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流星群

「なんだ?」


 グレイが途方に暮れて歩いていると、眼前の奥、門に向かって冒険者の集団が走っている姿を見た。その姿に興味を惹かれて何の気なしに付いていくことにした。

 鼻の奥に響くような酷い匂いのする皮の防具を身に纏った男どもは、地響きを鳴らし、土ぼこりを巻き上げ、咆哮のような声を上げていた。


「門を開けろ」


 大門がゆっくりと音を鳴らしながら開かれた。誰もが後れを取らぬように走っていき、グレイだけがその一団から後れをとって走っていた。

 野を走り、一団の最後尾に付き。草原を走り、一団の中を走り。小さな森を走り抜け、一団の先頭集団と共に走り。そして再び森へと入った。緩やかな坂道に入った所でグレイは集団を追い抜いてしまった。目的のなかったグレイは後ろを時々みながら、走り続けた。


「おい、そっちは違」

「黙ってろ、あれはゾランの奴と諍いを起こした奴だ。あいつが居なくなったら、それだけこっちの取り分が増えるんだ」

 声を上げた男を近くに居た男が止めた。男たちは緩やかに左に曲がって行き、乱立した木立へと紛れて行った。

「あれだけ速く走って、ゴブリンを狩る体力が残るのかね」


「これは結局なんだったんだよ」

 後ろに誰もいない森の中でグレイは苛立ち気に呟いた。自身の感情がコントロールできない性格がまだ幼いグレイは落ちていた小石を蹴った。気の抜けた蹴りであったのにも関わらず、飛んでいった小石は個気味の良い音をたてて木にぶつかり、傷をつけた。


「このまま歩いてジジイの元に戻るか。ジジイを驚かして、飯でも食ってから、また出れば良いだろ!」

 そう思考を口に出してみると、その選択が一番正しいような気がして来ていた。

「キュア」

 チビも嬉しそうに鳴いた。それはグレイの言葉に同意をしているようだった。


「あっ」

 鬱蒼とした森に懐かしさを覚えながら歩いていくと、次第に今朝のギルドでの不思議な喧騒を思い出し

、あの冒険者達の目的に気付いた。冒険者達とははぐれてしまった事を後悔したグレイは苛立ち気に舌打ちをするが、さして目的地は遠くないだろうと気を持ち直し、腰に凪いだ剣の柄に触れる。少し引き抜いてみれば、木々の葉の間隙から漏れ落ちる陽光に反射する剣身が、これから得られる血を渇望しているかのようにキラリを光った。


 そこからのグレイは動くの止め、息を深く吸い込み、目を閉じた。グレイの身体の中では魔力の循環が始まる。

 頬を撫でる風に一結びにされた髪が揺れ、自身の呼気の音、戦ぐ雑草に纏う甘い匂い、遠くの魔物の荒い息遣い、そして女の叫ぶ声が聞こえた。

 グレイは目を開いた。


 〆〆〆

 

 リストレイン達は前日の夜、グレイと別れた後、この路地裏の住人一人と相対していた。


「いい武器を持っているな」

 鼻の曲がった男だった。その鼻の曲がった原因がグレイであることはリストレイン達は知らない。

「金も食い物も持ってねぇぞ」

 リストレインが言い慣れたようにそう言うと、腰に付けた何も入っていない巾着袋をひっくり返し、さらには中まだで捲って見せた。パンくずが砂に交じってパラパラと落ちる。

 鼻の曲がった男は愉悦の表情を変えることなく、話し続ける。

「あの、灰色の髪のガキに貰ったみてぇだな。……良い武器だ、お前らには不相応なほどな。でも、やっぱり、早々に捨てられたみてぇだな、その貴族のガキに」

「きぞく? グレイが?」

「そんな、お前たちに良い儲け話がある。あんな、どっかのお気楽な貴族様が書物で見た英雄の善意を気まぐれに真似にして、勝手に満足する偽善的なお恵みじゃなくてよ。継続的に儲けのある話だ。手伝えよ、冒険者のギルドカードも持ってるんだろ」

「イヤだね」

 レヴェルが声を言い返す。

「おいおい、ただお前が恵んでもらった物の良い使い道ってやつを教えてやるだけさ」

「それでもだ。お前らの話なんか信用できるか」

 リストレインが言う。

「なぁ、俺が優しいうちに黙って頷いとけば良いんだよ!」

 鼻の曲がった男の後方から数人の汚い男達が現れた。

 

「武器を持っただけで強くなったと勘違いすんなよ」

 手に馴染のない武器で構え、レヴェルは相対する長身の男との距離を近づく。リストレインは弓に矢をつがえて、周りを睥睨した。

 リストレインとレヴェルを笑う者、わざと手を上げて降参するふりをする者、そして逃げていく者を反応は様々だった。

「うつぞ」

 リストレインが微かに震えの含まれた声で警告した。リストレイン達は盗みが専門で殴り合いは専門ではなかった。けれども、数多くの殴り合いの経験はしていた。勝敗数はその小さな体躯をみれば聞くまでもないだろう。

 そんなリストレイン達でも、生き物を殺す事を目的とした武器を人間に向けた事はなかった。そのため矢を持つ指も声と同様に震えていた。

「おいおい、本気か? お前らギルドでカードを発行して貰ったばかりだというのに、早々に人殺しとは冒険者の風上にもおけねぇ奴だな」

 リストレインは男の声が少し固くなった事に気が付いた。

 レヴェルはガントレット打ち合わせ、自身を鼓舞する。そして駆け出し、拳を眼前の男の腹へと殴るべく力一杯拳を引き下げ、殴りつけた。

 ガントレットの甲から伸びた鋭い爪に貧相な布が、肉が、引き裂かれるはずだった。それは男の何気ない後退によって、その拳の力は行き場を失い、その結果、レヴェルの矮小な肉体を男の眼前へと差し出す事となった。

 当然そんな隙を男が見逃す訳もなく、間合いを詰められ、拳を振り下ろされた。

「レヴェルっ。この野郎!」

 リストレイが怒りに任せて矢を放つ。弓を初めて持つ人間の矢が狙い通りに当たるはずはなく、矢は後ろの酷く痩せた男の足先に刺さった。

 「いだっ。このガキ」

 リストレインは矢の行き先を見る間も無く、無我夢中で矢筒から矢を取り出し、弦を引き、放っていた。そのため、矢の刺さった男は前へ出られない。

 誰もがリストレインの放たれる矢に意識が割かれている間に、レヴェルは殴られた横っ面を抑えながら立ち上がり、男たちの元へ突っ込んだ。戦い方など知らない子供は癇癪で暴れ回る子供と同じように本能の赴くままにガントレットを我武者羅にふりまわして暴れた。指先の五指の鋭い爪に触れた布は、僅かな抵抗を持って切り裂かれるほどの鋭さだった。囲っていた男たちの警戒度が上がり、さらに距離を取る。


 ヒュン、と自身の顔の横を通る矢の音に気付き、少し冷静さを取り戻したレヴェルは目の前の男に身体ごと突っ込む。五指、拡げられた爪が男の服を捉え傷をつけるが、その肉体に傷をつけることは出来なかった。

 レヴェルもすぐに後ろに下がり、リストレインに忠告の言葉を口にする。

「ちゃんと狙って撃て! あぶねぇ。こっちに撃つなよ。おっ」

 矢が太腿に刺さって蹲る男に喜々として殴る。呻き声の上がる。

 男たち武器を振り回すただの子供に傷を付けられたらたまらないとばかりに一人、一人と周りから減っていく。

 この薄汚れた裏路地の住人によっては、たった一閃の傷は不衛生な環境、痩せさらばえて回復能力の衰えた肉体には、容易く命を奪う死神の鎌によって作られる傷と同等の代物になる危険があった。命を賭けるうまみがあれば話は別だが、あるのは、ただの貴族に貰ったらしき新品の武器と先頭に立つ鼻の曲がった男への恩ぐらいのものだ。

「っ、あれ。もう矢がねぇ」

 リストレインは矢が無くなったことに気付いた時、やっと自身と相対している人数が減り、鼻の曲がった男と数人の男たち、そして倒れた人が数人。それだけしか残っていないことに気付いたのであった。

 矢と矢筒を地面にゆっくりと置き、腰に垂らした槍を持ち、構えた。

 リストレインの気分は高揚し始めた、その事は自身でも理解をしていた。けれどその認識はいささか甘かった事を理解したのは、自身が思い切り殴られ飛ばされた後だろう。

「リスト、大丈夫か! てめぇ」

 駆け、槍を横一線に振りし攻撃を仕掛けたリストレインと男の距離はリストレインの想像していた距離より遠く、そして想像以上に振った槍の穂先が重くたたらを踏んでしまった、そんな所を一撃で殴られた。


 気付けば、暗い空をリストレインは見上げていた。

 星が瞬く空は、遠く、そして広く、自由だと思った。自由になりたかった、この腐った場所から二人で逃げ出したかった。自分たちを閉じ込めている壁が憎かった。だけれど、力もお金もない自分たちは、外の世界出たって、魔物のエサになって終わりだとそう周りから教わった。見もしない魔物に恐怖し、睨んだ壁に感謝した。そこにグレイという一筋の光が希望がやってきた。

「じゃま、すんじゃねぇ」

 やっと見えてきた自由の可能性。何度も恨んだ自身の弱い肉体に、魔力という可能性。気絶するほど巡った魔力の感覚を思い出そうと、目を瞑る。

 目の前の細い男を倒せなければ。ここで負けたら自分は壁から外の世界へは出られないのではないか、という思いに駆られる。


 レヴェルは怒り、何度も拳を振るうが、矢による援護のないただの適当な攻撃など当たる事なく、いつの間にか男が手にしていた廃材によって掬いあげるように薙ぎ払われた。

「調子に乗るんじゃねぇよ」

 飛ばされたレヴェルが見たのは、立ち上がるリストレインの何事かを呟く姿。

「目が点滅する、心臓が痛くなる、身体が燃えるように熱くなる。……魔力、魔力」

「おい、リスト。あたまがおかしくなったのか?」

 レヴェルの声すら聞こえていない様子でただ佇んでいる。

「今からでも遅くねぇ。俺の儲け話を手伝うってんなら、これ以上は痛めつけねぇ」

 動かなくなった二人をみとめた男は、もう一度交渉を始めた。その男の言葉に後ろにい男が声をあげる。

「おい、それはねぇだろ。俺はあいつらに──」

「うるせぇ! 黙ってろ。さぁ、どうだ」

 それを遮ぎった男は、曲がった鼻を元に戻そうと、ゆっくりと押す。痛みに顔を顰めながら、片鼻を抑え、フンっと鼻から血を吐き出した。

「お前たち勘違いしているんじゃないか。俺はお前たちの武器が欲しい訳じゃねぇ、欲しいのは冒険者ギルドのカードを使用できるお前たちだ! まぁ、そのカードをくれるってんだってんなら貰うけどな」

「まりょく。魔力」

 レヴェルが声を掛けるが、一向に返事はない。リストレインは亡者のような足どりで男に近づいていく。

「なんだ、やっと理解してくれたか。お前は賢いな」

 歓迎だとばかりに腕を拡げる男にむかい、引きずっていた槍を振るった。攻撃はその身体から想像の付かない威力を持って男の腕を粉砕、するわけもなく。ただ膂力の込められた槍の柄が男に当たっただけであった。

「っ……優しくしてやるのはここまでだ。ガキが」

 リストレインはそのまま殴られ、倒れる間もなく更に殴られた。そこへ声を張り上げたレヴェルも走るが、そのリストレインとの間に男達が遮るように立ちはだかった。

 そこからは乱闘というには一方的な戦いが始まった。

 リストレイン達は我武者羅に武器を振り、殴り。殴られ、蹴られ、そして殴った。

 何分経っただろうか、リストレインにもレヴェルにも判然としなかった。悠久にも思える時の、終止符は突然やってきた。「あそこが五月蠅いからどっかにやってくれ」

 男の迷惑そうな声であった。


 表の通りの声が聞こえ、男どもが慌てて暗い道へと走って行く。巡回している騎士を呼ばれたのだ。

 

 よろよろと敵影を追いかけようとしているレヴェルに声を掛け、リストレインも別の路地へと歩いていった。


 いくつもの角を曲がったその路地で、倒れるように壁に背を預け、座った。

 興奮冷めやらぬ二人は、血の味のする開きにくい口を無理やり開き、会話をする。

「リスト、最後のなんだよ」

 笑い含まれた言葉にリストレインはすぐさま、ピンと来て恥ずかしそうに答える。

「るせぇよ、後少しで使えそうだったんだよ。レヴェルは、使おうともしてなかったくせによ」

「俺は、魔力なくてもあんな奴ら、簡単に倒しちまうからわざとだ、わざと」

「ウソつけ」

「ウソじゃねぇよ、魔力使おうと思えば、今だって使えるわ」

「じゃあ、やってよろよ」

「……今は身体が痛てぇから無理だ」

「出来ねぇじゃねぇかよ」

 どうしようもない会話の応酬は暫く続き。滾っていたアドレナリンはいつもの屋根のない家での日常に溶かされ、正常化していく。

 痛みの主張が激しくなり、次第に口数が減っていく二人。そして訪れる静寂。

 

「何も、取られなかったな」とレヴェル。

「うん」と短く返す、リストレイン。

「俺たち、負けてねぇよな。これからは、もう、奪われねぇよな」

「そうかもな」

「もう、……逃げなくて良いんだよな。……隠れなくて良いんだよな」

「ああ」

 レヴェルは泣いていた。リストレインもいつの間にか泣いていた。

 こぼれぬようにと見上げた空に流れ星がキラリと光る。リストレイン達の代わりに泣くよと言わんばかりにキラキラと流れて行った。

 その夜の流星はたった一度しか流れなかった事をリストレイン達は知らない。

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