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うう

作者: 奥村紗央

今まで時間が飛ぶように過ぎて行った。刑務所に服役している連中の時間の流れは、あっという間なのか。火焔に包まれ。張り裂ける悲鳴のような時間の流れなのだろうか? 俺は火焔には、包まれていないようだ。一昨日だ。珍しく家の電話が夜の十時頃に鳴った。声を聞くのは何年ぶりだろう。前のオリンピックかワールドカップか、どちらかの日本の熱い時間に電話がかかってきたのを憶えている。

 十年前に協議離婚の末、別れた女性からだった。

「やっぱり。あの子も、貴方と会った方がいいと思う。これからの人生で、何も問題がなかった父親と会わず終いなんて、おかしいし、私もイヤだから、お願いします」

 俺は、彼女の話などそっちのけで、前に話した時にやっていたのは、オリンピックかワールドカップかを延々考えていた。

 思ったより、一週間はダラダラ過ぎていった。娘と逢うのは十年ぶりだ。別れたとき、彼女は、まだ中学三年生だった。逢うのは、楽しみでもあり。不気味な自分の分身と向き合う。

 本能的な恐怖もあった。彼女が逢うのに指定してきたのは六本木の交差点だった。よしによって、そんな場所を選ぶのかと、あれやこれやと考えてはみたのだが、両手を上に挙げることが賢明だと思った。


 驚いた。10年以上一度たりとも逢ってはいないし。見ず知らずの他人になっていたのだが、交差点の道路を隔てて立っている女性が自分の娘だと瞬時に判った。じっと俺を睨み付けている。

 刃のような視線。俺は目を逸らすことさえできなかった。信号からメロディーが流れてきた。いつも聴く童謡だ。彼女は、俺の元に一直線にやってくる。俺は立ちすくみ一歩たりとも動けない。

 彼女は抱きついてきた。俺の鼻孔の中に、めいいっぱいの彼女の体臭と香水の入り交じった。匂いが流れ込んでくる。

 心地よかった。俺は困惑しながらうっとりしていた。

「助けて!!」

 いきなり彼女は叫んだ。あっという間に、彼女の大声に反応して、人が集まってきた。

いつの時代でも、人はお互い無意識で助け合う本能があるのか、集まってきた中の2人の男が2人に歩み寄ってきた。

「この人がこの人が」

 彼女は、顔をくしゃくしゃにして泣きうな顔をしている。男たちが、それに反応していきり立っているのが判った。俺は驚愕したまま、その場に立ち尽くすしかなかった。1人の男が俺の胸ぐらを掴もうとした。

「待って!」

 彼女が言った。

「ごめんなさい。何もないから」

 彼女の発言で、周りを囲んでいる一人一人。困惑と混乱の表情を浮かべている。

「お父さん。どうして今まで十年も私のことほっといたの? 反省してる? バツとして、見せしめの系でした」

 俺は無表情で黙り込んだ。でも少し緊張感が解け。懐かしい気分が俺の心のそこから吹き出てきた。

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