命までも
「だから言ったじゃない。あんたみたいな礼儀知らずには負けないってね」
グレイは悔しがる素振りを見せずにエレナを見つめ返す。
「……何よ、あんたの負けよ? 」
エレナは毅然とした態度のグレイを訝しみ、再度勝敗の確認をする。だがグレイはニヤリと笑い、シルバーズやレベンディスの方をみる。吊られてエレナもそちらに視線を向かわせると、そこには佇む2人が此方をじっと見つめているだけだった。
「俺はまだ負けを認めてねぇぜ。ジジイにも止められてねぇしよ」
「止められてないからって言ったって、木剣を持っていないあんたに勝ち目なんてないじゃない。痛い目を見ないうちに早く負けを認める事をお勧めするわ」
エレナはグレイに視線を戻し、勢い良く木剣を振り下ろす。空気を切り裂く音が鳴り、フワリと銀髪を浮かせる。
「うるせぇな、オメェの剣でオレが傷つく訳ねぇだろ。後で俺に負けたからって吠え面かくんじゃねぇぞ」
グレイは硬護身を併用した。だがすぐさま眼前に戻された剣先を見つめるだけで微動だにしなかった。
「そっちこそ吠え面をかかないように気をつける事ね。私の強さも良く知りもしない癖にそんな事を言うなんて自意識過剰もいいとこだわ」
「じゃあ、自意識過剰じゃない事を証明してやるよ」
エレナの視界からグレイの顔が消えた。次に見えたのは踵でありその瞬間腕がジーンと痺れた。が、木剣を落とす事はなかった。
グレイは舌打ちをして木剣に当たった足を戻した。
エレナは刹那瞠目して、すぐさま眦を決した。
グレイは拳を少し下がった木剣の上にあるエレナの顔面に突き出す。エレナは鎬で拳を弾いた。すぐさま再び突き出したグレイの挙動は先程と同じく弾かれた。
「何度やったって、変わんないわよ」
何度目かの拳を弾いているエレナは言った。グレイとエレナの攻防は続き、エレナの木剣の軌道は途中でグレイの拳によりずらされグレイには当たらず。グレイの拳や蹴りは木剣により弾かれて、両者一撃も当たらずに拮抗していた。
「いや、そうでもねぇよ」
グレイは動くのを辞めた。疲れた為に動きを止めた訳ではなく、意図的に動くのを辞めていた。
直ぐにエレナの木剣がグレイの頭に当たる。エレナはグレイが木剣の軌道を変えると読んでいた。それに負けぬ様にと力を入れた木剣が勢いを殺されぬまま当たった。
エレナはグレイの理解不能な行動に驚愕した。エレナの持っている木剣の柄はグレイの頭に当たった後も変わらずの軌道を描いた。
「こんなにボロボロになった木剣じゃ、傷なんか付くわけねぇーよな」
グレイの言葉にエレナは柄の先を見た。柄の先には半分無くなった木剣があった。
「木剣を持ってなかったら、勝ち目がなかったんだっけ?降参する?」
グレイは嘲笑を浮かべて、エレナの折れた木剣の切っ先を拾い、後ろに投げ捨てた。
「いや、辞めとくわ。まだシルバーズさんには止められてないしね。これで対等になったんじゃない。負ける気なんかしないわ」
エレナは柄の後ろに投げ捨て、右拳を顔の前に置いて構えた。
グレイは嘲る。
「対等? な訳ねぇじゃん。俺の木剣はまだ壊れてねぇの忘れてねぇか?」
グレイは身を翻した。するとグレイの立っていた場所の直ぐ後ろの地面には初めに弾き飛ばれたグレイの木剣が突き刺さっていた。
「そんな木剣、関係無いわ。あんたに出来たなら、私にもさっきと同じことが出来るもの。……それ以上のことが出来るかもね」
「おもしれぇじゃねぇか。やってみろよ」
グレイは硬護身に使っていた魔力を攻煌神体の方へとあてる、最大まで循環させた魔力は気を抜くと直ぐに身体から出ようとしてしまう。そうならぬようにグレイはおちゃらけた雰囲気を殺した。
グレイは駆け出し、剣を力強く振り下ろす。エレナは半身で避けて鎬を殴る。
木剣の軌道は少し曲がり地面に当たる。土が少量跳ね上がった。その土が地に着くより早く木剣は再びエレナへと向かった。エレナは半歩下がり木剣を避け、鎬を殴った。
誰も言葉を放たなかった。エレナは木剣を殴り軌道を何度も逸らす事に、グレイはただ木剣をエレナに当てて倒す事に集中していた。だが、グレイは木剣の当たらぬ苛立ちに知らず知らずのうちに攻煌神体の魔力が徐々に霧散している事に気付かずにいた。
草原は風の切る音と、拳と木剣が当たる音だけがただなっていた。
シルバーズとレベンディスは試合開始してから喋る事なく、ただ試合の成り行きを眺めていた。
勝負は突然に終わりを告げた。
グレイの木剣がエレナの木剣と同様に折れた瞬間のことだった。両者折れると予測してた為、折れた後の挙動が両者迅速であった。
エレナは木剣を折った拳を素早く戻し、グレイへと突き出す。
グレイは折れた木剣の柄を素早く放り捨て、エレナへと拳を突き出した。
柏手を勢い良く打ったような音が鳴った。
衝撃波の砂埃が舞う中、拳と拳を突き合わせた2人がたっていた。どちらか片方倒れている訳では無い。
決着はまだ付いてないように思われた。
「私、言ってなかったかしら」
エレナが突然、話し始めた。あれ程の衝撃音が鳴ったのに関わらず痛がる素振りを見せていない。
「硬護身が一番得意だって」
グレイは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。痛みを堪えているようにも見えた。
「試合終了じゃ。2人とも良く頑張っておったのう。見ててとても面白かったのじゃよ」
シルバーズとレベンディスが2人の元に近づき、シルバーズが試合終了を宣言した。
「いやぁ、素晴らしいな。2人とも活き活きと勝負が出来ていてとても良かったよ。俺も久々に活き活きと勝負がしたくなってきたよ。はっはっは」
レベンディスは先程の拳と拳のぶつかり合いの事を話している為か、両手を何度も打ち合わせている。打ち合わせている音は大きく、風も少し生じている。力がとても強い事が見て取れた。
「試合結果は……エレナの勝ちじゃ」
グレイはエレナにおめでとうと言葉を送った。
「ありがとうございます。シルバーズさん」
エレナは満面の笑みを浮かべ、頭を下げた。
「何でだよ! まだ、俺は戦えるじゃねぇか、何で俺が負けなんだよ!」
グレイはシルバーズに詰め寄る。シルバーズはグレイに向き直り、諭すように話す。
「それは、お主がよくわかっておるんじゃないのかの? 地下にポーションが置いてあるでのう、飲んでくるのじゃよ」
「気付いてたのかよ」
グレイは舌打ちし、小さく呟く。拳を身体の後ろに隠した。右腕は先程のぶつかり合いで傷を負っていた。硬護身の魔力を減らした事により、衝撃が全て腕に響いてしまったのだ。その事を隠し通せると思っていたグレイは虚勢を張ったが、それも虚しくシルバーズに見破られていた。
「今度はぜってぇ、負けねぇからな」
エレナに吐き捨てグレイはログハウスへと向かうその途中
「グレイ君。君はうちの娘に負けてないと思うよ。俺はそう思っているよ」
レベンディスがサムズアップをし、白い歯を見せて激励をした。
「うるせぇ、負けてねぇだけじゃダメなんだよ。勝たなきゃ意味ねぇんだよ」
グレイはログハウスへと入っていった。
「なんで、あいつはあんなに勝ちに拘るのかしら」
エレナは疑問を誰かに投げかける訳ではなく、自分で解こうとしていた。
「グレイの出自が関わってきているんじゃろ。儂も詳しい事は知らないが、グレイの住んでいたスラム街は生きるか、死ぬかの世界じゃからのう。負けたら何もかも奪われてしまう、下手をしたら……命までも、の」
「命までも……」
エレナはシルバーズの言葉をゆっくりと理解しようと飲み込んだ。
「さて、エレナ。お主は、ちと魔力を使いすぎたようじゃな、魔力草を食べるかの?」
エレナは足の力が抜けたようで、へたり込み魔力草を受け取り、口に入れた。独特な苦味に顔を渋くさせるが、魔力が少し戻ったような感覚を覚えた。
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*その頃のチビワイバーン*
お日様の陽光はとても柔らかくチビワイバーンを包んでいた。魔力を感じさせるほど抜け出すことのできないベットに囚われ、食後の昼寝を楽しんでいた。
食事は、レベンディスが少し分けてくれたタマゴを食べ、またまたシルバーズが少し分けてくれたタマゴを食べ、エレナが分けてくれたお肉を食べ、グレイにせがんだお肉を食べてとても満腹なチビワイバーンは夢の世界を堪能した。
仰向けで寝ているチビワイバーンのお腹は膨らんでおり、うつ伏せで寝る事は難しそうであった。
小さな鼻提灯を浮かべ、時々楽しそうに鳴き声をあげる。
そんな、幸せな時間を送っていたのであった。