村長オリガ誕生なのじゃ! 1
村長選挙の日。
朝日が昇って少ししてから、みんなが起き始めた。
昨夜は、飲めや歌えやの大騒ぎだったのだ。
「う、ううーん」
毛布にくるまって眠っていたアリアは、大きく伸びをした。
家の外で寝てしまっていたみたいだ。
隣では、大の字になったオリガが鼻ちょうちんを膨らませている。
つん、と突付くと、鼻ちょうちんが割れた。
思ったよりも大きい音がする。
「うわ、なんなのじゃー!?」
オリガが飛び起きた。
「おはよう、オリガちゃん」
「おや、アリアなのじゃ。おはようなのじゃー」
二人はいつものように挨拶を交わす。
見回すと、村人たちがみんな、地面の上でぐうぐうと寝ている。
全員が被っている毛布は、グシオンがどこからか手配してきたものだ。
これで、みんな風邪を引かなくて済むだろう。
「昨夜は凄い騒ぎだったのじゃ! でも、これだけたくさん人がいると、アリアの家だと狭いのじゃ」
「そうだねえ。わたしの家、ちっちゃいもん。いっぱい人がくるなら、おっきい家がいるね」
「村長事務所を建てねばならんのじゃ!」
「そうだね! そしたらね、わたしね、お花がいっぱいある部屋を作ってねー」
「ほうほう」
「みつばちさんが集まるようにしたら、ハチミツがとれるんだって。あまいんだよー」
「な、なんじゃと!? お花にそんな力があるのじゃ!?」
少女たちが仲良く話しているうちに、村人たちも目覚め始めた。
あちこちで、「おはよう」の挨拶が交わされる。
今日ばかりは、みんな農作業もお休み。
空は選挙の日にピッタリの晴れ模様。
みんなで朝ごはんを済ませた、オリガとアリアと村人たちは、わいわいと選挙会場へ移動して行った。
そこは、村長宅……つまり地主の家の前である。
腕組みをして、難しい顔をして、村長が待っていた。
「遅いぞ小娘! ……う、うわーっ!! なんで村人がお前の後ろにいっぱいいるんだー!!」
オリガを怒鳴りつけようとした村長だったが、オリガが従えた村人の数に、度肝を抜かれた。
幼女魔王はそんな村長のことなど気にしない。
彼女の目線は、もっと別のところに注がれた。
「むむっ、見慣れぬ者がおるのじゃ!」
「あっ! あれは司祭さまだよ。ライヤッチャ教のありがたい教えを広めてくださってるかたなの」
アリアが説明をした。
その男は、ゆったりとした紺色のローブを纏い、その上からエプロン状の黄土色の上着を重ねていた。
頭はつるりと剃り上げている。
「皆様、おはようございます。拙僧がこの選挙の立会人をやらせていただきます、ライヤッチャ教司祭、ワオドーリですぞ」
「わらわは村長候補オリガなのじゃ!」
「よろしくお願いしますぞ、オリガ殿。では、皆の衆!」
ワオドーリが、よく通る声で宣言する。
「朝の祈りと参りましょうぞ! せーの!」
彼が音頭を取ると、村人たちが一斉に両手を持ち上げ、踊りだす。
「ライヤッチャ、ライヤッチャ、ヨイヨイヨイヨイ!」
「不思議な教えなのじゃ! わらわも真似してみるのじゃー!」
「オリガちゃん、手はね、こうしてね、足はね、こう。でも好きにおどってもいいんだよ!」
アリアに教えてもらいながら、ライヤッチャ教の踊り……もとい、祈りに参加するオリガ。
なるほど、これは楽しいかも知れない。
隣では、グシオンが真面目な顔をして踊っている。
一通り祈りが終わると、ワオドーリが簡単な説法をしてきた。
「ライヤッチャ様は、祈り、踊る者を誰彼構わずお救いになります。皆様の来世は極楽浄土でしょう。踊る信者に見る信者、同じ信者なら踊らにゃ損損、とのありがたい言葉を胸に焼き付け、本日も楽しく参りましょう」
「ライヤッチャとやら、懐が深いのじゃ。わらわが戦い、打ち倒した神はもっと狭量だったのじゃ」
「不穏な単語が聞こえた気がしますぞ。まあいいのですが、長らく神が不在の時代がありまして、そこに幾柱かの神がエーテルの海を渡り、遥か空の彼方より飛来なされたのです。その一柱がライヤッチャ様なのですぞ。ライヤッチャ様は、『難しい教えとかこね回しても、知識階級のおもちゃになるだけだから、単純明快で祈りやすいスタイルで行くわ』と仰られ、ライヤッチャ教を開かれたのです」
「人間ができた神なのじゃー」
オリガは感心した。
このやり取りに水を差したのが、現職村長である。
「いつまでもどうでもいいやり取りをしてるでない! さっさと選挙をやるぞ! 全く、どうしてライヤッチャなんぞの司祭が立会人になるのだ……」
ちなみに村長は、ライヤッチャとは違う教えを信じている。
都会で流行している、金を払うほどご利益がある金粉教である。
この教えが崇める神は、実在ではなく架空の神様だ。
だが、何よりも俗世で強い力を持つ金に直結した宗教のため、今や破竹の勢いで信者を増やしている。
「それにお前ら、わしがやってやった恩を忘れて、ぽっと出の小娘につくだと? いいか。お前らの畑も、牛馬も、農具も土地も何もかも、わしのものだぞ!! いいか、この小娘に投票したら、お前たちに貸していたものを全て取り上げてやる!!」
村長の宣言に、人々は真っ青になった。
周囲の雰囲気が一変する。
村人たちは気まずそうに顔を見合わせ、オリガから距離を取った。
「お、オリガちゃん……!」
アリアがオリガのドレスの袖をぎゅっと掴む。
彼女の不安に対し、幼女魔王は笑って見せた。
「何、任せておくのじゃ! 村長、今、投票者に脅しをかけおったのじゃ?」
「は? そうだが? こいつらはわしの所有物を使わせてやっている連中だ。それがわしに逆らうなら、明日から生活できぬようにしてやるだけだ!」
「うむうむ、しかと聞いたぞ。わらわも、グシオンも、司祭殿も聞いたのじゃ?」
「しかと耳にしました、我が主よ。これは国が定めた選挙法に違反しております」
「ええ、これは私も、極楽におられるライヤッチャとて聞き逃すことはできないでしょう。事前に投票者に接触し、票を操作しようとする行為は選挙法違反です。この時点で村長、あなたは失格ということに……」
「な、な、なんだと!?」
今度は現村長が真っ青になった。
「言ってない! わしは脅す言葉など言わなかった! 今のはほれ、ただの冗談、冗談だ……!」
「ほう、冗談とな。間違いなく冗談なのじゃ?」
「間違いない!」
村長の言質を取り、オリガは腕を広げて村人たちへと向き直った。
「と、いうことなのじゃ! お主らは気にせず、自らが思うままに投票するといいのじゃ! お主らが作りたい未来を示していると思う方に投票するのじゃー!」
「おおー!」
村人たちが盛り上がった。
村長は歯噛みする。
かくして、選挙権を持つ村民136人による投票がスタートするのだ。




