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自信と興奮、目的はない

 真剣というものを数度持ったことはあるが、実際に帯剣したり実践に使ったことのないメアリーは剣の扱いについての知識はほぼ皆無であった。今、持っているのは木剣ではあるが、それでもメアリーにはずっしりと重みを感じた。


 メアリーはとにかく、遥か遠くに小さくなったグレイを追いかけるべく木剣をしまおうとしたが、帯剣の仕方がわからず、メアリーは仕方なしに剣先を天に掲げるようにもって走った。

 手に何かを持って走るというのが思いのほか大変でメアリーは走るのを大変にてこずっていた。


「これって、なんか不格好ですね」


 ふと自身を客観視で見て自嘲気に呟くがその言葉に反応して突っ込む人も近くにはいない。

 

 グレイは走るとともにメアリーの眼前に大きく揺れる木剣に隠れたり、隠れなかったりを繰り返している。それを何度か繰り返しているとふっと蝋燭の火が消えてしまうかのようにグレイの姿が見えなくなった。


「えっ?」


 メアリーは驚きのあまり、走るのを辞めた。徐々にスピードを落として止まるがその間も視線はグレイの立っていた先ほどの場所から離れない。

 眼を凝らして、奥をさらに見ようとした。グレイがもっと先に走って小さくなってしまい、見えにくくなったのだと思ったからだ。


──私、まだそんな体力、ないんですが。


 内心でぼやき、さらに先ほどから昨日の走りで発生した筋肉痛が脹脛や太ももを動かすたびに主張を始めて、眉が下がり相貌を顰めっ面に歪める。


 メアリーは再び、奥にいるであろうグレイの下へと走って行く。


 ふと遠くにグレイらしき人影を見かけた。身の丈よりも少し短く、しかし太さはありそうな得物を掲げ、あたりを見渡しているその人物は誰かを捜しているようであった。


 メアリーはグレイだと思い、自分を探しているのだと気付いた。

 近くにあった自身が隠れられそうな岩を見つけ、身を伏せた。


──グレイさんは何でもありだと言ってたから、奇襲をしても良いんだよね。……いいのかな。


 自身なさげに自問自答を繰り返すメアリーは岩から顔を微かにのぞかせ、グレイを観察する。

 片手に得物を持っているが、太さのせいで重たいのか、下げていた。


「どうしたんでしょう。疲れているのかな、それとも演技でしょうか」


──どっちにしても、奇襲をするのは気付かれていない今しかないのは確かなのはわかります。でも奇襲って私、何をすればいいんだろうか。走って行ったところで、すぐ逃げられてしまうかもしれませんし、だからといって立ち向かってこられても倒せる気がしませんし。


 もう少し良く観察しようと身を乗り出す。手に何かが触れた。それは石であった。


──投擲をしても良いって言っていたけど、石は流石にまずいですよね。


 掴んだ石は日陰にあったためか冷たなメアリーの手に収まるほどこ小さな石であった。


 先に行動を起こしたのはグレイであった。得物を引きずりながらメアリーの隠れている岩の方に歩み始めた。


 メアリーは急いで頭を戻した。身体を折りたたむように伏せ、思考した。メアリーはグレイの足音が聞こえてくるような気がしてきた。実際は足音が聞こえるところまで距離を詰めていなかったため聞こえた場合幻聴であるが、メアリーにはそう感じてならなかった。


 戸惑いと決意が揺らぐなか、大きく息を吐き石を強く握りしめた。


──当てるだけで良いんだ。お腹に当たるだけなら、傷つかないはず。


 メアリーの耳に聞こえるのは自身の緊張の拍動、風とそれに吹かれる草の擦れる音だけになった。


 耳を澄ましていると、少ししてから重量のある何かを引きずっている音が聞こえた。


 メアリーは自身の息まで止めて、気配を消そうとした。


 自身の投擲に自信のないメアリーは程よい距離をと考えていた。遠すぎても届かないかもしれないし、近すぎてもグレイがけがをしてしまうかもしれない、と。


 ──もう少し近づいたら、投げよう。……もう少し。……今だ!


 立ち上がり、相手をしっかりと見て投げようと腕を振り上げた。すらりと伸びた細い腕の先に握りしめた石がしっかりと収まっていた。


 動揺を息と共に出す。


 メアリーは相手の顔を認識した。


 それは驚いたように眼を見開き、茶色く着色されたトゲトゲとした歯をずらりと並べた口腔の先からギギャ!と驚嘆の鳴き声を鳴らした。聞くものを不快にさせるその生き物はグレイではなかった。ゴブリンであった。


 メアリーは驚き、勢いづいた腕から放たれた石は狙いなど関係なしに放物線を描き飛んでいき、短躯なゴブリンの頭上を通り過ぎていった。


 「ギャア!」


 先に平静を取り戻したのはゴブリンの方であった。


 口から粘液を撒き散らしながら叫ぶゴブリンはメアリーの身長ほどしかない間を詰め寄る。


 ひっ、と喉から恐怖が漏れる。無意識的に後ずさると先程まで自身を隠していた岩に左足の踵が引っかかった。


 尻餅を着き、慌ててゴブリンに標準を合わせるべく上を見上げると、ゆっくりと重みのある棍棒が風を伴って眼前を通り過ぎた。


 それはゆっくりとも感じられた。


「ぼーっと座ってねぇで、はやく立ってゴブリンから距離を空けろ!」


 突然、聴き慣れた怒声が右斜め前方から聞こえた。グレイであった。


「……はいっ」


 メアリーはそこから飛ぶように離れた。そして、期待の眼差しをグレイに向けたが、それはいと簡単に打ち砕かれることとなった。


「相手は子供でも倒せるただのゴブリンだ、負けんなよ」


「ええ?! 魔石を壊しあう戦いをするんじゃないんですか?」


「そうだよ、俺の魔石を一つでも奪うかすれば勝ちだ。それは変わんねぇよ」


さもメアリーが可笑しなことを言ったとばかりに、不思議そうな顔をするグレイ。


「それならゴブリンを倒す手づだいをお願いできますか」


「それは知らねぇ。……てか、随分と危機感がねぇっていうかなんというか、おめぇ俺の方向いてていいのかよ。あぶねぇぞ」


遊戯を観戦する傍観者のように飄々と注意を促す。


「ひっ」


「良くよけれたな」


 メアリーが避けれたことに感心しつつも心配をしない。


「ほら、剣を構えろ」


「こうですか?」


 グレイの構える姿を横目に見て、構えを真似た。


「そうだ、じゃあ頑張れ」


 グレイはそこから離れることはなく、地面に腰を据えた。


「そんな、心の準備ができてません」


「……」


 メアリーの悲鳴にも似た叫びをグレイは返事をしない。


「ああっ、もう! 頼む人間違えたかもしれません」


 グレイの性格を知ったからかそれとも緊張がなくなったのか、出会った当初のような硬い語調が砕けたものになった。


 ゴブリンの振り下ろす棍棒を後ろに走って避ける。


 小気味良い音が鳴った。


 メアリーは先程まで自分がいた棍棒の終着点を見て当たってしまったという最悪の場合を想起してしまい、すぐさま振り払うように頭を振った。


 木剣を構え、ゴブリンの頭へと一文字にふる。


「ぐぎゃ」


 容易に当たったことに驚きつつも、初めての攻撃に思わずほころぶ。グレイの方へ視線を向けるとグレイは真剣な顔つきでこの戦いを見ていた。メアリーは緩まった頬を再び冷やし、ゴブリンのみを正視した。


 ゴブリンは痛みと思い通りにいかない現状に怒りはじめ、鼻息荒く、こん棒を振り回し始めた。


「きゃっ」


 構えていた木剣にこん棒があたり、いとも簡単に掌から弾き飛ばされた。


 あばれ回りながら、ゴブリンはメアリーとの距離をさらに詰めてくる。


「グレ ッ……」


 ゴブリンの攻撃を思い思いに避け、グレイに助けを求めようと声を出したが、その声は自身で止めた。


──ダメだ。初めて戦う魔物なんだ。グレイさんに助けてもらう訳にはいかない。


 メアリーはゴブリンの攻撃を観察しながら避けた。こん棒が重いのためゴブリンの攻撃はそこまで早くない。メアリーはじりじりと下がっっていく。


 木剣を握っていた手はしびれるような痛みが残る。


 メアリーはチラリと後ろを見て確認すると、ゴブリンへ向き直り、ゴブリンがこん棒を横に振りきるその瞬間、しゃがみ込み木剣を掴んだ。


 メアリーは下がるようにして、弾き飛ばされた木剣の方にむかっていたのだ。


 掴んだ木剣で低い姿勢のまま腹へ向かって叩き込む。ゴブリンは汚い鳴き声が漏らし、くの字に姿勢を曲げた。メアリーはそこから潜り抜け、木剣をその下がった頭へと打ちこんだ。何度も何度も、ゴブリンが反応を示さなくなるまでその手を緩めることはなかった。


「もう、いいと思うぜ。知りてぇことは分かった。最初から倒せると思ってはいなかっけど、倒せてんじゃん」


 肩を叩かれメアリーはやっと手を止めた。


 いつの間にか止めていたらしい息を吐き、深い呼吸を繰り返す。


 ぐったりとして動かないゴブリンを見て、自分で倒したのだと感動が押し寄せてくる。ぱっとグレイに喜びの顔を向ける。


「やった、やりました。自分で、自分一人で魔物を倒しました! どうですか、どうですか? すごくないですか? すごいですよね」


 感極まったメアリーは纏められて髪が揺れるほど喜びを表していた。


「まぁ、ゴブリンぐらい一人で倒してくれねぇと困るんだけど、初めてのわりにはよかったんじゃねぇか」


「本当ですか? これからよろしければゴブリン探しにいきませんか? 私まだ戦えそうな気がするんです」


「おい、目的が違うだろ。魔石はどうすんだよ」


 グレイに言われ、本来の目的を思い出したメアリーはグレイの腕へ手を伸ばす。

その手は簡単にはじかれ、反対にメアリーの魔石が潰された。


「今日はこれくらいでいいだろ。仕事もあるしな」


 グレイのしたいことがわからないメアリーは疑問符を浮かべるが、グレイは颯爽と城門の方へ歩いていった。それに続くメアリーには魔物を倒したという自信と興奮が体中をめぐっていた。

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