ワイバーン
「これは酷いな」
辺りは暗く、月影が周りを照らし凄惨な現状が視覚へと送られる。血生臭い匂いが充満し、緑や赤色の水溜りが見渡す限りいくつも点在していた。
「ドラゴンでも暴れてんのか? それだと木がそれほど倒れてねぇのがおかしいしな」
辺りに乱立している木は倒れているものもあるが、たかが数本程度であった。
大型な魔物が暴れたとなるとその体躯のせいで動くたび木などを倒していくだろう。
そう考えグレイはなにが原因かわからないこの状況に興味を抱きながら魔力草の群生地の方向へ歩いて行った。
匂いに導かれるように獣道を歩くと直ぐに木の生えていないひらけた場所に出た。
だが、木ではないものが影を作っていた。
「うわっ、こりゃすげぇ。全部魔物で出来てるじゃねぇか」
グレイの前には魔物が堆く積まれていた。
その魔物達は所々切られており、魔石が剥き出しになているものや腕や足が欠損しているものもいた。
「この、魔物の山。気味が悪いな」
グレイは魔物の山の方へ近づき、眉をひそめた。グレイが気味悪がる理由は2つあった。
この山がもし人によって作られたならば、必ずと言って良いほど魔石などは取られていて魔物の中にはないだろう。そう、ジジイには教わっている。
だが、この山には魔石が残っている。では魔物だろうか、いやそれもありえないだろう。
魔物は食べる為に他の魔物を襲うのだ、腕や足が欠損しただけで食事が終わるほど小さい生き物がこんなに多くの魔物を倒せる訳がないし、大きな魔物ならばこんな魔物の山などすでに食べ終えているだろう。
ちぐはぐだらけの違和感。不気味なほどの静けさ。
「切れ口が綺麗すぎる」
さらに気味が悪くなる事実。
魔物の欠損部位は全て剣で斬られたように断面がとても綺麗なのだ。
魔物ならばつくはずの歯型がなく、熟練者が切ったかのような––––傷のない傷口。
矛盾を産む言葉だが、その言葉が妙にしっくりくるのだ。
この山で人間など見た事はないが、もしこれが人間の手で行われているならば。
「ジジイクラスの化け物がいんのかよ。この山にはよ」
シルバーズの弟弟子がこの山に来るので、ありえない話ではないのだがこの道を通る事は無いはずだ。
シルバーズとの座学で学んだ知識によると家から見て魔力草の群生地の方角は帝国があるらしく、王国サントスとは敵対しており40年前頃に起こった大きな戦争以来一触即発の状態が続いているらしく。
シルバーズ達はどの国にも所属してはいないのだが帝国にだけは行かない。と決めているとの話だった。
だからこの惨劇を作ったのは弟弟子では無く、ジジイと同等の強さを持つ他の誰かの仕業だ。
それに、見ている此方に自分の力を誇示しているかのような魔物の積み上げ方。
誰に向けて?
この山にはグレイとシルバーズの2人しかいない。答えは簡単だ。
「俺か、ジジイのどっちかにだな」
当たり前のことを言っているが、その当たり前のことが問題なのだ。
これは宣戦布告のようなものなのだから。
「まぁ、そんな事はどうでもいい。これだけ魔石があるなら持って帰れるだけ持って帰るまでだからな。今日、全然魔物がいなかったのはこれのせいかもな」
シルバーズと同等の力を有している者と雌雄を決するならば、軍配があちらに上がるのは火を見るより明らかだろう。
逃げる事をせず魔石を集めようとするのは、何時もならば魔石で膨らんでいて暖かい皮袋が今日は悲しいほど寒いからである。
両脇に抱えているタマゴを置き、魔石へと手を伸ばそうと手を伸ばしたグレイに微かに吹き付ける風。
その風は徐々に強くなり、斜め後ろから吹き出した風は真上から下へと吹き下すかぜになった。
聞こえ始めた羽音は風の強さと比例して大きくなり、下ろしたタマゴは転がり、赤や緑の池へと半身を浸した。
呼吸が聞こえ、蓄えた空気を咆哮へと変えた。
吐き出した咆哮は辺りを震わせ。後ろで寝息をたてていたワイバーンを叩き起こした。
「キュアァアァーーー!!」
バシバシと背中を叩き、暴れるチビワイバーンを気にする事なくグレイは口角を上げ身を翻した。
「このチビワイバーンの餌やりのせいでワイバーンと戦う事が出来なくなっちまったと思ったが、ワイバーンが自ら戦いに来てくれるとはありがてぇな」
蔓をほどきチビワイバーンと服の中のタマゴを持ち上げ。
「このタマゴ、割るなよ」
そうチビワイバーンに話し、タマゴを持たせて魔物の山の下へと運んだ。
「今日は魔力を使いすぎて、心許ねぇんだわ。最初から本気で倒す」
硬護身体を纏い防御力を上げ、攻煌神体を循環させ身体強化を施す。
グレイが同時にコントロールできる流派はまだ2つしかないため、これがグレイの本気であった。
ホバリングをしながらグレイを睥睨している赤黒いワイバーンにグレイは跳躍し、腕の付け根を切り上げた。
切り口からはワイバーンの赤黒い鱗を連想させる赤黒い血潮が舞う。
舞い上がった体を上にし、落下と共に剣身をワイバーンの首元へと突き刺した。
剣の先が少し入り、刺し口から血がジワリと滲む。
だが、ワイバーンが身をよじるだけでグレイは剣ごと血の池へと落ちた。
水飛沫が上がりドロリとした血液が身体を汚す。
切りつけたワイバーンの腕の付け根は思った以上に傷が浅く、直接的なダメージは低いことがうかがえた。
「硬ぇな。あの鱗」
小さくではあるが細かく付いている鱗が剣身を拒でいる。
「あの薄い膜なら破れるかも知れねぇな」
共に落ちた剣を掴み、剣身に付いた血糊を振り外し。剣を下段に構えた。
脚に力を入れ跳躍と共に剣を振り上げた。先程の行動を覚えていたのかワイバーンは後ろへと移動し尾を振るった。
空中で身動きの出来ないグレイは剣の刃を向かってくる尾へと向ける事しか出来ず。
弾き飛ばされグレイは木へとその身をぶつけた。いくら硬護身体を纏っているからと安心できる威力ではなかった。
現にワイバーンからの攻撃で吹き飛んだグレイがぶつかった木々は轟音と共に薙ぎ倒されていた。
「いってぇな、硬護身体を纏ってなかったら死んでたな」
口の中で切れて溜まった血を吐き出し立ち上がったグレイは、汚れた衣服とは裏腹に元気そうであった。
「これは長期戦になると確実に俺が負けるな。ワイバーンを倒すのはまた今度にして今日はもう帰ろっかな。魔石は勿体無いけど」
身体の木屑を手で払い、剣身を拾い腰の鞘にしまい。チビワイバーンやタマゴが置いてある場所へと歩いて向かった。
倒れた木々を辿りながら歩き、ひらけた場所へと戻ると魔物の山へとワイバーンが咆哮をあげていた。
「なんだ、生きてた魔物でもいたのか?」
目を凝らしワイバーンの視線の先をたどると、タマゴを盾にしているチビワイバーンが鳴いていた。
「キュア、キュキュキュア!」
微かに震え、ワイバーンを睨め付けるように見ていた。
その姿が気に入らなかったのか、咆哮をあげると共に開かれた大きな顎門がチビワイバーンへと向けられた。
「キュア!?」
目を瞑り、タマゴに隠れたチビワイバーンがその顎門に捕らわれる事はなかった。
来るはずの痛みが来ず。片目を開けたチビワイバーンが見たのは、両手で開いた口を抑えているグレイの姿であった。
「おい、チビワイバーン。何勝手に俺の食料が俺以外に食われようとしてんだよ。それに目を瞑るの減点だ。死を受け入れる前に抗えよ」