動く硬貨と飯
少年の話した内容は、豪遊でも、暴食していたとかでも、新しい靴を買ったなどでもなかった。
それはあの夜、酔っ払ったグレイから巾着を奪った少年──リストレインは盗みの成果で食事を買いに行向かった。丁度、その日は賑やかであったため、拒否をされることなく、どさくさに紛れ食事を購入することができた。
問題が起こったのは、その後、自分の家に帰る道でのことだった。裏路地に家に向かっていた、手には購入した食べ物を持っていた。なので、それは肉や野菜の焼けた匂いをその腐った臭いのなかまき散らしていたことが大きな要因であったが。案の定、眼を付けられた。
いつもならば、逃げ出すことで事なきを得ていたのだが、今回ばかりは相手がいつも以上に本気であった。それは、脂の香りが人をおかしくさせたのか、懐の盛り上がった金貨の輝きを想像しておかしくさせたのか、それともここの住人は最初からおかしかったのだろうか。
そのほとんどすべてを奪われた。残ったのは、巾着からこぼれ落ちた大銀貨一枚だけであった。
大銀貨だけでも大金である。少年は悔しながらも、喜んだ。
その残っていた大銀貨でご飯を食べることに使い、過ごしていたという話であった。今回騎士に目を付けられたのは、最後のお金をつかい、ご飯を受け取るタイミングであった。結局ご飯は受け取れず、そのまま裏路地まで引き釣り込まれ、グレイに発見されるに至ったというものであった。
「だから、もうねぇんだよ」
「話はわかった。しかし不用心だなおめぇは、飯が一人で歩いて来たら襲われるのは分かってんだろ」
「それは……」
リストレインは口を閉ざした。リストレインはグレイを未だ警戒しているようで、言い訳を言うか本当のことを話すのか、思案し言葉を探しているようであった。
「言いたくなかったら、言わなくてぇいい、別に特に聞きたかったわけじゃねぇしな」
今日出会ってすぐのグレイにすべてを話すほどリストレインはグレイを信用しているわけでもない、むしろ、話し出したらそれはそれで警戒度のなさで心配になるレベルである。
「じゃ、おめぇが起きたし、俺帰るわ」
リストレインから奪った巾着を腰に付けた。
「……ほんとに信じんのかよ」
リストレインはグレイのすんなりと理解する姿に驚き、思わずといったように聞いた。
「なんだよ、嘘ついてんのか?」
大きく首を振って否定する。
「だって、そうだろ。俺は嘘ついてねぇけど、ついてるかもとか思わなかったのかよ。それに、こんなこと言ったらおかしいけどよ、お金を返さなくてもいいのかよ」
グレイは呆れたように、溜息を吐いた。
「おめぇ、そんな性格でよくやってけるな。別にここじゃあ、盗まれた方がわりぃだろ。酔っぱらっていたとはいえ、盗まれたことには憤りをすこし覚えるけどな。それに、てめぇは自分の生活の方が大変だってのに、俺に返す金まで集められんのかよ、金貨も入ってたんだぜ、金貨」
「き、金貨!! お、俺知らねぇ! そんなの見たこともねぇよ」
リストレインは目を見開き、手を振って否定をする。
「な、無理だろ」
「そ、それでも、おめぇは良い奴みてぇだから返してぇ。……だから、いつになるかわからねぇけど返す、ぜってぇ返してやる」
今度はグレイが目を丸くして驚いた。
瞬きをし終わると、心の奥底からこらえきれないとばかりに笑った。
「何がおかしいんだよ」
それに噛みつくリストレイン。グレイは目じりに浮かべた涙を拭い答えた。
「いや、わりぃな。まさか、良い奴みてぇだから返すなんて言うと思わなくてな。おめぇ、つくづく損な性格をしてんじゃねぇか」
「それは、だって、おめぇは他のやつとはちげぇじゃねぇかよ。おめえから金を盗んだ俺を騎士から助けてくれたみたいだし、何も奪おうとしねぇし、殴ってこねぇし、平手打ちは……されたけど、そこまで痛くなかったし、俺をしっかりと見て話してくれるし。すべてが他の奴らと違うから……」
「そりゃ、おめぇ。お前は俺と同じだからだ」
「同じ?」
グレイの言葉にリストレインは怪訝そうな目線を送った。
「そうだ、俺はおめぇと同じスラムの出身だ。ここじゃなくて、王都のだがな。だから、そんなことはあたりめぇだ。むかついたりしたら、殴るけどな」
「う、嘘だ。スラム出身だったら、そんなに強いはずがねぇ。おめぇ、俺よりもちょっと年上くらいだろ?」
「おめぇが俺より下なのはわかるが、ここで年がはっきり分かってる奴なんて少ないだろ?」
「そうなんだけどよ、納得いかねぇ。どっかの貴族出身じゃねぇのか?」
「んなわけねぇよ。おめぇぐらいの時には流石に大人の一人や二人位なら倒せたぜ」
「ほんとか?」
「本当だ。すげぇだろ」
「ああ、すげぇ。どうしたら、そんなに強くなるんだ?」
「それは身体を鍛えること、飯を沢山食うこと、魔力を操ることだ」
「なんだよ。金がねぇと出来ねぇことばかりいって、もっと簡単なことねぇのかよ」
口をとがらせ、いじけたように言う。
「無ぇ、が、この中だと魔力操作だな。魔力を感知させる方法があってな、人にやるのなんてメアリーが初めてだったんだがな、これが意外と上手く出来てな」
自慢げに話すグレイ。
「魔力、操作? なんだよそれ。それやってくれたら強くなるのか? どうやってやるんだ? 一人で出来るのか?」
リストレインの食いつきが良く、グレイに詰め寄って訊ねた。グレイはリストレインの反応が芳しいことに気分を良くし鼻高々に続けた。
「俺が魔力を流して流された奴がその魔力を感知するかどうかを確認して、感知することが出来れば、魔法を使うことの出来る可能性があるって話だ」
「魔法!? 魔法が使えるのかよ。あの魔法が!! だったら俺にやってくれないか? お願いだ」
リストレインは眼を見開き輝かせ、興奮したようで鼻息を荒くさせていた。グレイはその尊敬ともとれる眼差しを猛暑に浴びる冷水に似た気持ちよさを感じていた。一度調子に乗った口のエンジンは止まらなかった。この問答を長く続けるためにもったいぶる態度で返した。
「どうしよっかな。ジジイになんか魔力を流すのはどうのこうのとか言ってたしな。けど魔力操作覚えると、魔法以外にも力を強くしたり、殴られても痛くなくしたりとかな。ほんとに色々な使い方が出来るんだよな。この中の一つでも覚えることが出来たら、騎士なんかが襲い掛かってきたところで10人だろうが100人だろうが怖くないね」
「そんなにか、すげぇ!!」
リストレインはそう言うと突然黙った。すると、リストレインは真剣な顔つきに変わり、グレイの反応を待っている顔を正面に見据えて、膝を折った。グレイは驚いていたがそんなことお構いなしに手を地面に付けた。建物の影でずっと冷やされ続けた砂は、先ほどまで興奮していたリストレインを落ち付かせるように熱を奪った。
「それを教えてくれっ」
もったいぶるために言った言葉であったが、シルバーズが何かを言っていたことは本当であり、その光景が脳裏を掠めたが、すぐに大したことではないと思い直し。
「まぁ、一人ぐらいいいだろ。いいぜ、やってやるよ」
リストレインは立ち上がり再度頭を下げて礼を言った。
グレイがリストレインの肩に手を置いた。
「……待った、待った。もうやるのか?」
リストレインはがグレイを止めた。
「なんだよ、怖気づいたか?」
グレイは小ばかにするように訊いた。
「ちげぇよ、……それって他のやつにもやって貰ってもいいか?」
リストレインはグレイを見上げ、悩んだ末、少しだけ申し訳なさそうに言う。
「それは、本当に大事な奴か?」
「ああ、俺の一番大事な奴だ。ちょっと来てくれ」
グレイは確認すると、リストレインは自信満々に笑って答えた。リストレインは歩き出し、グレイはそれを追った。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
今日は3日目ですね。
昨日は今までのPVの記録を超えまして、私は上がれ、もっと上がれ、ついでにブックマークよ増えろと念じて過ごしていました。大変嬉しかったです。
これからも『夏休み毎日更新ウィーク』と題して頑張って更新したいと思います。
応援のほどよろしくお願いします。