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幸野が神妙に頷いた時、
「あ、兄さんこんなところにいた!」
向こうから小走りに安藤がやってきた。
「ん? 二人で何やってんの?」
「いやぁ、こいつが変なこと言ってるからな……。そんなことより、そっちどうなった?」
安藤は肩を竦めた。
「木原さんがまた興奮しちゃって。先生呼んで今なんとか落ち着いたって感じだよ」
「そうか……。母親はなんて言ってる?」
「あ、そうそう。それで沢渡さんにもう一回話聞きたいって。木原さんのこと、もっとちゃんと教えてほしいって」
安藤の視線を受けて、幸野は慌てて髪と呼吸を整えた。
「あ、私……」
「そうじゃないと先生にもちゃんと説明できないからって」
貴城が安藤を見て微笑した。
「じゃあ、あの母親、瑞己のことも……」
「うん。分かってくれたみたい」
「そうか。良かったな」
二人の傍らで、幸野は手の中のハンドタオルをぎゅっと握りしめた。
「お前……大丈夫か?」
「あ、はい……」
気持ちをはっきり言い表されたことで、心はすっきりしていた。しかし実際にどうしていくのか――漠然としていて首を傾げるばかりだ。
「私……、どうしたらいいんですかね」
途端に、面倒くさげな舌打ちが聞こえてくる。
「まあ、そうだな。今すぐは本人には会わない方がいいんじゃないか? お前また引きずられるだろ」
どうしてこの人は自分の気持ちをズバッと言い当ててくるんだろう。不思議に思いながらも、でも、と思った。
「でも、私、智との関係を切りたくないんです。なんか、こう、やっぱりこれからも仲良くしたいんです」
貴城は白い髪をかきあげて、事もなさげに言った。
「できるだろ。その気があれば」
「できますかね……?」
また舌打ちの音がした。
「お前、もう少し自分で考えろ」
「はあ……」
不満そうに口を尖らせた幸野に、安藤がくすくすと笑った。それを見つけて貴城がねめつける。
「何だよ」
「いやあ、いいコンビだなと思って」
「冗談やめろよ」
貴城は迷惑そうに言い放って、病院の入り口を示した。
「ほら、行くぞ」
身を翻した貴城に安藤と幸野がついていく。
智の母は、先ほどの談話スペースで待っていた。聞くと、智は薬で眠ったところらしい。あんなに興奮した智は見たことがない、と心配そうな面もちだった。
貴城と安藤も同席していたので、少し恥ずかしかったが、幸野は高校の時の智の空想遊びをできるだけ詳しく話した。智の母は、頷きながら静かに聞いてくれた。どうやらすぐに治療とはならずに、まずは興奮を抑えながら智の話を聞いていくのだそうだ。治療薬も少しずつ投与していくという。
最後に、自分はしばらく智に会わない方がいいと思うと伝えたところ、智の母は少し寂しそうにしながらも了承してくれた。
「幸野ちゃんさえ良ければ、たまに電話してもいいかしら?」
そう言ってくれたことが、智との繋がりを切らないでいてほしいと言われたようで、素直に嬉しかった。
「はい、もちろんです」
幸野は強く頷く。
どうすれば最善なのかは分からないが、智との繋がりを断ち切りたくない、その思いは幸野の中に確固としてあった。
いつかまた智に会えるだろう――そう信じて、病院を後にした。




