胡乱な瞳
「大丈夫か? 騎士は居ねぇか?」
人々の往来する大通りに繋がる路地からローブの被った者、グレイが頭一つ分だけ出し、きょろきょろと辺りを見渡していた。誰かを探しているというよりは誰かを警戒しているといった様子であった。
「大丈夫だ、こっちには居ねぇ」
ひょこっとローブの男の頭の一つ下から顔を出した灰茶色をした髪色をした少年、リストレインが応答する。
「誰も気付かねぇだろ。フード被ってんだから」
少し冷めたことの言う灰茶色をした少年リストレインより少し幼い顔立ちをし、同じ髪色をした少年レヴェルが冷めたことを言う割にはしっかりとローブの男、グレイの頭二つ下から顔を出して応答する。
二人は服を着替える時に、スミスに渡された濡れた布で身体中を拭いたため、小綺麗になっていた。
「よし、行くか」
グレイは目視での確認が終わると、先ほどまで警戒していたとは思えないほど軽い足取りで大通りを歩き始めた。もっと警戒して、ゆっくりと進んで行くと思っていたリストレインとレヴェルは泡を食うこととなり、慌ててグレイの後を追いかけ、小声で話しかけた。
「何やってるんだよ。騎士を警戒してるんじゃないのかよ。こんなに堂々と歩いてたらバレちゃうだろ」
「なに言ってんだよ。警戒してるからこそ、堂々とあるくんだろ。こんな人が多くいる中で、こそこそと歩いていたら、それこそ目立ってしょうがねぇだろ」
グレイに小声で言い返された意外に正論な意見にリストレインとレヴェルは感嘆し、自分らも堂々と歩こうと意識をすることにした。しかし、そう意識し始めると、先ほどまではすこし辺りを警戒しながらであったが、普通に歩けていたのにも関わらず、途端に子供ながらの幼さ残した大きな瞳だけをきょろきょろと動かし、胸を大きく張り、堂々とというよりも威張っている王様が城下を闊歩しているかのようになってしまった。
しかし、幸か不幸か。冒険者ギルドからほど近い路地から向かっていたことと彼ら2人がグレイの斜め後ろを歩いていたことで、グレイがそれを見て、注意をすることはなかった。もちろん、そんな変な歩きをしている少年二人が目に入り、容易にそれから目を離す人の方が少ないわけで、結局短い距離ではあったが、彼ら三人組は目立っていた。
そうとは知らないグレイは冒険者ギルドの門を開いた。それに二人は続いた。初めて入ったギルド、足を止め、ギルドの中を見渡した。
人はグレイが朝訪れた時よりも人数が多かった。そして、相変わらずアルコールの匂いが強いが、今は昼時を過ぎた時間になっているため、肉や香辛料の匂いが強く混じっていた。
「行くぞ」
グレイは朝よりも多い人の列の中で、一番人の少ない列に並んだ。それを見て、慌てて二人も同じ所に並んだ。
二人は緊張していた。それでいて興奮もしていた。
列はゆっくりと進んで行く。リストレインは待ちきれないとばかりに身体を曲げ、列の先を見る。スミスによって変えられた同じ型の少し小さな槍と弓と矢筒が一緒に動いた。矢が思いのほか、高価であったため五本しか入っていない。
レヴェルは集まる視線を警戒しながら、リストレインとは反対側に身体を曲げ、列の先を見た。
レヴェルにももちろんスミスによって変えられたレヴェルサイズのガントレットが腰に左右分かれて付けられていた。両手をポケットに入れるように下ろすと左右に分かれたガントレットの口に丁度手が入るといった具合に付けられている。
「おい、あれって」
「おい辞めろって、関わるな」
グレイ達の方を見て、誰かが発した。
リストレインとレヴェルは自分たちを言われたと思ったが、気にする素振りをしなかった。もう、何度も似たようなことがあったからだ。反応した方が負けであると分かっているからでもあった。
うってかわって、グレイにとってその反応はとても気分の良いものであった。朝に変な絡まれかたをしたばかりであったから、絡みに来ないだけで、気分は上々である。
発した者が誰を指していたのかは、わからないが三者とも自分たちのことだと認識していた。
グレイだけが気分を良くし、列はまた進んだ。
少しずつ近づくごとに受付の人が誰だか判然としてくる。それは営業スマイルを張り付けた女性ライリーだった。意図して選んだ訳ではないが奇しくも、またライリーの列に並んでいることに気が付いたグレイは、ふと思ったことが口に出た。
「他より空いてていいな」
すると、列の進むスピードが速くなり。あれよあれよという間に一番前となった。
「私は仕事が速いから、列が空いているんですよ」
ライリーはグレイの声が聞こえていたらしく、営業スマイルで答えた。グレイはそれを聞くと納得したように、間延びした返事をした。するとライリーはふっと柔らかな笑顔に変わった。
「それでグレイさん。今日、朝来たばかりだけどどうしたの。もしかして、もう依頼でもこなしてきたの?」
依頼という言葉にリストレインは尊敬のまなざしを向ける。もちろん、グレイは依頼などこなしていない。すぐにそれを否定した。
「いや、ちげぇ。こいつらの冒険者登録をしたくてよ」
ライリーはグレイの両端にいる二人を見やるといつものように微笑みを向けた。2人は照れたように頬を朱色に染め、顔を背けた。
ライリーは机の引き出しから数十枚の紙を取り出し、パラパラと素早く見ながらリストレイン達2人を見た。その途中、手が止まった。
「一応聞きますが、犯罪歴はありますか」
リストレインとレヴェルは固まった。ドキリとした。
別に鋭い目つきをしている筈ではないのだが、その細く切れ長な目に見据えられた時、蛇に睨まれた蛙のような恐怖感が2人を襲った。
そのパラパラと捲られて紙の中には、仲良くないが見知った顔があった。それが偶然見えてたことで、その紙に描かれた顔が、何を意味して指しているのか、リストレインもレヴェルもわかった。だから、その紙が止まったという事の意味も理解出来てしまった。
止まった所に自分らの顔が描かれていたかどうかは、見ること出来なかったが、多分、絵が描かれているだろうとリストレインとレヴェルはそう思った。
リストレインには時間が止まったような、ゆっくりと進んでいるような、そんな錯覚すら覚えた。
盗みもしたことがある。ケンカを暴行だというのならば、それだってやっていた。でも、しょうがないだろ。こうでもしなきゃ、生きていけねぇんだから。だって、だから、しょうがないだろ。
言い訳がましい、言葉が脳裏を駆け巡る。
「俺は……」
ライリーの瞳を力強く見返す。
生きるためにしていたことが、これからを生きやすくするための道を塞ぐってどういうことだよ。これは、別に言い訳じゃねぇだろ。じゃあ、どうすりゃ、良かったんだよ。どうやって、生きれば良かったんだよ。やっぱ、冒険者になるなんて無理なのかよ。
思考が巡るごとに諦念が色濃く、脳内を支配する。
だったら俺だけが罪を被って、俺が一人でやっていた。とか言えば、レヴェルだけでも冒険者になれるだろう。
「──っ」
そう考えていたリストレインが、俺が、と言おうとした時。先にレヴェルが何かを言おうとして口を噤んだ。そのため、リストレンも口を噤んだ。
「犯罪歴はありますか?」
胡乱げな視線が二人に向き、再び問われた。