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君の夢の裏側  作者: 鈴鯉
第2章 レポートよりも大事なことがあるんです!
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 次の日、幸野はまたしても大学の図書館で溜息を吐いていた。重い足取りで、資料の書架が並ぶ二階へと階段を上る。ちらりと前方に目を遣ると――青みを帯びた白い髪に、昨日と同じような白いコットンシャツの青年の背中が見える。幸野は、彼の後をついていっているのだ。

 もう一度溜息を吐いた。どうしてこんな事になったのだろう。

 昨日、結局レポートが終わらなかった。終わらなかったというより、ほとんど手つかずのままだ。今日の五時が締め切りだから、どうしても今やらないといけない。そう決意して再び図書館に足を踏み入れたが、昨日の苦しみを思い出すとどうにもできる気がしなかった。

 そんな幸野の目に飛び込んできたのは、入り口近くにいた図書館職員の女性――三田の姿だった。同時に、三田の昨日の言葉が脳裏によみがえる。

 分からない事は聞いていいって言ってたよね――勝手な拡大解釈をして、幸野は三田に声を掛けた。

 課題の書かれたプリントを見せると、三田は心得たように笑った。

「ああ、あの先生のレポートね。それだったら……」

 三田は首を巡らせて、

「あ、貴城君。ちょうど良かった」

 向こうから歩いてきた彼を手招きした。

 その名を聞いた幸野は、一瞬、苦い顔をしてしまった。それが見えたのかは分からないが、彼の方も幸野の顔を認めるなり眉をしかめた。

 自分の事は棚に上げて幸野は内心ムッとしていたが、勿論三田は何も気付かない。

「レポートの資料探すの、手伝ってあげて」

 三田が軽い調子で幸野を示すと、貴城はあからさまに嫌な顔をした。

「何でですか。三田さんが聞いてやれば……」

「貴城君も何年か前にやった課題でしょ? こういう相談は学生さんの方が適任だし」

「いや、俺はこの雑誌返してこないと」

「それは私がやっておくから」

 言うと三田は貴城の手にあった雑誌を取って、

「じゃ、よろしくね。後で相談内容、記録して出してね」

 身を翻して行ってしまった。

「え……、マジか」

 残された貴城が小さく呟いた声は、幸野にも聞こえた。

 マジか、はこっちのセリフだよ――胸中で毒づいてから、

「あの、やっぱり私、自分で何とか……」

 言い差したところで目の前に大きな手が出された。

「ん」

「……はい?」

 意図が分からず、首を傾げながら上目遣いで貴城を見る。

 貴城は苛立ったように小さく舌打ちした。

「課題、どれだ」

 断れない空気を感じて、幸野は手に持っていたプリントをおずおずと差し出す。

 貴城はプリントを一瞥して、それを持ったまま何も言わずに二階へ向かって行った。

 その貴城を追いかけて階段を上がっている幸野だが、気分は鉛のようだった。図書館に来ている時点で、この人に会う事を予想しなかったわけではない。しかし、毎日バイトに入っているとも限らない、などと楽観的に考えていた。まさかこんな展開になるなんて。

 ものすごく厳しそうだし、なんか理不尽に怒鳴られるんだろうな――三回目の溜息を吐いて目を上げると、半眼でこちらを見つめる視線とぶつかった。

「あ、えっと……」

 取り繕うように目を逸らし髪を撫でつけたりしていると、先ほど貸したプリントが突き返された。

「この内容なら、こっちの列だ」

 幸野がプリントを受け取ると、貴城はぶっきらぼうにそれだけ言って、すたすたと歩いて行ってしまった。慌てて幸野は後を追い、貴城が足を止めた横でそのあたりの棚を見上げた。

 この辺って昨日私が見てたところだ――そう思ったが言い出せずにいると、

「このあたりの本に載ってるから、後は自分でできるだろ」

 貴城は、幸野に視線もくれずに言い捨てて立ち去った。

 足音が遠くなったところで幸野が棚の列から頭を出して覗いてみると、階段を下りていく貴城の姿が見えた。それでようやく深い息を吐く。安心したのが半分、途方に暮れたのが半分――あの人に教わるのはちょっと嫌だけど、でもここに放り出されても状況は変わらないんだよね、と棚を見上げた。

 しばらくその場にいたが、とりあえず机の場所を取ってこようと思い至った。

 学習スペースに場所を取り、同じ書架の列へと戻る。とにかく今やらないといけないしね、と意を決して本と対峙する。この辺にあることは確かなんだから、適当に取ってみよう。そう思い、タイトルに『よくわかる』と付いていて、あまり厚みのない本を選んで手に取ってみた。

 なんか、高校の教科書で見たような内容ばかりなんですけど――眉根を寄せてページをめくる。一冊目の本が期待外れだった事で、急速に気持ちが萎えていく。深い溜息と共にその本を棚へ戻した。

 面倒くさいという思いが頭をもたげてくる。口をとがらせて向かいの棚に寄りかかり、眼前に並ぶ本達をただ眺めて徒に時間を潰していると、不意に視線を感じた。

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