正しい正義感 変な正義感
少年が男に髪を掴まれて持ち上げられていた。その光景をグレイはただ黙って見ていた。脳裏には過去の光景がフラッシュバックして、グレイは動けずにいた。せわしなく動き始める鼓動、身体に酸素が足りず、重く、鈍くなり、呼吸の荒く音が大きくなる。
「──っ」
チビに背中を尾で叩かれ、グレイは気を取り直した。
「ありがとな、チビ。あいつは野犬じゃないし、俺は強い。あの時とは何もかも違う」
息を整え、走り出した。
助走をそのまま活かしての踏み込んだ左足を軸に振り上げた右足は男の横っ面をしっかりと捉えていた。
肉を叩く痛快な音が鳴った。
男は蹴りのぶつかった衝撃で意識を手放し、そのまま地面へと流され、それは鈍い音を生じさせた。
「これはどう見ても騎士が悪だよな。俺は騎士が嫌いだから最初っから騎士が悪だと思っていたけどな」
グレイは倒した騎士を見て、何かつっかえが取れたような何かが軽くなるような感覚を覚えた。
「だ、誰だよお前は。俺たちは騎士だぞ!」
男は腰に携えた剣に手に置いて、目の前のフードの少年の凶行に驚いているのか、虚勢を張っているように大きな声で訊ねた。
「騎士だからなんだよ、何があったのか教えろよ。なんでこいつを殴ってたんだ?」
グレイは地に伏した少年の前でしゃがみ、様子をうかがった。死んでいるかのように見えた少年にはまだ呼吸があった。頬は腫れていて、血が滲んでいるのか朱色に染まっていた。グレイは死んでいないことを確認すると立ち上がった。
「お前には関係のないことだろ!」
立ち上がるグレイにビビって身を固める。日頃、騎士に対して文句を言っている人間は見たことがあるが、自身が近づくと黙って視線を逸らす者ばかりで歯向かうものなど見たことがなかった、ましてや騎士に向かって蹴りを入れるものなどもってのほかだ。イレギュラーな事態、男の頭は困惑の色に染まっていた。
グレイのことをどこかの貴族様かとも思ったが、もし貴族ならば、騎士をを駒だと考えている人の方が多い、例に漏れずフードの男がその貴族なら名乗ってから凶行をするだろうと思えて、男はグレイの正体がわからずにいた。
「手荒な真似はしたくねぇんだよ、……手荒?」
グレイは言ってからはっとした。
「なぁ、これって手荒でも力を誇示するようなことでもねぇよな?」
グレイは滞在許可証の保証人がラミィから冒険者に変わったことに安心をして、シルバーズとも口約束していたことを完全に失念していたことに気付いた。
グレイは騎士の男に慌てて訊ねた。
「……て、手荒に決まってんだろ。こいつを見ろよ、お前のせいで目をひん剥いて伸びちまってるだろ」
突然の同意を求めるような質問に男は呆気にとられ、恐怖や困惑が薄くなった。男はグレイが貴族ではないということをなんとなく理解し、安心してグレイの同意を否定をした。
グレイは一瞬だけ悩むとすぐに満面の笑みに表情を変えて答えた。
「これって、騎士の理由にもよるよな。もし騎士の方が悪いなら俺は良いことをしたってことになって、このガキが悪いなら俺が悪いことをしたってことになって、手荒な行為になるんだよな」
「そう……だな」
「じゃあ、教えろよ。なんで殴ってたのかをよ。ふざけた理由だったら、俺がおめぇを殴るからな」
毅然と言い放つグレイに男は訝しげな視線を送った。
「さっきからどうしてこいつを庇うんだ? こいつはこの裏路地に住み着くような奴で、俺たち平民とは違うんだぞ」
「俺たちは平民か、可笑しな事だな」
グレイは都市に来てから何度も感じた平民と貧民との差に笑いが込み上げできた。どうやらこの騎士の男にとってはグレイは平民らしい。
「なんか俺、変なことでも言ったか?」
笑うのを辞めた。
「いや、何でもねぇ」
グレイは少年と自分も見比べた。少年の格好はボロボロで汚れた格好であり、グレイが身に纏う外套はシミ一つない綺麗なものであった。
「まぁ、いい。これを聞いたら君もいきなり俺たちに蹴りを入れたことを謝るだろう」
男はグレイのことを正義感の強すぎる変な奴として認識をした。そんな騎士の男はつらつらと理由を述べた。
こいつはな、ここらへんではよく知られている餓鬼なんだよ。そんな餓鬼だから俺たちはこいつを見かけたら警戒をするんだけどな、今日この餓鬼を見つけて、いつものようにこいつを見ていたら、こいつが見慣れねぇ袋を持っていたんだ。すぐに俺たちは違和感を覚えて、後を付けた。そしたらどうだ、こいつはそこから金を出して食い物を買ってやがったんだ。
俺たちはこいつらがそんな金を持っているわけがないということを知っているから、騎士としてこいつらに金の出所と今持っている金を吐かせるためにちょっと訊いていたんだよ。
「どうせ、誰かから盗んだ金だろうからな」
男はそう締めくくると、この行為は正当だろというようにグレイを見た。グレイからの謝罪をしばし待っていたが、グレイが口を開く気配がないため言葉をつづけた。
「どうだ、君も変な正義感で動くんじゃなくてさ、正しい正義感を持とうよ。騎士が平民を虐めてたように見えてそれを止めにきたのかもしれないが、違うってことが分かったんだし、今回はこいつを殴ったことを不問にしてやるからさ、どっかに行きな」
騎士の男はグレイが勘違いをして襲い掛かってきたと考え、それを正すと。下手に刺激をして殴られてはたまらないと考えさっそうにお帰りを願った。そのため、もう一人の騎士を伸ばしたことを不問にまでしてやった。
男はこれほどの好待遇をしてやったが、それでもどこかに行こうとしないグレイに対し男は一緒にうまい話しに乗りたいんだなと考え、しょうがないと溜息を付き、グレイにお金を分けてやることにした。
「わかった、分けてやるよ。このままこいつから金を絞って俺たち3人で分けるぞ。どうせ、こいつが金を持っていたって有効な活用方法なんて知らないんだから、それなら俺たちが使ってやった方が金も喜ぶってもんよ」
「なぁ、もしこいつの持っていた金が盗みを働かずに得た金だったら、お前らはどうしてたんだ?」
グレイは少年の方を見てふと持った疑問を解消でもするように男に尋ねた。
「そんな手段はねぇだろ、こいつらが金を得る手段なんて。……でも、本当にそんな手段が存在して、こいつらがその手段でお金を得たとしたら最高だよな。……だって」
男は一呼吸置いて答えた。
「それはつまり俺たちの小遣いが増えるってことだからな」
男はもしも話をするだけで、頬をだらしなく歪めていた。
「盗んだ金じゃないのにか? 騎士としてのお金を奪う理由が無くなっているけどそれはどうすんだよ」
グレイは少年を見続けたまま、さらに訊ねた。
そのため男にはグレイの表情はフードに隠れ、ひとかけらも見ることが出来なかった。もしグレイの表情が見えていたら、男はその口を噤んでいたことだろう。その血を抜かれるような冷たい眼差しをしたグレイを見ていたら。
しかし、その眼差しを見ることのなかった男のやたらと動く唇が重くなり、動かなくなることはなかった。そして男は悩む素振りも見せずに返答した。
「そりゃもちろん、理由を付けて|貰う〈・・・〉んだよ。こいつらに金はもったいない、君はそう思わないのか?」
至極当然の道理を説くように話す男は変なことを聞くなとばかりに笑って、グレイに同意を促した。
「わかった」
グレイはお同意ととも取れる返事をした。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
夏休みに入ったようですね。なので、これから1週間ぐらい毎日投稿したいと思っています。
楽しみにお待ちください。