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日常に

  あっという間にレベンディス達が来てから数日が経ち、レベンディス達が帰路に就かなければいけない時分になっていた。その為シルバーズとグレイは最後のお見送り会にと外で焚き火をしながら豪華な食事をする事にした。


  薄く白い煙が上がり、空の雲へと繋がったかのように、見上げる空には薄い雲が張られていた。その先の空は黄昏時で深い青と橙が線を引いたように綺麗に分かれていた。深い青色の空の中にはいつもより力弱くみえる星が幾つもも輝いていた。

  明日は気分がいい天気になるだろうなと串を指と指の隙間に余す事なく掴んで、頬張るグレイはふとそう考えた。別れの門出にはちょうど良いだろう。


「ねぇ、グレイ」


「んぁ?」


  エレナが草原の方の近くにいたグレイに声をかけた。グレイは肉が一杯に入った口で返事をした。


「私ね、来年から学院に入るんだけれど。その時にはグレイも王都に来てくれているんだよね」


 エレナはグレイの横に並び、心配そうに聞く。


「まぁな、ジジィはこねぇけどよ。俺は王都に行くつもりだぜ。レベンディスの家に泊まるみたいだし、お前にもよく会うだろ]


「そっか、……それは良かった」


「なんだよ。お前時々気持ち悪くなるな」


  エレナの態度にグレイは大袈裟に身震いをしてみせる。そんなグレイの態度にエレナはニヤリと頬を緩める。


「だって、しょうがないじゃない。学院に行っても同い年には私といい勝負が出来る人が少ないだもの、だからグレイが来てくれたら毎週一緒に修業ができるわ」


「しねえよ、毎週なんてよ。俺は王都に行ったら自分の好きなことをして過ごすからそんな時間ねぇよ」


 グレイはエレナの願望をにべもなしに一蹴した。


「何よ、修行以外に好きなことって」


「別に俺は修行が好きなわけじゃあねぇんだが。好きなことっていうかやりたいことだな、お金を自分で稼いでみたり、その金で高くてうまい肉を食ってみたり。あっ、そうだな冒険者になって有名になるのも楽しそうだな」


 スラム時代には想像できなかった普通の夢をグレイは描き始めていた。エレナはその夢を否定することなく、微笑をたたえながらグレイの夢の達成に祝福の言葉を送る。


「いい夢だね。グレイなら叶えられるわよ……きっと。それにもう、1つ夢を叶えることができているしね。おめでとう」


「はっ? 何言ってんだよ。これは王都で叶えられる夢であってこんななんもねぇ山じゃあ俺の大きな夢は叶わねえだろ」


 夢の達成を祝福しているエレナに訝しげな表情を向ける勘の悪いグレイは疑問符を頭の中に発生させた。


「そのお肉おいしそうね」


 意地の悪そうなニマニマとした笑みを浮かべて自分の持っていた肉串を頬の横で揺らし、左手でまだグレイの食べていない肉串を差し示した。グレイの中指から小指のほうにかけて残っている肉串はまだ白い湯気を纏い、芳醇な匂いを生成し、生き物の鼻腔を刺激すると生き物のは思考する間もなく唾液の分泌が行われ始める。そんな肉を差し示され、グレイは再び肉を頬張り、味の感想を述べる。


「おいしそうじゃなくて、うめぇんだよ」


「そのお肉、高級品よ」


 見当違いの回答にエレナは呆れたように指摘する。


「うぐっ、ゲホゲホ」


 グレイは驚いたためか、頬張った肉がのどに引っ掛かりせき込む。だが、高級品だと聞いたばかりの肉を吐き出すことはしなかった。


「もしかして、ドラゴンの肉は高級だって知らなかったの? 私はてっきり知っているものだと思っていたから気づかせてあげようと思っていただけなんだけど」


 そんなグレイの反応にエレナは心底驚きを隠せない。


「うわっ、そうだった。完全に忘れてた。なんか毎日食ってたからこれが普通だと勘違いしていたぜ」


「あんた、高級なドラゴンの肉を普通の肉として食べるなんてすごく贅沢なことをしているのね」


 グレイがシルバーズにさらわれてから、はや一年が経っていた。そのため当時は驚いていたドラゴンの肉に今は新鮮味が欠けていた。むしろ王都の人間は毎日ドラゴンの肉を食べて生活しているのが普通なのではないかと思ってしまうほどだった。もちろんドラゴンが強くて倒すのが大変なことはグレイも知っているのでそんなことはあり得ないのだが、毎日のようにドラゴンの肉を食べているとそう錯覚してしまうのも無理はないだろう。


「なんだよ、王都ですること1つ減ったじゃねぇか。嬉しいのか悲しいのかよくわからねぇな」


 胸中複雑なグレイはどんな表情をするのが正解なのかわからずに、おかしな顔になった。


「なに言ってんのよ。こんな新鮮なドラゴンの肉食べれる機会はそうそうないことなのよ。まぁここは例外みたいなものだけど」


「そうなのか、じゃあ今のうちに一杯食べておかないといけないな」


 エレナの「そうそうない」という言葉に、食い溜めという獣的な発想にたどり着いたグレイはまだ空いている胃袋が勿体ない気がしてならなくなり、手に持つ肉を急いで口に詰め込み始めた。


「そんなに食べているのにまだ食べるの? それにそんなに急いで食べなくてもいい気がするのだけれど」


「ああ、まだ食えるし。肉は熱いときに食わなければ肉じゃない」


「お肉じゃないとまでは言わないけれど、熱いときのお肉がおいしいのには同じ意見だわ」


「じゃあ、おめぇも急いで食べないといけないな。俺が全部喰う前によ」


 グレイは食べ終わっていた串の束を片手に持ち、新たな肉を取りに行くためにシルバーズとレベンディス、チビのいる焚火の方へと走っていった。焚火の方では2人と1匹もとい3人が仲良く談笑している姿があった。


「あっ、ちょっと」


 さっ、と走っていったグレイに驚きながらもエレナは追いかける。


 もう、日常となり始めていた4人……5人での生活が、修行に明け暮れた毎日であった濃厚な1か月が今夜を超えた朝のあいさつで、終わりを告げる。

 

 今夜の満月は燃えているように見える赤月。その周りを流れる叢雲は炎に触れて燃え広がった綿のようだった。赤月は前触れがなく一年に一度出るか出ないかの非常に珍しいものである。そのため『赤月』には色々な意味があるといわれていた。『再生』『修復』『拒絶』『慟哭』『阻害』『進化』と,このほかにもたくさん存在するがグレイにとって今日の赤月は『進化』というこの修業期間のことを表しているように感じた。


 レベンディスが話す騎士の話を聞き流し、シルバーズの育てた串を奪い取ったりしていた。シルバーズは意味深げに頬を緩ませ、腰の巾着からこれでもかと肉串を取り出して焚火の炎が横からでは見えないほどに並べた。

 

グレイはその肉が焼きあがるまでの時間に満腹で仰向けに寝転んだチビの腹をつついたり、話しかけてくるエレナの会話に適当に相槌を打ったりしていた。


 肉からあふれ出した肉汁が炎にあたり蒸発する音とともに芳醇な香りがあたりを包み始めたころ、グレイは自分で育てていた肉を取ろうとした。しかし、掴もうとした手は空をつかんでいて肉串はその手に収まってはいなかった。グレイはキッと自分の肉を奪ったレベンディスをにらんだ。


「ハハッ、いい焼き具合だね」


 グレイの目を見ながら飄々とした表情でその肉を一口食べて感想を述べた。言い終わると一口で肉を口の中に入れ込み、新たな肉串へと手を伸ばす。


 グレイ自身も、うかうかしてられないと思いもう一つの密かに育てていた肉串の方に視線を向けた。


「……ねぇ」


 思わず口に出してしまった通りに自分が育てていた肉串がもう存在していなかった。そして自分の育てていた串だけでなくその周辺の串肉さえも無くなっていた。周辺の肉は自分が手塩をかけて育てていたわけではないが、焦げないようにと気にしていたのはグレイ自身であった。その肉の行方を捜すために視線を彷徨わせるとすぐに犯人が見つかった。


「ジジィ、うめぇか? その肉」


 それはグレイに見せつけるように、指の間に串を差し込んだグレイのような持ち方で食べていたシルバーズであった。グレイの質問に答える前にシルバーズは味を吟味するように何度も肉を頬張りとろけるような美味しさを顔で表現していた。そして何度目かの咀嚼のあと眉間にしわをよせ悩むように言った。


「そうじゃのう、儂はレベンディスと違ってもう少し焼いた方が好きかもしれないのう」


「だったら、その肉返しやがれジジィ」


 あれだけの表情をしておきながら好みが少し合わないと述べたシルバーズの串にグレイは手を伸ばす。「まぁ、食べれないこともないかの。ほっほ」と笑いながらグレイの伸ばす手を軽くあしらった。グレイはこれが先ほどシルバーズの肉を奪った意趣返しだとすぐに気が付いた。


「いいのかのう? 儂だけが敵ではなかろうに」


 シルバーズは焚火の方へと目配せする。ぐれいが焚火を見るとあれだけあった串があともうわずかになっていた。


筋肉(レベンディス)、おめぇがいたか」


「お肉は一番おいしいときに食べないとな」


 レベンディスはその手を止めない。一口で串を口にいれ、次の串をつかむのと同時動作で串を口から外し、焚火へと放り込む。それは流れ作業のように、川がよどみなく流れているかのようにスムーズであった。


「最後くれぇ、筋肉(レベンディス)より肉を喰う」


そう言い、グレイも負けじと肉を頬張るのであった。

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