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酔いが覚めきらぬうちに

森からの魔物の声が静かな空間に響き、その声に共鳴するかの如く遠くの方へと鳴き声が続く。


「少し待たせたね。バス兄」


レベンディスがシルバーズに一言かけて椅子に座った。


「いや、大丈夫じゃよ、心配になる親心も分からんでないでのう」


シルバーズは柔らかく笑って答えた。その笑みは昔を懐かしむような表情であった。


お猪口をレベンディスの前に置き、レベンディスが持ち上げると徳利でお酒を注いだ。お酒は透き通っていて、お猪口の底に描かれた模様を霞ませる事なく認識することが出来た。微かに湯気が立ち、鼻腔をくすぐる。レベンディスは一気にお酒を呷った。丁度良い温度のお酒が冷めた身体を温める。深くゆっくりと息が吐き出した。


レベンディスは次の一杯を注ごうとしているシルバーズを止め、徳利を奪い取った。シルバーズがお猪口を持つの待ってからお酒を注いだ。シルバーズはゆっくりと飲み始めた。


レベンディスは再び自分で自分のお猪口にお酒を注ぎ、呷る。


しばらく、ゆっくりとした時間が流れた。どちらかが喋る訳でもなく、喋るための話題を探しているわけでもなく、ただこの空間を楽しんでいるかのように、静かに酒を飲んでいた。


「あの子は、どこで?」


レベンディスがこの空間と同じようにゆっくりと喋った。


「スラムじゃよ。手紙にちゃんと書いておいたじゃろ?」


シルバーズはレベンディスと同じようにゆっくりとした口調で答えた。


「そうだったかな」


レベンディスはとぼけたように視線を上へと動かした。


「そうじゃよ」


「そっか、じゃあ、あの走り方(・・・)はバズ兄が?」


「儂は教えてないのう。あの身を低くして走る姿はまるで獣のようであるからの、儂みたいな老軀では教える事は出来ないじゃろ」


「はっはっは、よく言うぜ。そんなに鍛え込まれた身体を老軀と言えるなら平民はみんな老軀と言えるぐらい身体が衰え、弱っているように感じるだろうよ」


シルバーズの言葉をレベンディスが笑いながら返す。


「レベンディスのその身体を見ると儂の身体は些か見すぼらしく見えるでの」


「見た目だけだぜ、そんなの」


会話が途絶え、シルバーズが新たな話題を切り出した。


「グレイはのう、スラムで野犬と呼ばれていたそうじゃ。しってか知らずか儂の二つ名と似ておってのう」


「銀狼と野犬か。似てるといえば似てるな」


「そうなんじゃよ。意図しない偶然ではあったがの」


「偶然か、てっきり俺は名前が似てるから拾ってきたんだと思っていたよ」


レベンディスは飲みきり空になった徳利を振り、中に入っていない事を確認してからシルバーズに差し出した。


「少し飲むのが早くはないかのう?」


シルバーズは受け取った徳利を腰の巾着にしまい、新たに徳利を取り出した。


「そうかもしれないな」


受け取ったお酒をお猪口へ注ぎ、呷りながら話す。そして何かを思い出したのか、身体が止まった。


「冷めてしまっていたかの?」


シルバーズは徳利のお酒が冷めてしまっているかと思い、巾着から新たなお酒を出そうと手を入れるとレベンディスから、いや、と曖昧な返事が返っていた。


「野犬という名前を聞いた事があってな」


「そうなのか、儂は王都にはなかなか行く機会がなかったでの。少し興味があるの」


「野犬は、大きな犯罪は犯さず必要最低限な物しか盗まない盗人だと、そう聞いた覚えがある」


「そうか、狼藉を働いておったのかの。仕方ないとはいえ未だに食べていけぬ者がいるのは悲しい事じゃの。して、何故まだ浮かない顔をしておるのじゃ?」


レベンディスは思案気な表情をしたままでいた。


「いや、俺の記憶が曖昧だから確信はしていないが、この話を聞いたのは10年(・・・)くらい前だった筈なんだ。グレイ君はいくつだ?」


「グレイは誕生日も解らないからの、正確には言えぬが12、3位じゃと思うがの」


シルバーズは目を閉じてグレイの姿を瞼の裏に写して答えた。


「だとすると、2、3歳。赤ん坊……計算が合わんな」


「そんなのは、関係ないんじゃけどのう」


記憶の糸を辿り、正確に思い出そうとしているレベンディスをシルバーズは止めた。


「儂はグレイが野犬と呼ばれている事に少しばかり運命を感じだが、それが弟子にした理由ではない。最初に話したじゃろ『意図しない偶然』じゃったと」


レベンディスは言葉を発さず、シルバーズの言葉を待った。シルバーズはちびちび飲んでいたお酒を一気に呷り、話を続けた。


「儂は最初にグレイを見た時、グレイが儂に殴り掛かった時。その時のグレイの眼が彼奴が儂に斬りかかって来た時の眼にそっくりじゃったんじゃ」


「バス兄……」


レベンディスは言葉を漏らす。


「じゃから、この子は儂が、ちゃんと育てようと思ったのじゃ」


言い終わったシルバーズは再びお酒を注ぎ、呷った。身体の内部の熱を、酔いを吐き出すように深い息を出す。


「少し、お酒を飲み過ぎてしまったみたいじゃの。こんな話をする為に集まった訳では無かったのにの」


シルバーズは巾着からコップを2つ出して、腰から外した巾着を傾ける。水がゆっくりと注ぎ入れされた。


「そうだな」


お礼を言い、受け取った水も豪快に飲み干したレベンディスが同意をする。


「また、明日にするか?」


「いや、大丈夫じゃ、もう直った」


シルバーズは水をレベンディスの様に飲み干し、酒をしまった。




「じゃあ本題に入ろうかのう」


空気が変わった。先程までの弛緩した空気、表情が引き締まり、赤くなっていた頬は平常時の色に戻っていた。


「あの手紙の内容は本当なんじゃな」


低く、ゆっくりと発声された声音は重く響いた。


「紛れもなく本当の事だ。俺自身が確認しに行ってきた。無残だった」


沈痛な面持ちで話すレベンディスの声が少し震えた。


「そうか、……奴だと思うか?」


「奴ではないだろう、多分だかな。確証もないから俺のたわごとだと思って聞いてくれ、広範囲に切り揃えられたら木の幹があった。だから、これは奴だけではなく複数人に対してのもの、だから、違うと考える」


「奴が、そこに入っている可能性はあるのかの?」


「……それは」


痛い所を突かれたレベンディスは口籠る。でも、と急いで言葉を紡いだ。


「俺は奴自身が戦争を嗾けている姿を見たことがない。それに……奴は、グレゴリオスはバズ兄と一緒でアデル兄を尊敬していたでしょ」


「レベンディス、儂が聞いているのは奴がいる可能性じゃよ。可能性はあるのかのう? ないのかのう?」


先程と変わらぬ声音、いつもと同じような声音が、熱の入ったレベンディスの声と対照的でレベンディスには冷たく感じた。そして、崩すことのない表情がより一層不気味に見え威圧感すら感じた。


「あります……。でもレゴ兄はっ––––」


昂ぶる感情を出したレベンディスの声は、


「奴は。奴はもう兄弟ではないのじゃよ、レベンディス」


哀しそうに微笑むシルバーズに遮られて、2の句が継げなかった。


「儂が知りたかったのはこれだけじゃよ。折角の酔いが覚めきる前に儂は寝ようとするかのう」


ピリつく雰囲気はなくなり、シルバーズの声音は特段変化をしていないがレベンディスには幾分、先程までとは違うような気持ちがした。レベンディスの飲み終わったお猪口と空になった徳利を巾着にしまい、席を立つ。


「もう一つだけ、話があるんだ」


「なんじゃ?」


引き止められ、首だけを向けた。


「グレイ君に関する事でもあるんだ」


シルバーズは身を翻し、椅子に座った。

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