蓄財されたものなのじゃ! さあて、差し押さえに参ろうなのじゃー!」
実に嬉しそうに、オリガは宣言した。
村では、土地を追われた小作農たちが集まり、不安そうにしていた。
ライヤッチャの司祭が彼らを取りまとめ、なんとか騒動にならずに済んでいる状態だ。
そこへ、若い衆を引き連れた地主が現れた。
「わっはっは! 見たか! わしから受けた恩を仇で返したからだ! あんな小娘などに投票しおって……!! もはや、スイチー村の土地はお前らの土地ではない! どこへなりと出ていけ、裏切りものめ!!」
「ひどい!」
「明日からどうやって食っていけばいいだかー!」
「そんなものは知るか!! いいか、世の中は金がある者が正義なのだ! わしには金がある! そして土地もある! これがあれば、あの小娘が村長だろうと、村を好きにはさせぬことができるのだ!! わっはっは、見ておれ小娘! 吠え面をかかせてやる!!」
村長が高らかに宣言した。
そこに、幼女の笑い声が被さってくる。
「くっはっはー! なんなのじゃ、なんなのじゃ? 前村長殿、ずいぶん悪あがきをするのじゃー」
「ぬうっ、こ、この声は!」
村長オリガ登場である。
不安そうだった村人たちの表情が、パッと明るくなった。
「村長ー!」
「オリガ村長、助けてくんろー!」
「うむ。わらわに任せておくのじゃー」
悠然と前に歩み出た幼女に、地主も肩を怒らせながら歩み寄る。
「なあにが任せろだ、小娘が! 元々、スイチー村の土地はみなわしのものだ!! それをわしが取り上げて何が悪い!」
「何も悪くはないのじゃ。そこについて、文句を言うつもりは無いのじゃ」
「わっはっは! いきなり敗北宣言か! 所詮小娘よ! 村長と言ってもその程度の器か!」
地主は大声で笑う。
オリガを威嚇しているのだ。
だが、幼女村長は少しも堪えない。
「グシオン、例の書類を持ってくるのじゃー」
「は、ここに」
グシオンが、古びたチェストボックスを担いで出現する。
その箱を見た瞬間、村長の笑いがピタリと止まった。
「そ、それは、まさか。いや、まさかな。親父の代で行方不明になったはず……」
「地主殿。わらわは、村長たるもの、村の繁栄のために見を粉にして働くべきと思うておるのじゃ! じゃが、どういうことなのじゃ! この書類、村から得た公費が湯水のように使われ、街から芸人を呼んだり、温泉旅行に行ったり、あるいは役人への賄賂に使われたりしているのじゃ! いやはや、悪い村長もいたものなのじゃー」
オリガは書類をめくり、顔をしかめ、肩をすくめ、最後には天を仰いだ。
村人たちがざわつき始める。
「そ、それがわしと、何の関係がある!!」
「のう、地主殿。確かこの村……、ずっとお主のご先祖たちが村長をやっておったのじゃよな? これには、正確な日にちも記されておるのじゃ。なるほど、この書類があれば、役人たちへの脅しにもなろう。芸人たちとの繋がりもまだまだあったようじゃ。つい数十年まえの記録もあるのじゃ。なるほどのう……」
書類の向こうから、オリガの目が、じっと地主を見た。
「う、うう……。なんだその目は……!」
「公費を勝手に使ってはいかんと思うのじゃ。責任を以て、返還してもらわないといけないのじゃー」
「何を言う!? そ、それは先代や先々代、もっと前の連中が勝手にやったことだろう! わしは知らん!!」
「ほう、異なことを言うのじゃ! 地主殿、お主の持っている土地は、お主が一代で稼いだものなのじゃ? 受け継いだものは一切無いと?」
「む、ぐぐっ!!」
「良きものは受け継ぎ、悪しきものは知らぬ存ぜぬ。それでは通らぬのじゃー。どちらも平等に、平等に、なのじゃ」
オリガが見せる愛くるしい笑顔が、地主にとっては死刑宣告のように映る。
「それに、お主が散財した証拠は、少し時間があれば集められるのじゃ。何せ、金を払われた者はまだ生き残っておるのじゃ! いやはや、一体幾らになることか……」
「わ……わしにどうしろと言うのだ、小娘」
「わらわの役職を言ってみよ」
「な、なにっ」
「わらわの役職を言ってみよ」
「そ……村長……!」
「村長として命ずる。不正に浪費した公費を、お主の財産で補填せよ。それで、お主を役人に突き出すことは勘弁してやるのじゃ」
ここで、ライヤッチャ教の司祭がポンと手を打った。
「なるほど! これで正式な村長からの命令となりますね。証拠もある。地主殿は従わぬなら、国の法で裁かれることになる。公金の横領に対する罰は……縛り首でしたね」
地主の顔が真っ青になった。
「わ、わ、分かった!! わしの財産から支払う! だから役人に言うのは勘弁してくれ!! 土地も、農具も、牛馬もくれてやる!! くそ、くそ、くそーっ! なんでわしがこんな目にー!!」
青くなり、赤くなり、怒鳴り散らしながらぴょんぴょん飛び跳ねる地主。
若い衆は大慌てで、彼を担いで立ち去っていった。
残された小作農たち。
いや、彼らはもう、小作農ではなくなっていた。
「では、これにより、地主の所有していた農地は村が接収したのじゃ。これをお主らに貸し与えることとする。これよりお主らは、スイチー村所属の公営農地の管理人ということになるのじゃ! 農地と作物の管理、これまで以上にしっかりと頼むのじゃ!!」
「へい!」
「もちろんですだ!」
「村長さんすげえ!」
「さすが村長さんだべ!」
「オリガ村長ばんざい!!」
「ばんざーい!!」
あちこちから歓声が上がる。
これは、スイチー村が地主一族から独り立ちするための、大いなる一歩である。
だが、その大仕事を成し遂げたオリガの顔に達成感は無い。
「さて、この書類、まだまだ使えそうじゃのう……。のう司祭。村長に就任したら、国の役人に報告せねばならんのじゃ?」
「その通りですが……。いやはや、新しい村長は恐ろしいお人だ。一瞬、伝承で言う魔王かなって思ったりします」
「くっふっふ、見ているが良いのじゃ。過疎化する速度よりも速く村を復興してやるのじゃー!!」
村に、魔王にして村長、オリガの哄笑が響く。




