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君の夢の裏側  作者: 鈴鯉
第3章 親友との思い出――それと、現実
9/21

 駅までを早足で歩き、改札を入って小走りにホームまで上った。ホームの端、乗車位置のマークがあるところで足を止め、そこで大きく息を吐いた。

 どうしてこんなに嫌な気持ちなんだろう。智は彼氏ができてとても幸せそうだった。智が嬉しいなら親友である自分も喜ぶべきだろう。なのに――なのにそのことが嫌で嫌でたまらない。

 胸のペンダントに目が止まった。それを指で弄びながら、涙が出そうになってきた。智はこのペンダントに気づかなかった。一緒に選んで買ったと、何も言わなかった。今はもう、安藤の方が大事なのだろうか。

 電車に乗ったが、家に帰るのは気が進まなかった。智に会いに行くのだと、浮かれた調子で母親に言って出てきたことを思い出す。帰って母親にあれこれ尋ねられるのは憂鬱でしかない。

 どこへ行こうと考えて――しかし繁華街などでは喧噪が邪魔で落ち着かない――、気がつくと大学へ向かうバスに乗っていた。バスを降り大学構内に入ると、平日とはどこか違う空気に気後れを感じて立ちすくむ。どうしよう、と思いながらも、とりあえず歩き出した。

 どこかに座りたくて、カフェテリアや休憩スペースを覗いたが、どこもサークルか何かで集まっているような小集団が賑やかに談笑していて入る気にならなかった。講義室に忍び込む勇気もないし、結局幸野は逡巡しながら図書館に足を踏み入れた。

 入り口をくぐってすぐに、貸し出しカウンターの中にいた三田を見つけた。目が合ったので会釈した後、あ、と思い至ってカウンターに向かう。

「こんにちは」

 にこやかに挨拶してくれる三田に、幸野はおずおずと話かける。

「あのー……、今日ってあの先輩、います?」

「え?」

「あの白い髪の、えーっと名前は……なんだっけ」

「ああ、貴城君? 今日はシフトじゃないと思うけど」

 不思議そうにしながらも三田は微笑んで答えた。その言葉に幸野は胸をなで下ろす。

「そうですか! ありがとうございました」

 一礼してから足取りも軽く階段へと向かった。

 学習スペースの一つに腰を下ろし、館内の静けさにようやく人心地ついた。

 その途端、智と安藤の姿が脳裏にフラッシュバックする。胸が苦しくて泣きたくなってきて、机に腕を置き顔を埋めた。突っ伏している内にうとうとしてきて、安心できる場所にいるという思いが幸野を眠りへ誘った。


「おい……。おい!」

 低い声と強い口調が耳に届き、幸野はハッと目覚めた。顔を上げ、声のした方を見て息が止まる。

 白い髪の奥から半眼が見下ろしていた。次の瞬間、ぐっと顔が近づいてきて、

「閉館の時間です」

 奥歯を食いしばっているような不自然な口の動きで彼は告げる。何が起きているのか理解できなくて、幸野は言葉も出ず、ただ頷いた。

 彼の顔に怪訝そうな色がよぎったが、何も言わずに姿勢を戻し踵を返した。それを呆然と見送り、幸野は何度か目を瞬かせた。顔に涙が乾いたような感覚があって、それを手で拭いながら、これは夢だろうか……とぼんやり考える。あの先輩、今日はいない筈だしね、と思うと同時に、館内に閉館を告げるアナウンスが流れ始めた。まだはっきりとしない頭のまま、アナウンスに急かされるように立ち上がった。

 暮れ始めた外の空気がひんやりと幸野をまとい、幸野は段々と覚醒してきた。背後で図書館入り口のドアの鍵が閉まる音を聞きながら、ゆっくりと空を見上げる。智と安藤のことや、ここに来た経緯を思い出し、次いで『いない』と聞いていた貴城の姿を見たことを思い出す――。

 勢いよく振り返り、

「何であの人いたの?」

 ブラインドの閉まった図書館に向けて呟いた。

 しかし図書館が返事をするわけもなく、幸野はただ目を瞬かせ、ぽかんとした顔を建物に向けていた。

 よく分からないけど、まあいいかと言い聞かせ、ゆっくりと顔を前に戻す。時間を確認しようと携帯を取り出した。一瞬だけ、智からメールが来ていないか期待したが、何も着信はなかった。

 土曜日だから図書館の閉館はいつもより早い。この時間に帰ると家で夕食を食べる事になって――その様子を想像して、まだ帰りたくないなと思う。図書館と隣の講義棟の間にちょっとした広場があり、ベンチがいくつか並んでいた。重い足取りでそこまで歩き、全てのベンチが空いていたので一番端に腰を下ろした。

 周囲に人影がないのを確かめてから、はあ、と大きくて深い溜息を吐いた。

 智から連絡がほしいような、今は何も聞きたくないような、智のことを考えたいような、忘れたいような――幸野は混乱にただ身をゆだねていた。


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