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貴族の子は貴族

「では、説明に入りますね。っとその前に、こちらの資料ですが」


 と先ほど出した紙を取り出す。


「すべてに記入していただいたことは大変ありがたいんですが、こちらは、記入したくない情報があれば消していただいても構いませんが、どうしますか? 冒険者にとって自身の情報は仕事を行う上でのメリットデメリットになりますから、情報を秘匿になさる人は意外多いですよ」


「大丈夫だ。心配ねぇ、俺にはバレて困る情報なんてねぇからよ」


「そうですか、……師匠の欄をそのままでよろしいんですね。では説明に戻ります」


「一つ、冒険者同士のいざこざについては冒険者ギルドは関与しません。ですが、相手を殺してしまうと流石に然るべき対処がされます。

 一つ、冒険者ギルドではランクが存在します。F−から原則A+まで存在します。昇格条件については、ランクごとに違います。

 一つ、依頼の失敗、または放棄の場合はそれ相応の対処がされますので、無理のない範囲の依頼を受けること。ほかに細かいことがありますが、大まかにこの三つさえ、守っていれば大丈夫ですよ」


「わかった。ありがとう」


「では、この板を失くさないように持っていてね。君を冒険者だと証明するための物だからね。それではあなたの冒険者としての人生が輝かしいものになることを願っているわ。頑張ってね」


 渡された銅板には入って来た時に見た剣と盾のレリーフにグレイの情報が刻み込まれていた。そして、いつも新人冒険者にかけているのだろう、定型文を話す女性だったが、その女性の笑顔が出来上がっていた固定の笑顔ではなく、いま出来上がったばかりの自然な笑顔であったことでグレイは照れたように頬が温かくなった。


「あっそうだ」とカウンターの女性がその場を離れようとしたグレイを止めた。


「私、ライリー。あなたはこれから私の列に並んでね」


 グレイが不思議そうな表情をすると「だってグレイさん。あなたのさっきの笑顔、威圧的だったじゃん。それだと他の受付の人が怖がっちゃうかもしれないでしょ」と笑っていった。砕けた口調が彼女の本来の口調なのだろう。グレイにはそちらの口調の方がとても自然に見えた。


「……それに、師匠の名前といい、あの拳の速さ。なんだか面白いことを起こすに決まっているもの。他の人のところに行ったら勿体ないじゃん」


 誰にも聞かせるわけでもない小さな声でそう呟くライリーは新しく手に入れた玩具が嬉しいけどそれを周りにバレたくない子供のような笑みを浮かべた。


「じゃあ、魔石の買取もここでしちゃいましょうか」


 ほらほら、とカウンターをトントンと指し示す。出会った時とは幾分砕けた口調になり、表情も柔らかい。すると


「おいおい、ライリーちゃん。この新人ばかり構ってねぇで、俺も混ぜてよ」


 グレイを横に押し退け、ゾランが割って入った。


「──チッ」


 グレイではない誰かの舌打ちの音が鳴った。グレイは睨んでいたゾランから視線を外して音が鳴った方へと視線を向けた。


「ゾランさん。こちらはまだグレイさんの受付途中ですので、もしお急ぎの用事がお有りの場合は他の受付にお並びください」


 そこには先ほどの砕けた表情ではない、グレイが初めに見た時のような仮面の笑顔を浮かべたライリーがいた。グレイは怪訝な表情を向けた。ライリーの口元は口角が剣先のように鋭く上がり、舌打ちを鳴らしたようには見えない。


「そんな冷たい事言わずによ。こんなガキの相手なんてしてないで、俺みたいな大人の男と楽しい事しようぜ」


 ゾランには舌打ちは聞こえていなかったのか、下卑た笑みを浮かべ誘う。ライリーは形の良い眉毛を歪め、不快感をあらわにしているが、そんなこと日常茶飯事なのであろうゾランは気にする素振りはない。返答のないライリーにさらに口説こうと口を開いた時「おい、女の人が困っているんじゃないのか」と若い声に声を掛けられた。「なんだよ」と不遜に振り返るゾランは幾ばくか声の発した主のために視線を落とすとその欲望で濁ったその瞳にその人がやっと映った。するとゾランは眼を落とし出してしまうほど開き、固まった。


「いま、『なんだよ』と言ったのか? この僕に冒険者風情が」


 その小さな少年が訊き返すように放った声は大して大きな声ではなかったが、声変わりのまだ終わっていないその声は広い冒険ギルドに容易く広がった。それはひとえに冒険者がその人物の動向を伺っていたからだろう、だから誰もがゾランのぞんざいな返事に呼吸を止めてしまっていた。


 ゾランの淀んだ瞳がリューの姿を捉えると焦りの色へと変わった。辺境伯であるリーファンの息子であるリューは辺境伯ほどではないが権力を持っている。そのため貴族に向かって無礼な態度を取ったことになるゾランはその巨躯を潰すように平伏し、媚びるようにリューへと擦り寄った。


「そ、そんなことは申しておりません。聞き間違いではございませんか?」


「では、お前は僕の耳がおかしいと言っているのか?」


「そのようなことで……」


 ゾランの額に大粒の汗が流れ、チラリと救いを求めるように冒険者を見る。先ほど談笑していた冒険者と視線が合うが、サッと視線を避けられてしまう。眼球だけを動かし、さらに視線を彷徨わせるとグレイと眼があった。


 ゾランの視線に気が付くとグレイはニヤリと笑みを浮かべた。


 グレイは突然の出来事に先ほどまで感じていた怒りがスッと消えて無くなり、さらには救いを探し求める迷える子羊のような瞳を浮かべるゾランに笑顔という挑発することで溜飲が下がる結果というお釣りがかえってきた。


「リュー様、ギルド長がお呼びです」


 このままゾランの無様な姿を眺めていたかったが、先ほどリューの傍にいた紺青の髪をした青年がリューを呼んだ。


「ああ、わかった。という訳で用が出来た。広い心の僕に免じて許してやる」


「ありがとうございます」


 リューはそう言い残すと青年の下へ行き、冒険者が割れて出来た道を悠々と歩いて行った。冒険者たちはリューの姿が見えなくなると呼吸を思い出したかのように息を始めた。


 周りの安堵の息を聞き、伏せた状態でいたゾランは重い息を吐き顔を上げた。眼は怒りか羞恥かはたまたその両方かで眼光を光らせていた。そのため周りの冒険者は誰一人視線を合わせなかった。ゾランは鋭い視線をグレイとライリーに向けるが幸いグレイはライリーに声を掛けられていたため、その視線が合うことがなかった。


 ゾランは「二度とこの列には並ばねぇからな」と吐き捨て、空いていた隣の列へと移った。

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