森にて
意気揚々と森へと入ったグレイの腰元には、少し装飾の施されている鞘に収まった剣が掛かっていた。
初めて山犬を倒したお祝いとして、シルバーズが王都で買って来てくれたものだ。
王都とこの山奥のログハウスが、どれ程の距離があるかは知らないが、シルバーズは王都へ向かった時、数日で帰って来た事からそう遠くないのではないかとグレイは思っていた。
「でて来ねぇな」
魔力草の群生地まで、残り半分の所まで来ていたグレイは立ち止まり不満げな顔をして呟く。いつもなら魔物に遭遇する獣道、今日はまだ一匹も魔物を見ていないのだ。魔物ではない小動物なら何度か見かけたが、魔物でないと分かるとグレイは落胆の表情を浮かばせていた。
攻煌神体によって強化された身体で走ったお陰で、まだ日は昇りきっていない。
「まだ、時間はあるな」
木漏れ日に当てられている地面に立ち、隙間から空を見上げた。
グレイは攻煌神体を硬護身に変え、目的地へと向かった。
歩く事、数刻。
小川のせせらぎ。木々の隙間から溢れる光に向かい伸びている草木。清涼な空気に満ちたこの場所に似つかわしくない声が聞こえて来た。
聞くものすべてを不快にさせる甲高い声、ゴブリンだ。
グレイは、声の聞こえる方へと歩みを進めた。すると木々の隙間からゴブリンの姿が見えた。
何か小動物を食べているのか、骨の噛み砕く音や血肉を啜る音が響く。蹲り、グレイに背を向けている状態のゴブリンは、まだ此方に気が付いていない。
そんな不快な音を聞いて、顔を顰めずにいられる人などいないだろう。
グレイを除けば、であるが。
ゴブリンを見つけたグレイは、ふて腐れていた顔を喜色満面に変え、声を殺して喜んだ。
「やった、身体がでけぇ」
眼前にいるグリーンゴブリンは、少し通常個体よりも身体が大きかった。
息を潜め、硬護身から攻煌神体に切り替えたグレイは、強化された足で地面を踏み締め、腰につけた鞘から真剣を抜き出した。
その剣は陽光を淀みなく反射する程輝いていた。シルバーズから何度も言われている手入れを怠っていないのだろう。
抜き出した真剣を上段に構え、横一文字に振りきった。魔力操作の上手くなったグレイは、意図も簡単にゴブリンの首を刈り取る事が出来るのだった。
グレイに気づくことなく屠られたゴブリンはその痛みにも気付かなかったのか鳴き声1つあげることは無かった。
「さぁ、いいもの出るかな」
刈り取った頭には目もくれず、ゴブリンの死体を解体し始めた。最初から目当ての物があるのか一直線に心臓へと剣を入れた。目当ての物が見つかったのか、グレイは慎重に心臓から引き抜き、持ち上げた。
「身体の割には小さいなぁ」
目当ての物は想像していた大きさよりも小さいらしくグレイは意外そう呟く。
「この大きさは、普通の魔石だな」
グレイの目当ての物は魔石であった。シルバーズから魔石は売れると聞き、魔物を倒したらすぐ確認するようになったのだ。
魔石の色が綺麗で大きいやつが高く売れる事を知ってから、グレイにとっては魔石集めも、趣味の1つになっていた。
深緑色の液体が付いている魔石を小川で洗い、腰につけてある皮袋に入れた。
「“ファイヤーボール”」
グレイはゴブリンに手をかざし詠唱をした。グレイから放たれたファイヤボールはゴブリンに当たり爆ぜ、燃え盛った。
何故、ゴブリンを燃やすのかには様々な理由がある。ゴブリンの肉は筋が多くて美味しくない為や、魔物を放置すると魔力溜まりができたり、魔物が魔物を食べ強くなってしまったり、動物が食べると魔力に耐えられずに死んでしまったり、魔力に耐えて魔物化してしまったりなど生態系に影響を及ぼしてしまうという話を座学で学んだ為、焼却しているのだ。
木などへの延焼を気を付けながら、ゴブリンが燃え尽きるのを待った。
「よしっ、行くか」
骨だけとなったゴブリンに土をかけ、魔力草の群生地へと向かった。
「おかしい、少なすぎる」
魔力草の群生地に着いたグレイはそう呟く。
何時もならばこの魔力草の群生地に来るまでに、魔物の魔石が所狭しと入っているはずの革袋には何時もは少ない空気が沢山入っていた。
「もう一回森入って探してぇけど、ワイバーンを探す時間が無くなっちゃうしな」
空を見上げ、太陽の位置を確認した。太陽は既に真上に来ておりワイバーンの卵を持って帰るだけなら時間に余裕はありそうだが、ワイバーンを探すとなると心許ない時間であった。
スカスカの革袋を軽く叩き。
「まっ、今から入る森の方が強い魔物もいるか」
スカスカの袋が、何時以上に膨らむ事を想像するのであった。
「あっ、俺。卵の場所知らねぇわ」
魔力草の群生地を超えた森に足を踏み入れた第一声がこれであった。
「不味いなぁ、ワイバーン探す時間あるか?」
グレイの心配は卵の場所を見つけられるか、ではなくワイバーンを探せるかであった。
「ワイバーンの卵探しを優先しつつ、ワイバーンや魔物を探すか」
やはり捨てきれないワイバーン、魔物探しも目的に含めつつ、攻煌神体によって強化した身体で走り始めたのだった。
「あの小屋から見て、あっちの方向によく飛んでたよな」
空を飛ぶワイバーンを思い出しながら、進む方角を修正する。
「こっちにも居ねぇのかよ」
走りながら見渡していたが魔物の気配は無く、勿論人の気配もなかった。
期待外れな状況に八つ当たりをするかのように、攻煌神体に魔力を多く込め、ワイバーンがよく飛んでいた方へと向かった。
「ここら辺なんだけどなぁ」
小屋から目測で予想していた地点に着き辺りを見渡す。見える範囲では卵は無く魔物も居なかった。
「もう少し、こっちだったかな」
記憶を頼りに少し走ると吹き上げる風が顔に当たり、服が揺れ、結いだ髪が風と共に踊った。
視線を下に向けると、大きな蛇が蛇行したかのような峡谷が存在して居た。
峡谷を形成している壁は断崖絶壁に近く。覗けば地面までしっかり見えた。
「あっ! あれがもしかして」
覗き込んだ先の草木で作られた巣らしきものの上に卵が乗っていた。
「食材取りに行くのもやっぱり修行の一環かよ。時間掛かるし、骨が折れるな。最初から、ワイバーン探させる
気ねぇなあのジジイは」
文句をこぼしているグレイだが身体をほぐし、切り立った崖に手を引っ掛け降り始めた。
「さっさと終わらせて、探すか」
慎重に崖を降っているグレイの耳には初めて聞く声が聞こえた。キーキー、など魔力草前の森では聞かなかった鳴き声だった。
次第に近づいてくるその鳴き声は複数あり。崖を降っているグレイの先程まで立っていた場所で止まった。
グレイは顔を上へと上げた。目線の先には崖の上から不思議そうにこちらを見下ろす単眼で赤い体毛の猿がいた。複数いる猿達はギーギー、と話し合っているかのように、チラチラと此方を見ながら鳴いていた。
すると意見が決まったのか、2匹の猿が崖の上から離れた。戻ってきた時は両の掌を合わせて戻ってきた。
小石などが入っている掌の中の物を下に置くと周りの猿達が皆、取り始めた。
グレイは上の猿達を気にすることを辞め、降っていたが何かの当たる感覚があったため猿達の方に目をやる。
その感覚は猿達が鳴き声をあげながら小石をグレイ目掛けて投げている小石が当たる感覚だった。
硬護身を纏っており、痛みが微弱なグレイの無反応さに愉悦の含んだ猿達の鳴き声は次第に消えていき、投げる速さも力が入っていた。
「あとで、覚えてろよ」
小石の痛みは殆ど無いが、痛みが無いからといってやられたまま納得するようなグレイではなかった。今現在、断崖絶壁の壁に四肢を使用しており、剣や魔法は使えないが卵を取り終わったら、やり返そうと心の中で考えるのだった。
唐突に小石の雨が降り止み、不思議に思ったグレイは猿達を見ると、再び猿同士で話し合っており一回り身体の大きな猿が指示を出していた。先程小石を持ってくるようにと指示をだしていたのもその猿であった。
身体の大きな猿の周りの猿はグレイよりも早く馴れた手つきで崖を降り、卵のある巣へと到着した。
1匹に1つずつ卵を小脇へと抱え、上へと上がっていった猿5匹を呆然と見上げグレイの動きは止まった。
「お前らも、同じ目的かよ」
上に居る一回り大きな猿は、猿達に鳴き声1つ響かせると森の中へと駆けていった。
「やべっ、待てよ! 猿!!」
崖から猿達が見えなくなり慌てたグレイは急いで崖を駆け上がったのだった。
最後まで読んで頂きありがとうございます。この投稿が令和になって初の投稿になります。
元号が変わりましたがこれからも宜しくお願いします。