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出会った頃を思い出し、一人でにやにやしながら、幸野は電車を降りた。
智が似合うと言ってくれた、ショートパンツとタイツ、ショートブーツの組み合わせを見下ろし、満足そうに頷く。首には智と一緒に選んで買ったペンダントを下げていた。自分がどれほど智と会う事を心待ちにしていたか、会えてこんなに嬉しいのだと伝えたくて、このコーディネートになった。
待ち合わせは二人で何度か行ったカフェの中だ。その後の予定は特に打ち合わせしていないが、時間から言って待ち合わせのカフェでお昼ご飯かな、その後どこに行こうかな、などと幸野は考えを巡らせていた。
目的のカフェに入り、店内を見回して、髪をハーフアップにした智の姿を見つけると、幸野は一層破顔した。逸る気持ちが歩調にも出て、駆け寄る程に近づいたが、瞬間、足が固まったように止まった。
あれ、誰――目を見開いてそちらを凝視する。
智の正面、同じテーブルに人がいた。柔らかく微笑んで智を見るその男性は、自分達と同じような年頃で、どこかで見た事があるような気もした。
ふと、気配を感じたのか智が振り返り、
「あ、幸野。こっち」
立ちすくんでいた幸野を認めてにっこり笑った。
反射的に、笑わなきゃと思った。どういう経緯で同じテーブルにいるのか分からないのに、変な顔をするのはおかしい。
ぎこちなく頷いて、智のいるテーブルに歩み寄る。
智は悪戯っぽい笑みで男性に顔を寄せ、
「覚えてる? 幸野」
男性が困ったように眉を傾けると、楽しそうに笑った。
「幸野は覚えてる? 同じクラスだった安藤瑞己君」
テーブルの横に立ったままの幸野に、智が男性を示す。
「え……えーと」
そう言われれば高校で見た顔のような気がしたが、クラスメイトの男子とは覚えているほどの交流はなかった。
「あ……、安藤です」
同じように困惑しながら、先に口を開いたのは安藤の方だった。インナーにチェックのシャツを合わせる、よく見るような組み合わせの服装をしている。髪型も、耳を出して後ろもすっきりとした、男子によくいる髪型で、悪く言えば特徴がない。
「沢渡です……」
何故彼がここにいるのか分からないまま、幸野も名前を名乗る。
「幸野、座りなよ」
智が促して、幸野はおずおずと空いている椅子に腰掛ける。それから、幸野と安藤が困惑した空気の中、智が主導してここで昼食を取る事になった。
幸野と智の間に他人が入る事は今までなかった。元々、幸野は初対面の人がいると極端に口数が減る。二人だけの時と同じ調子で智に話しかけて良いのか分からず、それで安藤がどうしてここにいるのか自分から聞けずにいた。安藤もよく喋る方ではないようで、智が話かけた事にだけ答えるという時間が過ぎていった。
「幸野、ちょっとケーキ見にいかない?」
「え?」
ケーキならメニューに載ってる、と思って幸野はメニューを手に取ろうとしたが、
「今なにがあるのか見たいから」
智に手を引かれて立ち上がった。
ケーキのガラスケースを覗き込む智は、幸野から見て明らかに浮かれているようだった。薄いピンクのトップスに、ひらりとしたスカートで女らしさを全面に出したコーディネートだ。幸野自身も、安藤の顔を見るまでは同じような気持ちだったはずだが、今はどんな顔をしてこの場にいればいいのか分からない。智が楽しそうならそれで――と自分に言い聞かせてみたが、どうしても気持ちは晴れなかった。
「幸野」
呼びかけに顔を上げると、意味深な笑みで智が視線を向けていた。
「私ね、安藤君と付き合ってるんだ」
「えっ……」
幸野は目を見開いた。
ふふ、とはにかんだように笑って智はまたガラスケースに向き直った。
智の背中を見つめる幸野は言葉を失っていた。そうなんだ、という普通の相づちでさえ声に出せない。それは、こういうやりとりをした事がないせいだけでない。あまりにも唐突で、あまりにも想像していなくて、そして絶対に信じたくないからだった。
「うん、私、このチーズケーキにしよう。幸野は?」
「私は……」
力なく首を横に振る幸野に、智は口をとがらせた。
「えー、一緒に食べようよ」
その仕草は見たことのあるいつもの智で、幸野は不思議と安心感を覚える。しかし先ほどの言葉が、幸野の胸をえぐってその中に重く暗い澱を残していた。
迷った挙げ句に幸野もケーキを選び、しかし食事が終わっても安藤がその場を離れる気配はなかった。今日これからもずっと彼と行動するのか、幸野はどんどんと不安になる。
安藤が会計を全て支払うというのを固辞し、幸野はむりやり別々に会計を支払った。三人で店を出ると、やはり智はこれから行く先を安藤にも相談している。
幸野は、心臓が大きく鳴っているのを感じた。
「あ、ごめん……」
口を開くのにかなり勇気がいった。
「私、今日はこれで……」
「え? なんで?」
智はきょとんとした。
「ごめん、用事あるの忘れてて……」
「え、でも今日大丈夫だって」
「あの、急に、急に行かなきゃいけなくて……」
言葉尻を濁し、目も泳いでしまっていると幸野は自覚していた。智は少しの間幸野を見てから、ふうん、と頷いた。
「そっか……」
ごめん、と幸野は口の中でもう一度呟いて、
「またメールするね」
ぎこちなく笑んで手を振り、二人に背を向けた。




