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君の夢の裏側  作者: 鈴鯉
第1章 図書館で遭った白い嵐
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 机に積んであった本を持って棚に向かう。幸野がレポート用紙を広げている学習スペースは窓際――階段を上ってきて資料の本棚を抜けた最奥にある。本棚の林へ足を進めて、はて、と首を傾げた。

 この本は棚に返さなければ、と思ったが、どこから持ってきたのか判然としなくなってしまった。本棚を見上げ、確かこの辺りの列だったか、と見当をつける。

 手元の本と同じようなタイトルを見つけ胸をなで下ろした。しかし目の前の棚一面に似たようなタイトルが並んでいる。この棚のどの辺から取ったのかなんて覚えていない。

 元々こういう片付けも苦手だ。適当に置いておけば図書館の人が片付けてくれるだろう――軽く考えて目に付いた棚の空きスペースに本を乗せた。

「おい」

 幸野の手が棚に置いた本から離れた瞬間、低い声が聞こえた。

 図書館の中には当然、他の学生もいる。だから幸野は自分とは関係ない声だと判じ、気にせず行こうとした。

 しかし、

「おい、お前だよ。そこの女」

 低い声音はまだ間近から聞こえる。何だか柄の悪そうな雰囲気だし、関わらない為にも声の主の居場所を確かめておこうとそっと首を巡らせた。

 瞬間、棚の端にいる青年と完全に目が合った。

「そうだよ。お前だよ」

 見知らぬ背の高い青年――なぜか髪が白い――が、じっと自分を見ている事に、幸野は声も出ずただ目を見開いた。

 恐る恐るといった風情でゆっくり後ろを振り返り、誰もいない事を確認してまた顔を戻す。青年ははっきり幸野を見続けていた。

 幸野が指で自分を示し、視線で問うと、

「だから、お前だって」

 苛立ち混じりに青年は頷いた。

 いやいやいやいや――頭の中では激しく首を振って否定していたが、言葉に出来なかった。全く知らないこの青年と関わる理由は幸野にはない。

 混乱する頭を抱えながら、

「え、あの……」

 辛うじてそれだけ言葉にした。

 青年の目が睨むように細くなった。

「お前、今、ここに本戻したろ」

 肯定すると何か恐ろしい目に遭いそうな気迫だったが、かと言って相手の確信を持った口振りを否定するともっと恐ろしそうなので、幸野は弱く頷いた。

 すると、ぎり、と歯ぎしりする音が幸野に聞こえた気がした。

「何でここに戻すんだよ」

 彼の声音は絞り出すようだった。怒っている、たぶん、私に――それだけは幸野も感じられたが、なぜ怒られるのかが理解出来ずに戸惑うばかりだった。

 不意に青年が早足で間合いを詰めてきて、幸野の腕を掴んだ。

「え? ちょっ……」

 驚く幸野は青年に引っ張られるままに、本棚と学習スペースの間の空間に連れてこられた。

「そこ!」

 青年が勢い良く指差す。

「そこに『返却棚』ってあるのが見えないか? 読み終わった本は正しく元の位置に入れろ! 出来ないなら返却棚に置け! そう書いてあるだろ!」

 ここが図書館とは思えないボリュームで怒鳴られて、幸野は怖いのを通り越してただ面食らった。

 真っ白な――光の当たり方で僅かに薄青を帯びている髪で、よく見たら整った顔立ちをしている長身の青年が、怒りを露わに女子学生を怒鳴りつけている様子は相当に人目を引くようで、幸野は周りからの視線を痛いほど感じた。

 しかし、中には青年や幸野を全く気にしていない学生もいるようで、間近を素通りする人もいる。

 素通りされた事を、おや、と思った瞬間、

「聞いてたか?」

 気が散じた事を見咎められたように低い声が飛んできた。

「あ、はい。聞いてました!」

 どうやら自分は運悪く、几帳面で小うるさい先輩学生に行き当たったようだ――そう判じて、とにかく印象が良くなるようにと笑顔を張り付けた。

 青年は不満そうに腕を組んだ。

「じゃあ、さっきの本、ここに返せ」

「え、でも……」

「でも、何だ」

「もう棚に置いちゃったし、後は図書館の人に任せれば……。次から気を付けますから」

 幸野は、面倒くさいという思いを気取られないように愛想良く笑んだ。

「……るな」

「え?」

 低い声で小さく呟かれ、聞き返すと、青年は眉をつり上げた。

「ふざけるな! ああいうの一回見逃すとどんどん増えんだよ! こっちの手間考えろ!」

 幸野は彼の迫力に気圧されたが、怒鳴られるのも二回目になると疑問を口にする余裕が出てきた。

「え、何であなたが……?」

 図書館の職員は皆、名札を胸に付けている。青年の胸には名札はない。だから、ただのルールにうるさい先輩学生なのだと思っていたが――。

 ん、と青年が自分のシャツの裾辺りを指差す。

 よく見ると、白いコットンシャツの裾にネームプレートがぶら下がっている。顔を寄せてまじまじと見ると、『貴城(たかぎ)慶人(けいと)』と読み仮名付きで名前が書いてある。

「あ、やっぱり日本人だ……」

 素直に感想を呟くと、

「バカか、お前。ちゃんと『LA』って書いてあるだろ!」

 またしても大声が飛んできた。

 幸野はきょとんとした。

「『LA』……何でアメリカ?」

 貴城はもう一度声を出そうとしたが、口を動かしただけで止めたようだった。

「もういい。面倒くせ」

「え、あの……」

 自分が見限られたように思い、幸野は少し慌てた。

 貴城は呆れたような声音で、とにかく、と片手で返却棚を示した。

「さっきの本はここに返せ。いいな」

「えー……、はい」

 面倒だな、とは思ったが、この件は相手の言の方に分がありそうだ。

「それと」

 言葉を継いだ貴城を、まだあるのかと幸野は上目遣いで見る。

「俺は趣味でこんな頭の色してるからいいけど、人によっては、さっきみたいな言い方は失礼だからな。気をつけろ」

「はあ……」

 よく分からないまま返事をすると、貴城は、行け、とばかりに本棚を目線で示した。

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