表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/77

心配と恐れ

「それで、うちの娘はどうなんだ?」


 おじさんがグレイにそう尋ねたのは、グレイが武器屋から戻った夜のこと、いつもなら仕事を上がる時刻にグレイにむかってラミィが「今日なら客少ないし、この前の約束はたせるよ」と声を掛けてくれたことによって始まった、料理の指導をしてもらっていたタイミングであった。


 香草焼きの肉の下処理を終え、特製ダレに浸している肉を待っていて、その時間を使って他の料理を話し始めると思った時に出たグレイの予想していない言葉であった。思わず聞き返す。


「だから、メアリーのことだ。……君が鍛えているんだろう? 俺は別に認めているわけではないけどね」


 おじさんは自身がいつも座っているであろう小さな椅子をグレイに進め、グレイは黙って従った。自身は壁を背にして真剣な表情をしている。最後の言葉はどこか棘が入っている。


 グレイは驚いた。グレイがメアリーに修行していることをおじさんが知らないと思っていたからだ。


「ラミィから聞いたよ。それにこの前の朝のあれは修行で疲れて倒れたメアリーを背負って運んできてたんだってね」


 グレイの訝しむ表情におじさんはすぐさま解明する。


「申し訳なかったね。メアリーが頼んだんだろう。成人をしたばかりの少年に頼むことではないように感じられるが、……メアリーが坊主に頼んだのには訳があるのだろう」


 簡単に頭を下げるおじさんは眉尻の下がった、すまなそうな表情をしていた。


「それで、どうなんだい?」


 逸れてしまった話を戻し、再度尋ねた。


「まぁ、悪くはねぇよ。特別良いってわけでもねぇけどね」


 グレイがそう答えるとは予想していなかったのか、固まった顔のパーツを飛ばしたような表情に変わった。しかしすぐに咳ばらいをし、もう一度顔を真剣な表情で固めた。


「これはこの店の亭主として聞いているんではない。あの子の父親として聞いているんだ」


 グレイの回答をおべっかか何かだと勘違いしているのだろう。疑惑の感情が瞳に宿る。


「誰が聞いたって同じことを言うぜ。あいつは別に戦いが苦手ではねぇ、現に昨日あいつはゴブリン一体を倒したばかりだ」


 グレイは、自分のことのように胸を張って昨日のことを伝えた。鼻高々なその頬を吊り上げた表情は長くはもたなかった。おじさんが声を荒げたからだった。


「ゴブリンを一体だと!! うちの娘がゴブリンを。なんてことをやらせたんだ君は!!」


 先ほどまでの柔らかな声音は消え、驚き、怒りに不安、そして、最も感じられたのは心配に恐れが混ざっている色であった。


「うちの娘がケガをしたらどう責任取るつもりだったんだ。もしかしたら死んでしまっていたかもしれないのだぞ!! それは坊主もだ!君はⅮクラスの冒険者ではないんだ」


 グレイに詰め寄り烈火のごとく怒るおじさん。人が少ないとはいえ人はいる、ホールのお客が驚いた表情で厨房の方の壁に視線を向ける。そしてカウンターにいるであろうラミィの怒声が厨房に向かって発せられた。


「うるさいよ。上で寝てるお客様がいるんだよ。叫ぶなら他の酒屋で叫びな!」


「っ、すまない」


 ハっと口を抑え、叫んだ言葉を止めた。そして気を落ち着かせるかのように深く息を吐く。ホールの方からラミィの「ごめんなさいね」という謝罪の声が聞こえた。


 神妙な顔もちで聞いていたグレイはやっと落ち着いたおじさんに怯えた様子でも、怒り返す様子でもなく飄々と話しかけた。


「なぁおじさん、誰も死ぬわけねぇじゃん。たかがゴブリンだぜ。それに俺もいるんだ」


 四本脚の椅子を後方に体重をかけ、二本の脚だけでバランスよく座っていた。行儀が悪いがそれをおじさんは指摘するほどまだ落ち着いていない。けれどグレイがしっかりと理解できるように諭すように話す。


「だからじゃないか、村から出てきたばかりの少年に大切な娘の命を預けることなどできない。それにゴブリンをあまく見てはいけないよ、坊主は村で大人たちと混じってゴブリンの討伐をして、それでゴブリンを知った気になっているんだ。確かにゴブリン一匹ならば冒険者ではない者でも大人ならばとても簡単とまでは言わないが倒せる。私でも倒したことがあるんだ。それに、必ずしも一匹だけと遭遇するとは限らないんだから」


「心配ねぇよ」


「だから」と言いつのろうとするおじさんの言葉を遮るようにガンッとゆらゆらとバランスを取っていたイスを戻した。


「大丈夫だ。あいつに何かあったら俺が責任を取る」


「責任って何をするんだ」


 深く考え込まずに提案した責任の取り方をグレイは数秒、視線を上に巡らせ一考する。


「……あいつとおなじ目にあうってのはどうだ?」


 おじさんの様子をうかがうように尋ねた。


「メアリーがもし腕を失ったら」


「俺も腕を落とす」


 おじさんがグレイの真意を確認するようにもしも話を始めた。自身の実力を信じてやまないグレイは自身満々に腕も切るアクションをして見せる。実際にグレイはゴブリンの大群に単身で放り込まれても生き残れるほどの実力はある。だから、虚勢ではない。しかし、それを知らないおじさんには、グレイの言動は無知な少年の詭弁に見えるのだろう。


「もし失明をしてしまったら」


「眼を潰す」


「もし、……し、これは考えたくもないな」


 想像豊かなおじさんは、脳内に浮かんだ妄想に似た想像が浮かび、振り払うように首を大きく振って幻影を振り払う。


「俺も死んでやるよ」


 ここまで言われると思ってもみなかったおじさんは、「どうして」と問う。グレイのそこまで言える自身が信じられなかった。


「どうしてって、俺が強いからだ。あいつくらい簡単に守れる」


 自信にあふれるグレイの姿におじさんは溜息を吐きつつ言葉を吐き捨てる。


 「坊主は世間を知らずに甘やかされて育ってきたんだな」


「はっ、てめぇの勝手な解釈で勝手なことを──」


 グレイは、眉をしかめて立ち上がった。「甘やかされて」という言葉がグレイには聞き捨てならなかったのだ。グレイはおじさんとの距離を詰め寄ると「もう二度と」とグレイの言葉に被せるようにおじさんが言った。大きな声ではなかった。けれど力のこもったその言葉は大きく震えていた。


 おじさんは両手で力強くグレイの両肩を掴み、懇願するように頭を下げた。


「二度と娘にそんな危険なことをさせないでくれ。お願いだ」


「……めんどくせぇな、わかったよ」


 そのおじさんの態度に毒気を抜かれたグレイは両腕を払い落とし、椅子に腰を据えなおした。


「けどよ、修行は続けるからな。それは修行を始めたのはあいつが頼んだからだ。止めるなら俺じゃなくあいつを止めろ」


 グレイがそういうと、おじさんは顔を歪め思案を始めた。修行を続けるということに納得していないが、メアリーに直接ダメだと否定することも出来ない、おじさんは娘に嫌われたくなかったのだ。だから渋々といった表情で「わかった」と了承した。


「坊主も自信を持つのは構わない。しかしね、坊主がケガをして悲しむ人もいるはずだよ。それは俺も悲しい」


 村でグレイを見送った両親、その他村人たちがどんな思いで見送ったのかはわからない。だか娘を持つ父としてのこの気持ちと違わぬことなどそうそうないだろう。とおじさんはそう思い話す。実際はおじさんの想像とは違うが、グレイにも同じ気持ちを持ってくれているだろう人はいた。

 グレイが思い出したのはシルバーズの姿だった。あのワイバーンの卵を取りに行った夜のシルバーズからの、心配からの叱責、ケガをしていないと分かった時の安堵したシルバーズの姿が何故か脳裏を横切った。


「君も冒険者になろうとしているんだろ、なら自分の力を過信せずにいることが生き残れるすべだよ」


 冒険者になるつもりはないが、わざわざそれを否定するのも面倒くさいからとグレイは返事をしなかった。それを肯定と受け取ったおじさんはタレに絡ませた肉の方へ近づき、肉を取り出した。グレイは椅子から立ち上がり、その隣に並んでたった。


「すまなかった。声を荒げてしまって。こんな話をするつもりではなかったんだがな、大切な娘だからね」


 自嘲気に小さく笑う。


「冒険者なんて野蛮な職業、娘には無縁な話だと思っていたよ。娘の口から冒険者という言葉を聞くまではね」


 おじさんは当時の映像を思い出したようで苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。グレイは口を挟まず黙って聞いた。それは口を挟むのは無粋なような感じがしたからであった。


「昔ならばいざ知らず、今の時代、魔物と闘わずして一生を過ごせるというありがたい時代になったのにね。護衛を頼めばほかの町や村へまでもいける。仕事だってメアリー達にはこの店があるのに」


 そう話して、おじさんは思い出したかのようにグレイに謝罪をする。


「さっきは本当に申し訳がなかった。さっきは、世間知らずで甘やかされて育ってきたんだなんて、坊主のことをまだよくも知らないうちに罵ってしまってな」


「もうどうでもいい、そんなこと」


 そう一蹴したグレイに料理の次の工程を促され、おじさんはその顔のまま香草を数種類にパン粉をグレイに説明し、肉にまぶした。


 フライパンの中でドロリとした油を回し、全体がコーティングされたかのように光沢みを帯びたフライパンに肉を優しく入れた。ジュジュー、と食欲をそそる音を奏でた。次第に熱された油と肉の持つ脂が混ざり合るときに放つ肉の肉の香りと肉の香りを邪魔をせず尚且つ、本来肉の持つ獣臭さを打ち消す香草の香りが爆発をし、口の中は唾液で湿り気を持つ。


 おじさんは焼き時間などを細かに説明しながら、夜は更けていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ