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君の夢の裏側  作者: 鈴鯉
第2章 レポートよりも大事なことがあるんです!
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 貴城は、口調こそきつかったが教え方は丁寧だった。課題の答えだけを教えてくれるのかと思ったが、どのように考え調べたら答えにたどり着くのか、そこから話が始まった。

 その話の途中に、突然、幸野の携帯が震えた。机の上に置いておいたので、慌てて止めると、智からのメールだと見えた。

「あ、ちょっとすみません」

 智との約束は明日に迫っていた。具体的な時間と場所を打ち合わせる内容を返信して、幸野はレポートに向き直る。

 貴城は何か言いたげな視線を向けたが、特に言及せずに課題の話を続けた。

 程なくして、また携帯が振動した。すぐに幸野は、すみませんとだけ言って飛びつく。

 自分でも頬が緩むのを感じながら、智からの返信を読んでいると、

「お前、すごいな」

 冷ややかな声音が聞こえた。

 教えてもらってる身としては、流石にまずかった気もしたが、幸野にとってこのメールは何よりも大事だ。

「あ、あのですね!」

 半眼で睨みつけている貴城に向き直り、幸野は声量を抑えながらも力説する。

「これ、智から、えっと親友からのメールで。大学入ってから全然会えてなかったんですけど。明日やっと会えるんです! もう『親友』っていうか私には心の友と書いて『心友』? なんて、えへへへへ、みたいな子なんですけど」

 一人、手振りをつけたりにやけたり忙しい幸野に、

「それで?」

 貴城はなおも冷たい声で先を促す。

「ですから! レポートも大事なんですけど、智のメールも大事なんです!」

「ふーん」

「な、なんですか?」

「じゃあ、聞くが。そのレポートの締め切りはいつだ?」

「……今日の五時です」

「今の時間は?」

「四時過ぎ、ですね」

「その大事なメールとやらは、五時を過ぎて返信したらまずいのか?」

 幸野は言葉に詰まった。

「……まずくは、ないですかね」

「で? 今のお前はどちらをやるんだ? メールか? レポートか?」

 唸りながら首を傾げた幸野は、しかしどちらと答えればいいのか既に分かっていた。相手の言う事を否定する材料はない。降参する思いでうなだれた。

「レポートです」

「うん。それなら安心だ」

 貴城が頬杖を突きながら頷いた。幸野は、未練を残しながら携帯を机に置く。

 本から文を筆写している途中だったのでレポート用紙に向き合ったが、やはり智の事が気になる。返信に時間が開いたら心配してしまうんじゃないだろうか。

「あのぅ、……やっぱり、今のメールにだけ返信したらダメですか?」

 首を竦めながら恐る恐る言うと、

「は?」

 貴城は眉を持ち上げた。

 怒鳴られるだろう、とは思ったが、智の為だ、と幸野は一つ頷いた。

「智が心配しちゃうと思うんですよね。放置されてるんじゃないか、とか」

 貴城は、理解しがたいというように眉根を寄せた。

「一時間程度、返信が開くだけだろう?」

「いやぁ、そうですけど、やっぱり……」

 何とか頼みを聞いてもらおうと愛想笑いを浮かべる幸野に対して、貴城は頭を振った。

「いや、もう分からん。やるんならさっさとしろ」

 その言に幸野は破顔する。

「ありがとうございます!」

 勢い良く携帯に飛びついて返信メールを作る。背後から、はあぁという貴城の声が聞こえた。

「親友なんだったらメールが遅くても良さそうだけどな」

 呆れを含んだ声音に、幸野はにこにこしながら答える。

「親友だからこそ、です」

 貴城が何も言わずに首を傾げ、その顔に向かって幸野は元気良く、

「はい、もう大丈夫です!」

 言って送信の終わった携帯を脇に置いた。

「じゃあ、早く写せ。これ終わったら後は参考文献の書き方な」

「はい!」

 何故かやる気みなぎる幸野には、貴城の深い溜息の音など気にならなかった。

 締め切りの五時直前に教授の元へレポートを提出しに走り、一分前だよと皮肉を言われても幸野はにこにこしていた。教授室のドアから出て、周囲の廊下に人がいない事を確認すると、幸野の笑みが爆発した。

「……ったぁー!」

 これで、智に会える。それだけでもう、他の事など意識の外だった。

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