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捏造の王国

捏造の王国 その10 希望・願望・欲望の捏造統計調査

作者: 天城冴

今日こそはお茶を楽しもうとしたガース長官だったが、総理の自ら統計調査をし直すという発言に振り回され…

寒さのなか早咲きの桜のつぼみが膨らみ、一、二輪ほどほころび始めた暖かな冬の午後。窓の外の薄いピンクの花びらを眺めながらガース長官は官邸の自室で蓋つきの中国茶用カップに茶葉をいれていた。

「今日は旧正月にちなんで、中国茶を飲むぞ。邪魔なマンゲツ記者も追い出すよう記者たちやら会社に圧力をかけたから、もう安心だ。ゆっくりと茶を楽しむぞ。お茶請けには中華街より取り寄せた特製の桃饅。ハスの実餡だといいのだが、いやきっと本格派なのだからハスの実に決まっている」

ガース長官は製造元に確かめもせず、購入した自分の迂闊さには目をつぶって、中華まんじゅうを袋から取り出す。

「あーやっぱり“蒸し器でふかす”か、面倒だな。第一、官邸で蒸し器があるところというと、なんとかキッチン設備の人間に頼むしかないのか。コンビニのような加温機器があればいいのだが、さすがに官房機密費でも政務活動費でも購入はしづらいし、うん?」

と、袋の注意書きに目をとめた。

 「電子レンジで温めもいいのか。よし、給湯室に確かレンジが」

いそいそと自室をでようとすると、スマートフォンが震えだす。

「くうう、またか!」

仕方なく、饅頭を机におき、スマートフォンをとりあげる。

「長官、ど、どうしましょう」

「タニタニダ君か、どうした」

「その、総理が“省庁の統計が捏造なら僕が集計しなおす”とおっしゃって」

「なにー!」

“そ、そんなことできるわけないだろう、まったく何を考えて”

慌てて総理の部屋に向かおうとすると、清掃係の女性がはいってきた。

「長官、お掃除どうしますかあ?」

「あ、そ、そうだな。やってほしいが、今お茶の準備中で、机の上のカップと饅頭はそのままにしておいてくれ。い、いやできれば饅頭は一個、電子レンジであたためてくれれば」

「あーわかりました。掃除したら、休憩室のレンジにいれときます」

「頼む、時間とかは袋にかいてあるはずだから」

言いながら、ガース長官は急いで部屋をでた。


「くそー、オオイズミ内閣、いやその前から統計不正なんて、まったくコーロー省の奴等は」

頭から湯気がわかんばかりに怒り狂うアベノ総理。せっかく秀才の父に似せて黒縁の眼鏡をかけたのに、その言動で大人のフリした子供だとバレバレである。

「その、総理、実際、統計調査が不適切であったわけですし。特に総理の側近と言われたカトカト議員がコーロー大臣の時にその」

アベノノミクス成功を装って数値のかさ上げを大幅にやって整合性がとれなくなったんです、といいたくても言えないタニタニダ副長官。

(あー、昔からバレないように、いかにもジコウ党の政策がある程度成功しているように数値をすりあわせてたんだよな。だけど今回)

アベノ総理の失策につぐ失策で景気も賃金もダダ下がりを隠すため、数値を大きく改ざんしたためバレてしまったというのが本当のところである。

(アトウダ副総理もなんとか取り繕おうとしてたけど、やっぱり難しいよな。おまけに煙幕のつもりがまた失言でさすがの愚民どもも怒り心頭だし。いやここでアトウダ副総理にも恩を売っておけば、前回の失敗(註:タニタニダ氏の失敗については“捏造の王国 その6 プチ水騒動”をご参照ください)を取り戻せるんだけど)

とはいえ、大規模すぎる統計不正。しかもあたかもちゃんと調査やるための予算をとっておいて、サボってやらなかったのだから、予算を横領した疑いもある。取り繕うのは至難の業だ。

「総理、その、今、ガース長官がこられますから」

タニタニダ副長官が言うと同時にガース長官がドアをあけた。

「総理、いかがなさいました」

「あ、ガース君、野党どもや庶民がさわぐから統計をやり直すんだ、僕自らやれば国民も信頼する!」

総理の言葉に、ポカンと開いた口が二つ。ガース長官とタニタニダ副長官は口をOの字にしたまま目線で会話を行った。

(そ、総理は統計学を学ばれたんですか、長官)

(そんなわけないだろう、法学部では統計学は必要ないはず。いや総理は憲法でさえロクに読んでいないのではといわれているし)

専門もきちんと学んでいないのに、門外漢の統計調査をにわか仕込みできちんとできるわけはない。唖然としつつ総理を見守る二人にお構いなく、アベノ総理は“易しい統計学”の本をめくる。

「えっと、そのこの“ナカ…アタイ”ってなんだよ」

(そ、それは中央値では)

経済学部出身で統計学の授業を履修したタニタニダ副長官が心のなかでフォローする。

「えーエックスの2検定か、これなら簡単そう」

(そ、そ、それはカイ二乗検定のことでは)

「そうだ、全部このエックスのやつでやっちゃえば楽だよな」

(そ、そ、そ、そんなことできません!調査にあった統計処理を行わないと結果が歪む!)

第一、調査の目的によって、調査項目や処理の仕方も違うのだ。そんな基本中の基本も理解できないアベノ総理。この調子では統計不正をただす以前に調査自体が成り立ちそうにない。

「総理、そのアンケート調査では、紙面と訪問で質問項目の作り方や、やり方も違いますし」

「えー、なんで面倒なんだ、僕らの政策にあわせればいいじゃん」

それが不正といわれるのがなぜわからないんだーと総理の自室で愛ならぬ真実をさけびたくなるガース長官とタニタニダ副長官。

「だいたいさ、統計調査で、そういう数字がでたから頑張ろうって国民の方が思ってくれないと困るんだよ」

と、手前勝手な解釈をのべるアベノ総理。

「そもそもね、調査したって本当のこと言ったか、わかんないだろ。だったら政策実現したように数字をつくったっていいじゃないか。国民がそれで幸せーと思えばいいだけだ」

そんなアホな、統計調査の数値が実生活と乖離していたら、政策はたてられないだろうと、呆れるガース長官。総理の言っていることは本末転倒、原因と結果が逆、支離滅裂である。

「ニホンは“言霊のさきはふ国”なんだから、調査結果がでれば現実があっていくようになる、いや合っていくようにするのが国民の役目なんだよ」

相変わらず諺や格言を誤用して、屁理屈をのべるアベノ総理。

(長官、総理は本気でおっしゃってるんですか。政策が成功したという願望に現実を合わせろって)

(う、まあ本気なんだろう、タニタニダ君。自分の政策がうまくいくようにという希望は政治家ならもっている、ましてや総理という立場なら)

(そりゃそうですけど、調査結果を目標に合わせようなんてしたらレポートでも不可くらいますよ。学生なら下手すりゃ履修登録も拒否され退学を与儀なくされかねないです)

(確かにまじめにきちんと政策の成果を知る、または国民の生活を知るための調査ならそうだろうが)

総理の頭のなかでは目玉政策のアベノノミクスが成功したという数字がでた調査以外は調査ではないらしい。国民の実生活を知り適切な政策を考える元となる調査結果より、自分の希望、願望、欲望が実現されたかのような調査結果が重要なのだ。たとえそれが不正、捏造、偽造であっても。

(はあ、実はジコウ党はずっと不正統計を容認していたのでしょうかね、長官)

(ううむ、かなり以前から指針と異なる調査手法をとっていたのではとう疑惑もある、ひょっとしたら)

いつまでも与党でいたいーというジコウ党の欲望のため、ジコウ党にすりよれば安泰の官僚の欲望のため、長年統計の不正が行われていたのかもしれない。

 あまりのくだらなさ、情けなさにため息が出そうになるガース長官。しかし

(私の立場では絶対にそれを誤魔化さねばならんのだ。アベノ総理が阿保で無知無教養だったとしても、なんとか、なんとかしなければ)

「総理、やはり総理自らおやりになることはありません」

「なんだ、ガース君、どうしろっていうんだ」

「そのようなことは我々が手配しますので、総理は…、そう米朝会談やプータン大統領との次の会談に備えていただければ」

「そうだなあ、特にプータンのところ行くのはいいよなあ」

「そうです、領土の日の演説も考えねばなりませんし」

「うーん、あれ、今年どうしようかな、領土どうせもう無理っとかって言ったら、みんな怒るよなあ」

「ですが、もう明日に迫っておりますので、早急に考えませんと」

「そうだね、統計のことは君らにまかせるよ」

と、すっかり領土の日に気持ちがいったアベノ総理。

「そ、それでは失礼します」

「失礼します」

ガース長官とタニタニダ副長官は総理の自室をあとにした。


「ふう、不正統計のことは何とかおさまったが、明日の演説をどうするか、頭が痛い。し、しかも新聞ローレンの奴ら、こんなときに限ってジャーナリズムをとかぬかしてマンゲツをかばいやがって。もっと上の奴等と頻繁に会食を、肉を食わせねば」

一難去ってまた一難のガース長官。自室の机のカップをみて

「そ、そうだ。こういうときこそリラックス。茶でも飲んで、あ、桃饅は」

清掃係の女性に電子レンジで温めてくれるよう頼んだことを思い出し、休憩室に向かう。すでに皆かえってしまい、誰もいない。

「ああ、もうすっかり冷えている。仕方ないもう一回温めるか」

と、何気なくレンジのスィッチをいれ、ふと袋をみると

「え、霧吹きで水拭きしないと固くなる!し、しまったあ!」

いそいで取り消しボタンを押そうとしたが、

チーン

既に時間は過ぎていた。

「あ、ああ、ふっくらのはずの饅頭の皮が固くなって、し、しかもやはり、普通の餡か。薄黄色のハスの実餡じゃない」

と、二度がっかりのガース長官。

「い、いやめげないぞ、これを食べて、お茶をのめば」

カップを傾けるも

「ゴホゴホッ、葉がのどに詰まった、しまった。お湯をカップにいれるのを忘れた、お湯お湯」

その後、一人給湯室でお湯を沸かしなおし、また冷めてしまった桃饅と格闘したガース長官であった。


最近は様々な中華まんがでていて楽しいですね。


統計学はなかなかとっつきにくいものですが、今月発売予定のニュートン2019年4月号では統計と確率の特集らしいですよ(筆者は単なる一読者でニュートン関係者ではありません)


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― 新着の感想 ―
[一言] 玉露だけでなく中国茶もいけるとは、ガース長官とはお茶の趣味が合いそうだなと思いました(笑)
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