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早すぎた決断

「こんな夜更けになんだよ?」


妙に眼が覚めて眠気の感じないグレイは訝しげにシルバーズを見る。

冷えた夜風が熱のこもったグレイの体温を心地良く奪い去り、括られた灰色の髪と触覚のように垂れた二本の髪の束が微かに揺れる。


「眠っていた所を起こしてしまってすまんのう。少し、話がしたくなっての」


草原へと着いたシルバーズは歩みを止め、グレイに背を向けたまま返事をした。

魔物の声も鳴りを潜めた今の刻だとシルバーズの呟くような声も辺りに響く。


「そうなんだな、俺も今気分転換したかったからちょうど良かったぜ」


「ほっほっ、それは良かった」


「それで、話ってなんだ? 別に明日話しても良かったと思うけど、今日急に話がしたいとなると火急な話か……それとも、俺をあいつと同じ部屋に閉じ込めた事の謝罪かのどっちかだな」


振り返りかけたシルバーズの身体は止まり、再びグレイに背を向けた。グレイの皮肉たっぷりの言葉を背中で受け止め、ゆっくりと深く、呼吸をして星を見上げてから一拍置いた。


「……それで話なんじゃがな」


「おい、ジジイ」


シルバーズはグレイの非難めいた言葉を背中から受け流し、話を始める。


「いきなりじゃが、王都へ行く気はないかの?」


「──王都? なんで急に王都の話が出てくんだよ」


唐突なシルバーズの言葉にグレイは思わず素っ頓狂な声をあげた。


「レベンディスと話をしてたら出てきたんじゃよ。もちろん明日、明後日の話じゃなくてのう。もう少し先の話なんじゃがの」


「どんな話をしたら出てくんだよ、そんな話」


「これからのことを話しておったらの、次第にの」


シルバーズは話の核を触れないような含みを持たせた話し方をした。


「して、グレイ。お主に決めて欲しいのじゃ」


そして、シルバーズは勢い良く身を翻し、グレイと視線を合わせた。


「な、何をだよ」


反射的に喧嘩腰で返答をする。シルバーズはグレイの返事を聞くと間髪入れず続けた。


「最初の質問にじゃよ。王都へ行く気はあるのか、無いのかの事じゃよ」


グレイは最初の問われた言葉を思い出して、気になった事を再度訪ねた。


「なぁ、さっきからなんの為に王都に行くか聞いてねぇんだけど。筋肉魔力バカとのこれからの話で王都の話が出たのはわかったけどよ、これからの話と俺が王都に行く行かないの話になんのつながりがあるかわかんねぇんだけど、なんかあるのか?」


グレイの投げかけた質問にシルバーズの瞳が微かに揺らいだように見えたが、もうすでにシルバーズは何時ものと同じような笑みを浮かべていた。グレイは先程の瞳の揺れは気のせいであったと思い、泡沫の疑問は簡単に弾けて消えた。


「グレイは儂の見立てじゃと12、3才じゃと思うんじゃよ、そしてエレナが14歳じゃ。王都には学院があってのう15歳から高等部に入れるんじゃよ。じゃから、次のサランピアの花が咲き乱れる事にエレナが学院に入るでのう、グレイも一緒に入園したらどうかという話になったのじゃよ」


「ちょっと待て、俺はジジイの予想だと13なんだろ。次のサランピアが咲く頃って言ったって俺は14じゃねぇかよ。15歳じゃないと入れねぇんだろ?!」


シルバーズはグレイの両肩に手を置き、顔を近づけて微笑んだ。


「大丈夫じゃよ、グレイは今14歳という事にすれば良いのじゃ。おめでとう」


「はぁー!? 良いのかよ。そんな感じで」


グレイはシルバーズのいい加減さに呆れて眉を下げた。


「良いのじゃ、良いのじゃ。でも、それが嫌なら王都で一年過ごしてエレナの次の年に入園するっていう事の出来るがのう」


右手を肩から離し、皺が刻まれておらず脂肪も付いていない人差し指を、夜空の中で誰よりも主張している月を指し示す様に突き立てて、もう1つの案を出した。


「どっちにしろ、次の年には王都に行かなきゃいけねぇんだな」


グレイの核心のついた言葉にシルバーズの表情は固まり、瞳は逃げるように上へと泳いだ。突き立てた人差し指で頬を掻き


「まぁ、そういう事じゃな」


と肯定した。


「それで、どうするんじゃ? 決まったかのう?」


伺うように問うシルバーズは、グレイには早く返事を欲しがっているように見えた。だからか、グレイは熟考せずに直ぐに答えた。

それは些か早計すぎたことだったと、グレイは少し後に後悔することになった。


「決まった。俺、王都に行くわ」


グレイは逡巡する姿を見せずに答えた、そうすればジジイとの修行が出来ればどっちでも良いと思っていたあやふやな意思が発した言葉と共に強固になると思ったからだった。


「……そうか、ではその意思をレベンディスにも伝えてくるのでのう、先に床に着いてゆっくりと眠ると良い。明日の修行も早いでの」


シルバーズはグレイの言葉ををゆっくり飲み込み、理解した後、グレイに慈しみを含んだ好々爺然とした微笑みを浮かべてログハウスの方へと歩いて行った。

その背後姿にグレイは


「あっ、そうだジジイ。王都にいる間、俺とジジイは何処で寝るんだ? 野宿や床なんてのは嫌だから宿にでも泊まろうぜ。勿論ジジイ持ちで」


眠ると聞いてベッドの事を思い出し、冗談めかして宿泊場所を聞いた。

グレイは寝心地の良いベッドの虜になっており、今夜床で眠らなきゃならなくなった事を皮肉っていた。


「宿も良いが、学院に通っている間は寮で生活できるし、通わなくたってレベンディスの家が王都にあるからのう、そこで住まわせて貰えば良いのじゃよ。勿論グレイの好きなふかふかのベッドも寮やレベンディスの家にはあるしのう」


グレイはまだ見ぬベッドに想いを馳せ、頬を緩ませた。


「じゃあ、ジジイは俺が寮生活している間はレベンディスの家でずっと過ごすって事だな。剣神の高弟2人が王都で1つの家にいるって、ドラゴンが逃げ帰るぐらいに最強な護りだな」


「そうじゃな、儂とレベンディスが王都にいたら(・・・)ドラゴンも逃げ帰ってしまうかもしれぬな」


シルバーズは上半身だけ身を翻し同意した。


グレイはシルバーズの言葉に笑っていたが、言葉に引っかかりを覚えて笑うのを止めた。そして気の抜けた疑問符が喉から漏れた。


「えっ? ジジイは王都に来ねえの?」


「儂はここで過ごすつもりじゃよ」


シルバーズの顔にはふざけてなどいなかった。


「だったら俺はここに──」


「グレイ、……儂はその言葉の続きは聞きたくないのう」


グレイの言葉を遮り、上半身を戻し背を向けた。グレイは早速早計すぎた決断を後悔したが、ジジイの言葉に不信感を覚えた。早く王都へ行って欲しがっているような、そうな雰囲気を感じたからだ。


「じゃあ、学院を卒院したら、ここに戻ってくるからその間にくたばるんじゃねぇぞ」


だから、確かめる為にこんな質問を投げた。


「当たり前じゃよ。儂がくたばるのはお主が儂を倒せるまで、強くなってからって決めているんじゃから、まだまだ当分くたばる予定はないのう」


シルバーズからの返事には拒否感は感じられず。その判然としないちぐはぐさがシルバーズの本心を読み解く事を困難なものに変えた。


「安心しな、くたばる予定の目処は俺がすぐに立ててやるからよ」


グレイは軽口を叩いた。王都に行って欲しいのはシルバーズにはなんかの考えがあっての事なのだろうとグレイはそう不信感を飲み込み、消した。


「それは、楽しみじゃわい」


シルバーズは笑うと止めていた歩みを進めてログハウスへと入って行った。


グレイはログハウスへ近寄り、立て掛けてある木剣を掴み少し汗を流してから部屋へと戻った。


草原には誰もいなくなり、大きな月が傾き森へとその大きな姿をゆっくりとゆっくりと時間をかけて隠して行った。


空は寂しくなる暇もなく太陽現れ、陽光が優しく、柔らかく世界を温め始めた。

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