聖域なき村改革なのじゃ! 1
まずは大掃除から!
「ひろーい!」
アリアが歓声をあげながら、元地主の家……現、村長オリガの邸宅を駆け回る。
家の中だというのに、走り回れるほどの大きさがあるのだ。
今まで住んでいた、一部屋だけのあばら家とは大違い。
この家の中に、一体いくつあの家が入るのだろう。
「オリガちゃん、ほんとうに村長さんになっちゃった! すごーい!」
駆け寄ってきたアリアが、オリガの手を取ってぴょんぴょんと跳ねた。
「くっふっふ、わらわにとって、この程度造作も無いことなのじゃー!」
余裕の笑みを見せようとしながら、しかしニッコニコの笑顔になるオリガ。
アリアと一緒にぴょんぴょんと跳ねた。
「よし、グシオン! 早速家を改造するぞ! まず歴代村長の肖像画は外して薪にせよ! 置いていったのだからいらぬに決まっているのじゃー!」
「御意にございます」
グシオンがせっせと働き出した。
前村長が残していったものは、基本的に全て処分する。
「もったいなくない?」
「もったいなくてもこうするのじゃ。残されていったものは、前の村長の私物なのじゃ。それをそのまま使うのは、良くないことなのじゃ。痛くもない腹を探られ、場合によってはわらわと前村長の癒着を疑われたりもするのじゃー!」
「むむむ。むつかしいけど、大変なんだねえ」
アリアが眉間に精一杯シワを作って、うなずく。
「それそれ、アリア。わらわたちも掃除なのじゃ! 村人が作ってくれた箒とチリトリを用意してな!」
「はーい! わたし、おそうじは得意だよ!」
ということで、新村長の初日は大掃除に明け暮れることとなった。
途中、村人たちが次々に覗きにやって来る。
自分たちが選んだ村長に、挨拶に来たのだ。
「あのー、村長さん……」
「お掃除中なのじゃー!」
「おっ、それなら手伝うだよ!」
「こんちはー。村長さんいるだべか」
「お掃除中なのじゃー!」
「ああ、ならばおらたちも手伝うだよ!!」
こうして、どんどん掃除をする者が増えていく。
最後には、村人総出での大掃除となった。
先代村長の時にはあり得なかった、村人たちの協力ぶりである。
「おや、差し入れに来てみれば……。随分と数が増えていますね。これは持ってきた分だけでは足りません」
「おお、司祭なのじゃー! 今、村の婦人会がみんなにお茶を淹れているのじゃ! お主も一服していくのじゃー!」
「新村長に誘われたとあっては断るわけにもいきませんね。ああ、村長、こちらはお茶菓子です」
ライヤッチャ教の司祭が、村長にそっと包を手渡す。
これを開いたオリガは、中を見て目を細めた。
ライヤッチャ神の形をした生地に、あんこが詰まったお菓子が入っていたのだ。
「ほう……これはこれは。わらわの好きな菓子を知って、このタイミングで差し入れてくるとは……。お主もなかなかの策士よのう」
「ははははは、新村長には及びません。して、新村長は、前村長のやり方は引き継がないおつもりで?」
「無論。お主の要望は、寺子屋の開設であろう? 人々に読み書きを教え、そしてより深くライヤッチャの教えを広める。わらわが見たところ、ライヤッチャ教はわらわの改革を邪魔する教えではないのじゃ。許可するのじゃー!」
「ありがたき幸せ」
くっふっふ、ふっふっふ、怪しく笑い合うオリガと司祭。
そこへ、グシオンが一枚の紙を持ってきた。
「村長、こちらが寺子屋許可証です。ただいま作ってまいりました」
「よくやったぞグシオン、気が利くのじゃー! ではこちらに、ほいっと」
オリガが拇印を押す。
その横に、司祭も拇印を押した。
「では正式に、寺子屋の開設を許可するのじゃ! すぐ開くのじゃ!」
「かしこまりました! ありがとうございます、オリガ新村長!」
司祭は勢いよく走っていってしまった。
これを、村人たちはポカンとして見つめる。
「あんれまあ……。あんな元気な司祭様、初めて見たよう」
「村に来てからは、ずっと、ちょっと辛そうな感じだっただよなあ」
「でも、ずーっとおらたちの事を考えててくれた司祭様が嬉しそうなの、ちょっとおらたちも嬉しいよな」
「んだんだ!」
村人たちの気持ちも高揚している。
良い傾向である。
オリガは満足げにうなずくと、また掃除に戻るべく振り返った。
「村長様~! お茶の用意ができただよー! できたてのおやつもあるだよー!」
「なんじゃとー!?」
家に向かって全力疾走するオリガなのだった。
「美味しいねえ」
「甘いのじゃ~」
アリアと並んで、にこにこしながらおやつを頬張るオリガ。
彼女たちが休憩している間に、掃除は終わるところだった。
掃除の基準が簡単だから、村人たちが悩む必要も無いのが、サクサク掃除が進む理由である。
先代村長の時代にあったものを全て外に出し、打ちこわし、薪にせよ。
これだけである。
家の中は、すっかり何も無くなってしまった。
あるのは、村人たちが持ち込んできたゴザと、お茶を淹れるセットだけ。
「後で、アリアの家をまるごと持ってくるのじゃ」
「ええっ、そんなことできるの?」
「できるのじゃ。わらわは魔王なのじゃ! それくらい余裕余裕。それ、取り寄せの呪文!」
オリガが、アンコのついた手で空中に文字を描く。
すると、外でドシーンっと大きな音がした。
「うわー! なんだなんだー!」
「いきなり何もないところに小屋が出てきただー!!」
「こ、これ、アリアの家でねえか!」
「ヒャアー、おったまげただー!」
「ライヤッチャ様の加護でねえだか」
「司祭様喜んでたもんな」
「ヒャア、ありがてえありがてえ」
「ライヤッチャ、ライヤッチャ、ヨイヨイヨイヨイ」
外からお祈りの大合唱が聞こえる。
「……もしかして、もうもってきちゃったの?」
「そうなのじゃ! わらわ、甘いものを食べて今はとっても気分がいいのじゃー!」
「すごーい、オリガちゃん! でも、村の人たちがいないところに出てきてよかったねえ」
「あっ! わらわ、ちょっとそこはうっかりしてたかもしれないのじゃ……!!」
「うん、今度から気をつけようね、オリガちゃん」
「うむ、反省するのじゃ……!」
二人のやり取りを、お菓子を食べながらじっと観察していたグシオン。
「流石は第一秘書アリアさん。我が主をこうも見事にコントロールするとは」
妙なところに感心しているのだった。




