仁義なき村長選挙なのじゃ! 7
いよいよ、明日が選挙投票日という夜。
オリガ・トール選挙対策本部……もとい、アリアの家ではささやかな壮行会が開かれていた。
「オリガちゃん、おつかれさま! これ、焼いておいたの!」
アリアがかまどから取り出したのは、ちょうど焼き上がったふわふわのケーキ。
保存を前提としない、特別な祝い事の時にだけ食べる贅沢なお菓子だ。
「ふおおお、な、なんという甘い匂いなのじゃー!」
席についたオリガは、身を乗り出して両手をばたばたさせた。
小麦粉、お砂糖、卵、そして貴重なバターまで使われた、焼き立てふわふわのスポンジケーキ。
未知のお菓子の出現に、魔王はいてもたってもいられない。
「我が主よ、落ち着いて下さい。椅子から落ちます」
興奮のあまりじたばた動くオリガを、グシオンが支える。
「これが落ち着いていられようか! うおー! そのようなものもこの時代にはあるのじゃな! わらわが魔王をしていた頃には、もっと野趣あふれる食事ばかりだったのじゃ! しょっぱかったり辛かったりするものばかりで、甘いものは少なかったのじゃー!!」
「うふふ、オリガちゃんに喜んでもらえて嬉しいなあ。はい、どうぞ!」
ナイフで切り分けられたケーキが、どどんと四分の一。
オリガの目の前に出現した。
横には、甘いケーキと合う、ちょっぴり渋めのお茶が淹れてある。
「うわあー! いただくのじゃー!」
オリガは鼻息も荒く、ケーキに食らいついた。
むしゃむしゃ、もぐもぐ。
「あままー!! あまいのじゃ! あまいのじゃー!! ふわふわじゃー!」
オリガの目は夢心地である。
スイーツ大好きな魔王は、ご満悦であった。
しばし、三人は楽しいひとときを過ごす。
明日はいよいよ決戦。
今日はこのケーキで、英気を養うのだ。
「時に、アリアさん」
「なんですか、グシオンさん」
「私とあなたの立ち位置ですが、対外的にはアリアさんが私の先輩となります」
グシオンは、怜悧な美貌に、うっすらと笑みを浮かべる。
「第一秘書の座は、アリアさんこそが相応しいでしょう」
「ひしょ?」
「我が主、オリガ様をサポート……お手伝いする仕事です」
「あ、うん! それならずーっとしてるし、わたしでいいよ!」
アリアは安請け合いした。
こうして、村長候補魔王のオリガ、第一秘書はアリア。第二秘書はグシオンとなった。
グシオンは、そのような内容をどこからか取り出した書類にしたためていく。
「なんじゃグシオン! ケーキは食べぬのか?」
「食べますが、ご覧の通り私は大人。対して、我が主とアリアさんは食べざかりでしょう。私はこの半分もあれば充分です。あとはお二人で」
「なにっ!! 良いのじゃ!? いただくのじゃー!! ほれ、アリアも食べるのじゃ!」
「えへへ、ありがとうグシオンさん!」
女子二人、ニコニコしながら追加のケーキを食べる。
そんな楽しい席に、突然ノックの音が鳴り響いた。
「むむっ、こんな夜中に何者なのじゃ」
すっかりケーキに夢中で、外への警戒をしていなかったオリガ。
口の周りにケーキの粉を付けながら立ち上がった。
「オリガ様、私が参りましょう」
「よいのじゃ! そもそも扉はわらわの真後ろにあるのじゃ」
背伸びして、ドアノブを握り、扉を開けるオリガ。
この時オリガは、グシオンならば外のことも分かっているだろうに、なんの注意もしなかったことに気付かなかった。
グシオンが外を警戒しなかった理由が、今目の前に広がっている。
「オリガちゃん!」
「お嬢ちゃーん!」
「選挙、明日だってねえ! 絶対行くからね!」
「応援に来たよー!!」
そこには、村中の人々が集まっていたのだ。
オリガの似顔絵が描かれた板を掲げる者、揃いのはっぴを作ってきた者、差し入れのアンコ餅を作ってきた者、様々だ。
「お主ら! こんな夜中に良いのじゃ? 夜は危ないし、明かりに使う油がもったいないから寝ているはずなのじゃ!」
「油くらいなんだい! あたしら、オリガちゃんを応援するって決めたのさ!」
おばちゃんが、鼻息も荒く宣言する。
彼女の言葉に、集まった村人が、そうだそうだと同意した。
彼らの手には、その貴重な油が使われたランタンが下げられている。
「お嬢ちゃん、おらはな、この選挙で村の未来が決まると思ってんだ。あの村長の下だと、なんも変わんねえ。んだども、お嬢ちゃんが村長になれば、村は変わるべ!! それだけは、おらも分かる!」
興奮を抑えきれずに叫ぶのは、農夫のヨサーク。
「おらたちの未来を作ってけれ、お嬢ちゃん! いんや、オリガ村長!」
「村長!」
「オリガ村長!」
村人たちが、わーっと盛り上がる。
アリアはびっくりしていたが、すぐに目を潤ませはじめた。
「オリガちゃんがしてきたこと、みんなにつたわってたんだね! よかった……!」
魔王オリガは、涙声の相棒に振り向いた。
「無論じゃ! 選挙とは心じゃからのう! そおれアリア! 寝る時間まで、忙しくなるのじゃ! 壮行会は外でやるのじゃー! 人数分のお茶を淹れないとなのじゃ!」
「うん!」
「私も手伝いましょう、アリアさん」
かくして、選挙前の夜は賑やかに更けていくのだ。




