チビと竜走鳥
ギルドは騒がしかった。ギルドの職員はギルド内をせわしなく歩き周り。
冒険者たちは椅子にどっかりと座りこみ、一見落ち着いているようにみえるが、その瞳は周りの冒険者の一挙一動を見逃さぬように眼球はぎょろりと動かして、雑音に紛れた金に等しい情報を聞き漏らさぬように耳を動かし、自らの何気なく発する言葉に有益な情報が漏れぬようにと口を引き締めていた。
いつもはそれほどではないロビーから溢れた人がギルド内の酒屋の方にも座っている。ただ、酒を飲んでいる人はいないようだ。
グレイが入った瞬間、静寂になり視線が集まった。けれど、グレイの姿をみとめると興味を失ったように音が戻る。
「この雰囲気はなんだ? なんかあるのか?」
いつものように受付に座っていたライリーに向かったグレイが話かけると、書き込んでいた書類から顔を上げ応対してくれた。
「今朝、ゴブリンが大量にいるという報告が入りまして、今確認の冒険者が戻ってくるのを皆さん待っているんですよ。報酬はまだ決まってませんが受けますか?」
「いや、いいや」
グレイは周りに見えないように余っていたゴブリンの魔石を取り出し、換金をお願いした。
「いつの間にゴブリン退治に行かれたんですか、大丈夫でしたか?」
「いや、行ってねぇ。前の残りだ」
「そうですか、良かったです。では、こちらの換金には少し時間がかかりますので、酒屋の方……は空いてなさそうですね。申し訳ないですが二階の資料室か、他で時間を潰してからまた来てください」
グレイが時間を潰すために何かないかと辺りを見渡した。フードを被った冒険者達は皆席に座っており、空いている席はなく。グレイはふと目に留まった依頼書の張り出されたボードの前で時間を潰すことにした。
シルバーズから聞いたことのある名前の魔物の討伐依頼や、植物の採取の依頼など。街の外のことは全てのことは冒険者に頼んでいるといった様子だった。
「ドラゴンの討伐依頼とかねぇかなぁ。あれ、うめぇんだよな」
想像するだけで多量に分泌される唾液。チビも同意をするようにグレイの胸元を濡らした。……。
「うわっ、きたねぇぞチビ」
グレイが苦言を呈すと、チビは申し訳なさげに鳴いた。グレイが自身の服で胸元を拭う。
二人の男の話し声がグレイの耳に入った。
──今日はいい日だな。最低ランクのゴブリンが大量発生してるって、銅貨が足生やして拾ってくださいって言っているようなもんだろ。俺丁度、武器を新調してて金欠だったら助かるわ。
男は取らぬゴブリンの皮算用のようにもうすでに気分がよくなっている様子。 声量は抑えられていたが声音は如実に男の気持ちを反映させていた。
そうは言っても、どこに大量発生しているかわからないんだろ。
それがよ。俺もうその情報手に入れてるんだ。
なっ、どうしてお前が!?
おい大きな声を出すな馬鹿。
ああ、ごめん。それでその場所って
初心者の狩場のあの場所あるだろ。あの竜血山の近くにあるの山。あそこだよ、あそこ。
お、それなら俺場所知ってるよ。行こうぜ
まぁ待てよ。まだゴブリン一匹の報奨金の金額が発表されてないだろ。それにこの情報が嘘だったら、俺たちだけ目的地に遅れちまうだろ。
それも、そうか。
それにこの前、きな臭いうわさがあっただろ。
知ってる、あれだろ。竜血山の方から新種の魔物の鳴き声を聞いたって話だろ。
そうそう。それがめちゃくちゃ強いって噂だ。だからあの付近に行くときは気をつけろよ。
グレイは男二人の会話を聞いて浮かんできた。草花の咲き誇る草原の中から落ちている銅貨、その銅貨からにょきにょきと地を駆ける逞しい足が生え、ジャンプして自立すると、スキップでもするような軽い足取りで『拾ってください』と口々に話しながらグレイの魔法巾着に飛び込んでくる、そんな情景がグレイから離れずグレイは一人で笑った。
男たちの会話はその後も続いた。男たちは新人冒険者がその場所に向かっていた、と悔しがっていたり。金が入ったら何に使うかなど話あっていた。
ライリーに呼ばれ、グレイはお金を受け取ったついでに竜走鳥の借りる場所を訊ねた。
「竜走鳥、四年。ああ、前に言っていた用事というのは王都にある学園に通うことだったんですね」
どうですか? とグレイの返事を待っているライリーにグレイは素直に驚いた表情を浮かべた。すると、自慢げ鼻を鳴らし「まぁ、王都には何度も行ったことがありますからね」と当てたことが嬉しそうだった。
「いいんですか?」
と、声の調子を一変として落として言った。グレイは何のことかわからなったため「なにが?」と聞き返す。
「昨日の来た、あの兄弟のことですよ。二人をほっといて王都の方へ行ってしまって」
「いいんだよ。俺が誘ってやったのにあいつらが断ったんだよ」
グレイがあまりにも拗ねたように言うのでライリーは微笑まし気にグレイを眺め、それならしょうが無いですね。と話しを終わらせた。
話している間ずっと描いていた簡易的な地図を受け取り、グレイは礼を言ってその場から離れようと歩くとライリーに止められた。
「なんだよ、礼はちゃんと言ったぜ」
「礼を言うのは当たり前です。あのスラムの兄弟のことについてですよ。あの二人、グレイさんのこと慕ってますよ、どうやってたぶらかしたんですか? 冗談ですよ。私が口だすようなことではないとは思いますが、学園には長期休暇などあるでしょう、その休暇を使ってあの二人を見に来て下さいね。2人、喜ぶと思いますよ」
まさかそんなことを言われると思わなかったグレイは唖然とした表情を浮かべて、曖昧に頷く。
「気が向いたらな」とグレイはその場を離れた。
〆〆〆
地図に描かれた通りに歩いて行くと、それは西門のすぐ近く、ギルドよりも幅の広い建物だった。中に入ると髭を蓄えた恰幅の良いおじさんがその大きな腹から出た声でグレイを迎えた。
「いらっしゃい、竜走鳥貸出所コロン西店へ。何日、借りる?」
グレイはシルバーズから聞いた文言を思い出し、そのまま話す。
「えー、と。王都まで、途中の町で竜走鳥を入れ替えで、支払いは金貨一枚」
おじさんは、失礼。と一言申してから金貨をしげしげと眺めて指で弾き、引き出しから出した金貨でも打ち鳴らし、それが本物であることを確認した。それからグレイをチラリとみてから、ニコリと笑顔を浮かべる。
「じゃ、目的地は王都、途中竜走鳥の入れ替え。金貨一枚で承知した。こっちへ」
おじさんの後を付いて行くと、ずらりと竜走鳥の並ぶ部屋へと入った。部屋であるが、奥の壁は開閉式で、今現在は空いているため遠くの柵まで見えていた。
「町の外にある柵の中にも竜走鳥がいるが、ここにも元気な奴はいる自由に選んで良いぞ」
グレイは返事をしてから一番近くの竜走鳥に近づいた。近づいたグレイを興味深そうに鋭い切れ長の目に浮かぶ黄金色の瞳をぎょろりと動かし見返している。黒く光沢のある鱗を纏い、目じりから申し訳程度に生やされた羽毛も黒い。前肢は短く鋭い爪が生え、後肢は筋肉が鱗を弾き飛ばしそうなほど盛り上がり、足の爪は地を抉るように鋭角で、矮小な生き物なら易々と貫きそうなほど鋭かった。
「よし、こいつに決めた」
グレイは直感でそう決断すると、直ぐおじさんを呼ぼうとした。瞬間、竜走鳥の唸り声が竜車に響いた。おじさんは驚き、慌てて竜走鳥の元へ駆け寄って来た。そしてどうにかなだめようと試行錯誤していた。グレイは襲ってこないことがわかると柄に触れていた手を下ろした。
「おかしいな。いつものこいつらは人間に対して牙をむくような事はしないんだけどな。済まないが原因がわかるまで、ちょっと他の竜走鳥を見ててくれ」
不思議そうに首を傾げるおじさんは、竜走鳥を撫でて宥めつつ首だけ振り返りグレイに言った。
グレイは「なんだよ、この竜走鳥」と言い、他の竜走鳥を見に行った。そしてまたも何故か威嚇をされた。グレイが睨みつけるとさらに大きな声をあげる。
「おい、ここは本当に騎乗できる竜走鳥がいるのかよ。戦闘用の竜じゃねぇのか」
「おきゃくさん、うちの竜走鳥は獰猛な見た目で勘違いされるけど、臆病なもんが多いんだ。そっちでなんか竜を興奮させるもんでも持ってんじゃないか?」
「俺はそんなもん持って──っ」
チビ。グレイは腹の上にいる生き物がワイパーンである事を思い出して言葉を詰まらせる。
「──何か思い出した顔をして、やっぱりそっちが原因か。おきゃくさん、その原因とやらを解消してうちから借りるか、そのまま帰るか選んでくれ」
「そんな事言われてもよ、俺はこの竜走鳥で王都に向かえって言われてるんだよ」
ため息混じりにそう言われ、グレイは食い下がる。
「もちろん、辞めるなら金は返す。決断は早くしてくれよ。竜走鳥が興奮しすぎて疲れちまうからよ。疲れた竜走鳥を貸し出しちまったら、文句が入ってうちの店の評判が悪くなちまう。そうなっちまったら商売あがったりだ」
「どうすれば良いんだよ、クソッ」
グレイは悪態をつきながら歩いていた。あの後、さらに4店舗回ったが全てが惨敗に終わった。原因のチビは腹にしがみつ気持ちよさそうに眠っているせいでグレイの苛立ちはもう限界に近かった。
「ああ、イライラする」
〆〆〆
時は少し遡り、当日朝早く。朝日が昇る前に動き始めた少女が居た。
「みんな、まだ寝てますね。起こさないようにしないと」
死屍累々の戦場のような酔っ払いたちの間をスキップをするようにすり抜けていく少女。少女は木の板と大きな肩掛けバックと鞘に入った剣といった一見不思議な格好をしていた。
「さっそくお出かけかい?」
カウンターに俯き寝ていた母親は気だるげに顔を上げて少女に声を掛けた。
「うん。昨日お父さんとグレイ君に許可貰ったから」
少女は剣を抱きしめて、はにかみながらそう言った。2人とも酔っぱらってて覚えていないと思うけど。と小さな声で言い訳のように呟く。
「どこに、いつ帰る予定か言いな。少しでも帰ってくるのが遅かったら、ギルドに救助の依頼を出すからね」
「剣のベルトを買ってからカラカラ山にあるシャシンショの洞窟に行ってきます。日が暮れるまでには帰ります」
「……わかった」
「心配しないでお母さん。あの場所は冒険者になりたての人が行くってお客さんから聞いたことがあるし、それに、私グレイさんに鍛えて貰ったから。一週間しかなかったけど、だからといって増長とかしたらダメなんだけど、戦いかたは学んだから。大丈夫」
握りこぶしを作り、やる気十分とボディーランゲージで表す少女を見る母親の目はそれでも鋭かった。
互いに沈黙する中、聞こえるのは酒におぼれた中年達のいびきと寝言だけ。
「じゃあ、行ってきます」
「……待ちな」
決意を込めた言葉が母親から止められた。残った酒気を吐ききるように思い切り息を吐き、立ち上がった母親は奥の部屋へと入って行った。そして、戻ってきたときには短剣が握られtいた。
「これは?」
「私が昔使っていたものさ」
「お母さんが?」
「そうさ、私も外の世界に憧れてね」
母親は珍しく気恥ずかしそうな表情を浮かべる。少女は母親のそんな表情が珍しく目を丸くさせた。
「それに、そんな大きな剣じゃ、近づかれた時に小回り聞かないだろ。これで、喉でも目玉でも、脳天でもぶっ刺してやりな。なにかあった時最後まで生きる事を諦めるんじゃないよ」
「うん!」
少女は力強く頷いた。
〆〆〆
ウエスタンドアが乱暴に開かれ、男が息せき切って入って来た。
「ゴブリンの住処がわかった」