ローブの少年
フードをローブに書き直しました。2021年6月26日
「丁度、伺おうと思っていました」
酒屋と受付との丁度中間地点でばたりと出会ったライリーはグレイにニコリと笑って声を掛けてきた。グレイは平時と変わらない返事をした。がライリーは何故かグレイの違和感に気付いたようで、「どうしましたか?」と訊ねてきた。
「先ほどまで、あちらの方が騒がしかったようだけど何かあったのかな?」
「なんだよ、何にもねぇよ」
グレイより少し高いそのすらりとした身体をいたずらをした子供をからかうようにわざとらしく曲げてグレイの顔を覗き込んだ。先ほどの微かに感じた暗い感情を見透かされそうで、グレイは近づく顔から逃れるように顔を逸らした。
「ま、言いたくないなら無理して聞かないわ。でも何か困ったことがあったら私に言ってね。すぐに問題を解決してあげるよ。私のこと、弱いと思っているの? これでも私、強いからね」
「俺の方が強ぇからな! お前こそ、何かに困ったら俺に言えよ。俺が解決してやるよ」
強いという言葉にグレイは条件反射並みに反応して言い返した。
「言いますね。もちろん言ったからには守って貰いますよ」
ライリーはグレイのその言葉を冗談半分として受け取って、冗談を返した。そして、この会話が本題で、これこそがついであるかのような感じで膨らんだ巾着を渡した。色を付けておいたからね。と笑って話す彼女はジャラジャラと音なる隙間もない巾着を揺らした。
グレイはその巾着を受け取り、すぐさまたまらずといった感じで中身を確認した。
「おお!」
思わず感嘆の声が漏れた。視界に映る金、銀、銅の輝き。鈍くグレイの姿が反射するほどだった。
自身が稼いだ初の大金の重さが、グレイの掌にずっしりとその存在を主張していた。
「気を付けてくださいね。冒険者登録をしてすぐにこんな大金を稼いだ人はそうそういないので、実力も測れない冒険者が絡んでくるかもしれません」
グレイはすぐさま巾着を抱きしめ、周りに睨みを利かせた。ライリーは小さく笑い、グレイに耳打ちをする。
「魔法鞄の使用はなさらないでくださいね。そちらの方が高価ですからね」
「わかった。気をつける」
グレイはライリーの忠告を素直に受け入れ、巾着を腰に付けた。ズシリとして巾着を付けているがグレイの気分が上がったおかげか、心なし体が軽くなったようにも思われた。
グレイはお金の使い道をもうすでに考えていた。足りなかったら再び『ワイバーンの泊まり木』で仕事をする気でいたが、その想像をはるかに超える金額がグレイの手にあった。王都へ行くお金を差し引いたところでお釣りが出る。グレイはライリーと別れてお金を使う、目的の場所へと向かおうと歩みを始めた。
丁度その時リューと男がギルド長との会話が終わり、帰ることろであった。二人は人だかりが目に入った。それに興味を持ったリューがその中に割って入って行くと驚くことに介抱されていたのは先ほどの不遜な冒険者であった。
「何があったのか」とリューが訪ねると周りの冒険者は口々に言った。今日冒険者登録をしに来たローブの少年がやりました、と。
それを聞くとリューは「これは今日来て正解であったな」と嬉しそうに笑い、視線を彷徨わせた。すぐに目的の人物である少年を発見できた。ローブの少年は丁度受付の女性と話を終えた様子で出口へと向かっていたところであった。
リューは早歩きで追いかけた。ローブの少年との距離はなかなか縮まらなかった。それはローブの少年はスキップでもしているかのように軽やかに歩いていたからであった。
「待て、待たぬか」
ローブの少年が扉を出ていってしまったところでリューはとうとう駆けだした。リューにとって今日、冒険者ギルドに来たのには理由があった。父親の命により、自分の従者を探しに来たのであった。
通常、辺境伯ほどの地位であれば下位の貴族の子爵や男爵などの同年代の子息を選ぶのだが、父親は平民であることを強く押していた。それは父親のリーファンの従者が今の執事であるグリアートが農民であったことに由来する。従者を平民にすることを反対する母親を押し切って、父親はリューに命じていたのだ。
リューは当初、領内にいる同年代の子を適当に見繕って父親に見せた、だが、リーファンはそれをよしとしなかった。「ちゃんと同意を得ていないだろ」とわざわ見繕った子供を連れて行きながら言った。リューは不思議に思った、平民などどれも同じで、その平民が貴族に従者になれることなど労せずして金鉱石を得たぐらいの幸福だろう、と思っていたからだった。リューは考え、力しか能のない冒険者ならば同意を得やすいだろうという考えに至った。せっかくの従者ならば、強くて見た目が良くて、同年代が良いと思い、冒険者ギルドまで足を運んだのであった。そして、今、その条件の2つに合う人物が近くにいたのだ。別にローブの少年である必要はないが決めるなら早めが良い。
「ちょっと待て、そこのローブ」
扉を開き、ローブの少年を呼び止めた。
グレイはすぐに先ほどのライリーの話を思い出した。
「なんだよ──って。めんどくせぇ」
振り返ったグレイは後ろにいたリューを認めると顔面をゆがませ、走って逃げた。
「め、めんどくさい、、、だと。この僕をみて」
想定外の言葉にリューは唖然とグレイを見送った。グレイの姿が見えなくなってしまってからやっと思考が戻り、顔を真っ赤にしてある男の名を叫んだ。
「シスイ! シスイ!」
「はい、どうなされましたか?」
扉をけ破る勢いで出てきたのは紺青の髪の男であった。彼は慌てた様子ではなく、その癇癪に慣れている様子でリューに訊ねた。
「ローブの男だ! ローブの男を見つけ出し僕の元に連れいてこい!」
リューは怒りを表すために地団駄をわざとらしく音を鳴らして踏む。シスイと呼ばれた男は「先ほどのですか?」と確認すると「当たり前だろ!」と火に油を注いでしまう行為だということを知っているため、何も言わずに了解しました。と返事をするだけであった。
「私は君の子守をするために騎士になったんじゃないんですけどね」
深い溜息と共にぼやく。彼は王都で第二騎士団に所属していた。そんな彼は今、このコロンを治めているリーファン・コロンの騎士を鍛えるために王都から派遣という体の良い言葉で左遷をされていた。実際、そのような業務は少なく、そのほとんどがリューの付き添いという子守であった。
「しかしⅮ+の冒険者を倒すほどの実力を持ったローブの少年ですか。しかも、今日が冒険者登録が初めてだったという話」
シスイは興味深げに人ごみに紛れて見えなくなった少年を思い返す。
「リュー坊ちゃん、明日までには見つけておきます」
「なぜだ、なぜ今追おうとしない」
「行ってもよろしいのでしょうか?」
シスイは周り見渡す、釣られるようにリューは周りを見た。自身の周りにはシスイ以外に人物はいない。それは、シスイがローブの少年を追いかければ自分が一人になってしまうことを示している。その事実に気付き、鼻を鳴らして明日までには連れてこいと言って、ギルドへと入って行った。ローブの少年よりも良い冒険者を見つけるために。
──お前こそ、何かに困ったら俺に言えよ。俺が解決してやるよ
「俺が解決してやるよ、か」
カウンターの内側、人足が止まった受付。他の受付の列も人がほとんどおらず時間にゆとり出来た、そのためライリーは先ほどのグレイの言葉を思い出していた。呟いた声は頭の中をゆっくりと反響する。
グレイの発したその言葉に昔の知った人物がちらついた。それだけで芋づる式に昔のことが思い返された。もう、随分と昔のことなのに色鮮やかで、温かみを帯びている。懐かしくて不思議と笑みがこぼれた。
「王都に行きたいな」
誰に言うでもなく、自分に言う訳でもない、自分でも言ったことに気付かない言葉は誰の耳にもはいらないよう空気が優しく包み込んだ。
「よし、誰も付いてきてねぇな」
何度も後ろを振り返り走っていたため付いてきていないことは分かっていたが、最終確認をするように声に出して辺りを見渡した。
人の往来は多く、グレイは人ごみに注視をするがあの貴族らしい少年は見当たらなかった。それを確認すると誰にも認識させる気のない小さな『武器屋』の看板の掲げた古ぼけた店へと入って行った。
相変わらず店の中は薄暗くカウンターの内側にも誰も立っていない。
「大銀貨を持ってきた」
と大きな声で奥へと呼びかけた。するとぬっとけだるそうな男が出てきた。
「なんだよ、本当に来たのかよ」
「ああ、来てやったぜ。これを買いにな」
グレイは前回から眼を付けていた刃先の細く、両刃の剣を掴んで見せた。
「無理だ」
「なんでだよ! まえ言ってたじゃねぇか。大銀貨一枚あったら買えるってよ」
「言ってない、俺が言ったのは大銀貨でも持ってきたら安い剣なら買えるって言っただけで、その剣が買えるとは言ってない」
グレイが吠えると男は面倒くさそうに言い返した。
「嘘ついたな、テメェ」
「俺は嘘をついてない、お金のない奴は帰った帰った」
それでもなお食い下がるグレイに掌を払い、奥へと戻ろうとしていた。
「おい待てよ、俺がお金がないなんて何時言ったんだ?」
グレイは男を呼び止め、パンパンに膨らんだ巾着を掲げて見せた。その声に振り向いた男もその尋常じゃないほど膨らんだ巾着を見て、そのけだるそうな瞳をやっと開いた。
「お前、なんでそんな大金を……はっ。お前やったのか?」
カウンターの内側から身を乗り出し、神妙な顔もちで訊ねた。グレイは二コリを笑って小さく頷いた。
「そうだ、魔石を換金してきた」
「この馬鹿野、ろ、う? かんきん? 監禁? 換金、換金か。……それは本当か?」
やってしまった過ちを叱って騎士に突き出そうと男は叱責しようとし声を出したが、グレイの発した言葉が男の理性に引っ掛かり、止まった。言葉の意味を脳でしっかり理解するが、どこか男は信じられず、疑念のこもった確認をする。
「ああ、本当だ。俺がコツコツためた魔石を換金したんだよ。なんだよ、信じられねぇのか?」
顔の皺を寄せ、視線を落とし顎を撫でる男はしばし悩んで低い唸り声を出すと、悩みをすべて吐き出すように息を勢いよく出した。
「嘘だという確証もねぇし、本当だという確証もねぇ。だったら、俺は何の聞かなかったことにする。お前は今日初めてきた客でお金を沢山持っていた。これでいい。それ以上何も言うな」
男は面倒ごとに関わる気はないと耳を大袈裟に塞ぎ、グレイにそう言った。グレイは納得いってなかったが、剣を売ってくれそうな雰囲気に変わったので渋々と頷いた。
男の提示した金額は金貨一枚であった。グレイは一度聞き返したが同じ金額が伝えられるだけであった。
「自分で言うのもなんだがな、この質でこの値段はどこに行ってもない破格の値段だぞ。これ」
「そっか、それはいい店を発見したな」
男は意外そうな顔をしてグレイを見た。
「なんだよ」
「いや、なんだ。お前なら突っかかって来るもんだと思っていたからな、じゃぁ、なんで安いんだよ、とか金貨一枚は安くねぇよ、とか」
「まぁ、確かに金貨一枚は安くねぇ。働いたから分かってる。けど、この剣の質が高いことも分かってる。最初は金額に驚いたが、よく考えたら金貨一枚でゴブリンを何万体も倒せて、命をも守れるのなら安いもんだろ」
「分かってるじゃねぇか」
男はグレイから金を受け取り、相好を崩したかと思うとまたすぐに店の奥へと入っていった。グレイは男が見えなくなってから魔法巾着に硬貨の入った袋と買ったばかりの剣を仕舞ってから店を出た。
大通りに面している道であり、そろそろ昼時とあってか人足が増えていた。それと比例するかのように騎士が居た。それらの騎士が先ほどのリューの手下のように見え、グレイは裏路地に入った。
すっと下がる気温に、ワントーン下がる視界。湿った空気が肌に、髪にくっつき、染み込み馴染んでいった。路地裏の雰囲気はどこも同じのようでグレイは懐かしさを覚えていた。
道端にいる浮浪者は剣呑な視線をグレイへと投げかけていた。グレイの実力を推し量っているようで、弱そうに見えればすぐさま襲い掛かって来るだろう簡単に想像が出来た。実際、グレイの実力を見誤った男が声を掛けてきた。
「おい、ここを通るなら通行料を払ってい──っ」
そういう相手には実力を見せた方が早いと知っているグレイは男の顔面に拳を打ち込んだ。
男は自身よりも実力のない相手だと思っていたため、対応できずにもろに拳を顔面に受け止めてしまった。その衝撃は身体ごと後ろへと押し、男はよろける。鼻に熱いものを感じ男はそれを拭うと粘っこい鮮血がぬぐったその手にとろりと付いていた。
男はグレイに恐怖を覚えていた。とうに強者との戦いを忘れた哀れな男はグレイに一撃を貰っただけで牙を容易く折られ、グレイの実力などわからないのに強者と思ってしまうほど戦意を失くしていた。実際、グレイはこの男よりも強いから、この男の二度目の判断は当たっている。一度目の判断時にこの判断が出来れば良かったものだが、もう遅かった。男は後悔をした。敵を実力を見誤ったと。
日頃自身よりも弱そうなものばかりに目を付けている男は自身よりも強い者と戦うのは久しぶりであった。体中の血の気が引くと鼻だけが身体から分離したよういやに熱く感じた。
しかし、グレイは男に追撃などしなかった。グレイはすぐに身を翻し後ろへと視線を向けていた。そこにはグレイは想定していたように立ち上がろうとしていた二人の男がいた。皆一様にグレイの動向をみて凍ったように動けなくなっていた。グレイはどこへ行っても変わらない手口にこみ上げてくる笑いを抑えた。
この二人の男の行為には理由があった、グレイが逃げ出そうとしたときに逃がさないようにすることだ。もし男がグレイを倒した場合、その戦利品を享受する理由付けになる、もし男が今回のように倒された場合、男たちはすぐに散らばればグレイにその姿を見られずに済む。しかし、グレイはその仕組みを知っていたため、男らを見つけることが出来た。襲い掛かってくることはないと思うがその後も関わってこないようにグレイはその人物らに睨みを利かせた。蜘蛛の子を散らすように去っていった男らに追撃もしない。
グレイにそれらを文句いう道理も立場もないからだ。グレイはさらに奥まった道へと歩みを進めた。
勝手のわからない道を思いのままに歩いていても目的地に勝手に着くわけもなく、グレイは何度目かの角を曲がった。どこに自信があるのかわからないがグレイは迷いも躊躇いもなく進んで行く。
「キュア?」
チビがローブの隙間から小さく顔を出すと、人のいないことを確認してグレイの首元へとよじ登り、フードの中に顔を出した。どこに向かっているのかと不思議そうな表情になるチビの喉元をグレイは撫でる。
「人が居たら隠れろよ」
目的地へも道筋が分かっているかのように歩くグレイはどんどん進んで行く。チビがローブから顔を出している通り辺りには浮浪者がおらず、人の呼吸すら響きそうな静けさであった。だからこそ、グレイは何かが何かにぶつかる衝撃音が聞こえてきた。
チビを奥へ軽く押しやり、音のなる方へ興味本位で向かった。近づいていくごとに音は鮮明になっていき、人の話している声も聞こえてきた。男の声は誰かに話しかけているようであった。それは和やかな会話のトーンではなく、人を押さえつけるような威圧的なトーンであった。
「どっかにまだあるんだろ、さっさと出せよ。出した方が身のためだぞ、なぁ、捕まりてぇのか? あっ、良いんだぞ、今から詰所にでも突き出すからよ。嫌だったら、分かってんだろ」
胸当てや膝当てなどの簡易的なプレートアーマーを装備した騎士の男が二人いてその中の一人が一人の少年をもてあそぶように話しかけていた。その少年はぐったりと倒れており、燻んだ茶色の頭髪を引っ張られ顔を持ち上げられ、しゃがんだ騎士の男と目線が合っていた。
「……もう、ないってんだろ」
少年は口に溜めた血の混じった唾液を男に吐き掛けた。男は少年を嬲っていた時のまま表情が止まった、すると、表情が死んだように上がっていた頬が下がり、頬についた唾をゆっくりと撫でて拭った。掌を眺めそれをしっかりと視認すると、騎士の男は無表情で少年を殴り始めた。
「おい、やりすぎだ。死んじまうぞ」
もう一人の騎士が止めに入り、やっと男が止まった。呼吸をするのも忘れて怒りのままに殴ったため、呼気が荒かった。少年はぐったりと地面に身を伏していた。このまま地面に溶けて消えていってしまいそうなほど、生命力がなかった。
呼気の荒かった騎士の男が呼吸が収まった時、突然男自身の視界が暗転していた。男は何が起こったのか分からずに意識を手放していた。
それをしっかりと見ていたもう一方の騎士の男も突然の出来事に動揺していた。それは突然現れたフードの少年が同僚の男に蹴りを決めたからであった。
「これはどう見ても騎士が悪だよな。俺は騎士が嫌いだから最初っから騎士が悪だと思っていたけどな」
フードから覗く瞳が男には命を弄び刈り取る魔物の瞳のように爛々と光って見えた。