第四話『尾行』
どういうわけか、オレは今、住んでいるマンションのエントランスで恭平と待ち合わせをしている。
国民の祝日だぞ? 何で、折角の休みに野郎とふたりで出掛けなきゃならないんだ? どうせ出掛けるなら、可愛い女の子と一緒に、遊園地にでも行きたいものだ。
それというのも、恭平が「透の事が気になるから、一緒に尾行しよう」なんて言ってきたから、こんな事になったんだけど。
あいつも大概、過保護だ。
透と恵未さんの行き先は知ってるから、ふたりがマンションを出たタイミングで、オレも一階まで下りてきた。
透は同じ階に住んでるから、外出時にはすぐに分かる。
それで、だ。
恭平より先に、このふとりと鉢合わせるとは……。
「英志、出掛けるのか?」
声を掛けてきたのは、黒髪ボブの、少しつり目の女。髪型を変えてるけど、間違いなく祐稀だ。腰まである、あの長い髪をこんなに短くまとめるアイテムがあるのか。女のヘアグッズ……恐るべし。
で、その横に立ってるひょろ長い男。黒髪黒目だけど、このシルエットは間違いなく倖魅さんだ。ただ、いつもの白いマフラーじゃなくて、ネックウォーマーを着けている。
「もしかしなくても、透と恵未さんの後をつけるのか?」
オレが訊くと、ふたりは揃って首を縦に振った。
マジかよ。目的地一緒じゃん。
オレが、今日出掛けるのが更に億劫になった時だ。恭平が現れた。
「あれ。祐稀と倖魅さん? はよーっス。ふたりは恵未さんの尾行スか? おつかれっス。俺と英志も透を追っかけるんで、一緒にどっスか?」
って、おい。勝手に誘うな。
「一緒に……か。四人で行動すると目立つ。却下だ」
祐稀の言葉に、オレはひとまず安堵の息を吐き出した。だが、次の言葉でその息は嘆息へと変わる事となる。
「しかし、目的が同じなら行先も同じ。倖魅先輩。組み替えをしてみてはどうでしょうか」
そう言って祐稀がコートのポケットから取り出したのは、補聴器型のインカムだ。ウサギのシルエットがワンポイントで入ってる。ウチの事務所の備品だ。ただのイヤホンの形だと喋る時に不自然だから、この形を選んだのだろうと思う。
「万一、倖魅先輩とはぐれた時の為に、持って来た。倖魅先輩。行き先などは、随時こちらへお願いします」
祐稀は耳へ取り付けたインカムを指差してそう言うと、オレの手を引いた。っつか、オレが祐稀と行くのか? まぁ、いいけど。でも恭平、倖魅さんとふたりで大丈夫かな……。
「出足が遅れた。行くぞ」
グイグイと手を引っ張られながらオレは、相変わらず男前な奴だな、と思った。
倖魅さんは、街中の監視カメラの映像を盗み見しながら尾行をするらしい。流石、本社の情報処理課が泣いて引き留めた人材……。恐ろしい人だ。
オレはというと……結局こうして、貴重な休日を、出歯亀じみた事をしながら過ごしているわけだ。何故に、他人の恋路に首を突っ込まなきゃならないんだ。まぁ、確かに、少し気になると言えば気になるけど。
当人たちは、無事にゲームセンター内でデート中だ。平和なもんだな。羨ましい。
「おい。私たちもデートをしている風を装わないと、不自然だろう」
祐稀が、恵未さんから視線を一切離さずにオレの手首を掴んだ。
うん。可愛い巨乳の女の子にボディタッチされるのは嬉しい状況なんだけど。なんか、違うって言うか。そりゃ、祐稀は一切オレに気が無いわけだから、何かを期待する方が間違いっていうのは分かってるんだけどさ。
でもな、男女ふたりきりで行動っていうと、何かしらの期待をするのは間違いじゃないと思う。うん。分かってる。さっきから、矛盾している事ばかりグルグル考えてるって事は。
クレーンゲーム機の向こうに透と恵未さんの姿を捉えながら、オレは溜め息を吐いた。良いな。結構楽しそうだし。なんだ、思ったより相性良いんじゃないか? あのふたり。
ふたりが遊んでいるのは、エアホッケーだ。体を動かすのが苦手な透が、よくやってるもんだ、と思う。ただ、恵未さんの運動能力はとてつもなく高い。当然、透に勝ち目はない。
次にふたりが行ったのは、クレーンゲームコーナー。これは、透の得意分野だ。なんか、でっかい箱が取れたみたいだ。恵未さんの喜び方から察するに、お菓子だろうな。あ、パッケージ見えた。チョコ菓子だ。
尾行するのが申し訳ないくらい楽しそうじゃん。めっちゃ、普通のデートしてんじゃん。仲の良いカップルじゃん。
ただ、オレの隣にいる女は、今にも泣きだしそうな顔をしてる。
「しぇんぱい……楽しそう……えみしぇんぱい……」
こいつ、恵未さんの何なんだ? ただの後輩だよな?
時折鼻をすすりながら、まるで子どもの“初めてのおつかい”を見守る母親のような表情で、恵未さんを見詰めている。
「っていうかさ」
ずっと疑問に思っていた事を訊きたくて、声に出した。
祐稀は少しだけ顔を顰めて、何だ、とこっちを見る。
「祐稀ってさ。恵未先輩の、何になりたいんだ?」
「付き人だ」
…………え?
恋人じゃないのか? それでいいのか?
「英志は、私が恵未先輩と、誰もが羨む超絶仲の良い夫婦になりたいと思っている、と思ったのか?」
いや、そこまでは思ってない。
祐稀は深刻な表情で、悩ましい息を吐いた。
「私では先輩を幸せにする事は不可能だ。お菓子をありったけ提供して、あわよくば押し倒すプランも考えたが、後々に響くので止めた」
愁いを帯びた表情からは想像し難い爆弾発言が飛び出したが、なるべく表情に出さず、オレは「そうだな」と頷いた。
「恵未先輩は、笑っている姿が一番だ。お菓子を頬張って幸せそうにしている様子は、リスやハムスターの様に愛らしい。見ていると、私も幸せな気分になれる」
そうなのか。確かに、食べ物を美味しそうに食べる女子は、オレも好きだ。
「日曜日、透と出掛けた恵未先輩が、世界中の絶望を圧縮したような顔で過ごしているのを見て、透を絞め殺そうかと思ったが……」
って、こいつ、日曜日も尾行してたのか。
それより透、めっちゃ恨み買ってんじゃん。っつかこれ、オレも一緒に居たら同僚の殺害現場に居合わせちまう可能性があるんじゃ……? ちょっと、勘弁してほしい。早く家に帰りたい……。
「まぁ、今日の様子を見ていたら……透でも良いのかな、と、少し思っている」
そう言った祐稀の表情は、意外にも穏やかだった。
目標のふたりは、サブマリンサンドイッチのファーストフードチェーン店へ入って行った。女子ウケするお洒落なカフェとかに入らない辺りが、透だな、と思う。
少し早い時間だから、結構すぐに注文が出来た。あまり近付くと気付かれそうだから、店内に置かれている、でっかい観葉植物に隠れるようにして近くの席へ座る。
透の声は元々そんなに大きくないから、あまり聞こえない。けど、恵未さんの声は少し聞こえる。少しの会話と、笑い声が雑踏に紛れて届いた。
ほんと、仲が良いカップルそのものじゃん。なんか、羨ましくなってきた。
祐稀は、エビとアボカドが挟まったサンドイッチをパクつきながら、チラチラとふたりの様子を伺っている。
「祐稀。ちょいちょい」
オレが小さく手招きすると、祐稀はまた顔を顰めて、何だ、とこっちへ向いた。
すみませんね。愛しの先輩を見ているところを、お邪魔しまして。
「祐稀って、男は駄目なのか?」
「は?」
祐稀は更に眉間に皺を寄せた。
「質問の意図が、分からない」
「恋愛対象は女の人だけなのか?」
祐稀は目をぱちくりさせて、視線をエビアボカドへ落とした。数秒の間を置いて、またこっちを向いた。
「駄目……と言うか、恵未先輩以外考えた事がない……と言うか……」
「んじゃさ。オレと付き合わないか?」
「今まで何人の女にそう言ってきたんだ? このチャラ男め」
え、まさかソッコーで突っ撥ねられるとは。あまつ、路上でカラスに荒らされてる生ゴミを見るような目を向けて来るなんて。流石、クールビューティー祐稀。
って、そうじゃなくて。
「試しに、で良いからさ。ほら。結婚するってわけじゃないんだから。男が駄目だったり、オレが駄目だったら、別れればいいだけだろ?」
我ながら、なかなか酷い言い分だと思う。だけど、だ。お節介かもしれないけど、祐稀も、何かきっかけがあれば、恵未さん以外の他人に興味を持つかもしれないし。
ぶっちゃけ、オレは祐稀の事、結構好きだし。いや、ホント、オレ好みの良い体してんだよな。と、祐稀の胸元を見ていると、またしても冷やかな視線が突き刺さった。
祐稀は一度目を閉じて、大きく息を吸い込んで、吐き出した。
「んー……まぁ……少女マンガのような恋愛とやらを、してみたくないわけではない」
相変わらず回りくどい言い方だな、おい。つまり、恋愛願望はあるのか。っつか、こいつ少女マンガとか読むのか。意外だ。
「お前今、私が少女マンガを読んでいる事に驚いただろう」
そして相変わらずの勘の良さだ。
「私にだって、趣味のひとつやふたつある」
そうなのか。四六時中、恵未さんの事を考えているんだと思ってた。って、話がズレてきた。
「つまり、お前はどうなんだよ。取り敢えず、一か月からどうだ?」
「よし。良いだろう。その話、乗った」
了解の返事も男前だな。まぁ、そんな所も結構好きだから良いけどさ。っつかマジか。言ってみるもんだな。ナイスバディーな彼女ゲットだぜ!
そんな感じで、オレは心の中でひとり、ガッツポーズをしていたわけだ。が、祐稀のインカムに倖魅先輩から、何か報告があったらしい。
祐稀の顔が険しくなったかと思うと、今度は驚きの色を見せた。祐稀が、それは本当ですか、と、倖魅さんに確認を取っている。
すまん透。ぶっちゃけオレは、お前の事は、今の今までアウトオブ眼中だった。
そんな、相手に聞こえない謝罪を済ませたところで、オレは祐稀に訊ねた。
「どうしたんだ?」
祐稀は口元に手を当て、どうした事かと少し唸ってから、オレに向かって口を開いた。
「それが……――」




